【079】メルメルスーパートレイン
酒場に併設されていた宿を発ってからしばらくして、メモ書きに残されていた闇ギルドの拠点と思わしき場所に辿り着いたアルスら一行は、既に施設に突入する構えを見せていた。
しかしこの富裕区画の街並みは、夜でも魔石を燃料として発光する魔法の街灯で道を照らされ、正面から突入すれば敵に発見され第二王子を取り逃がす隙を与えることにもなりかねない。
また施設にいる警備員は勿論のこと、内部ではそれなりに罠などが待ち構えているだろうことが懸念される。
以上の理由から突入しようにもまずはどう攻略するのかを考える必要があり、予想よりも大きいこの闇ギルド本部を正面から突破するか、それとも搦め手を使うかで議論が分かれるところであった。
そのため、とりあえずはということで、たったいま空を飛行できるアルスが上空から施設の全容を把握してきたところだ。
「予想以上に大きな施設だね」
城ではなく屋敷といった風体ではあるが、施設の大きさだけを見れば領地持ちの大貴族が本邸として持っていてもおかしくはないほど。
さらに表向きには分かりづらいが、内部の構造はそれなりに複雑であるであろうことが予想できた。
もしかしたら地下に繋がる脱出経路もあるかもしれないし、隠し通路の数も多そうである。
さらに言えば、外観の作りとしては石造りのロの字型であるために、ここまでの推察はあくまで施設の大きさから見た予想でしかなく、どこにどれだけの部屋数があるのか見当もつかないのが問題の一つでもあるだろう。
「で、どうするんだよアルス、俺様が囮になろうか? 正面からの攻略はちっとばかしキツそうだぜ」
「ダメだよハーデス。それは許可できない」
提案するハーデスであったが、アルスとガイウスの雰囲気は囮作戦を善しとはしていない。
むしろ仲間を囮にして作戦を続けるくらいであれば、たとえ王子を取り逃すことがあったとしても、アマンダ救出を第一に据えて正面から殴り合うつもりなのだろう。
いや、むしろこのアルスの顔色を窺うに、正面からというより、ド正面から全てをぶち壊すつもりのようにすら見受けられる。
そしてその方法に必要なピースが既に揃っているのを確信していた。
「僕たちにとってはだけど、この周辺に人気がないのが幸いしたね。これならわざわざ無理に攻めなくても、少し待つだけでもっと状況が好転するんだ。……ほら、始まったよ」
────な、なんだあの巨大な炎は!?
────いったいなにがどうなって……、お、おい、あそこに変な幼女がいるぞ!
────敵襲なのか!?
────捕らえろ、あのヤバそうな幼女を今すぐ捕らえろぉおおお!!
などと、何か問題が起きたのか、なんなのか。
アルスたちが何もしていないのにもかかわらず急に慌ただしくなった施設付近は、入口の警備員も含めて一目散にどこかへと立ち去って行ったのだ。
さらにここが闇ギルドの本部であり、周囲から手出しできないように調整された人気のない施設だったことも影響して、近くから様子を見に来るような王都の人間も存在しない。
突入するならこれ以上ないほどの、絶好のタイミングであった。
どこかから、「やめて! 変な人間たちがみんなで捕まえようとしてくるの! あたちはまだ何も悪いことはしてないのに! 今日は龍脈も使ってないのよ? 反省してるのよ?」という声が聞こえてきたような気もするが、おそらく気のせいであろう。
「なるほど、あいつの仕業か……」
「そういうことだよハーデス」
「ククク……。やるじゃんかよ。見直したぜチビ。まあ、たまたまだろうけどな」
あまりの好機にあくどい笑みをこぼすハーデスと、少しだけ苦笑いのアルス。
まさにサングラス幼女の起こした偶然のたまもの、青天の霹靂であった。
そんな幼女のファインプレーに助けられた救出チームは、急ぎ足ながらも悠々と施設に入りアマンダを探す。
施設内部はやはり罠のようなものも少なからず存在したが、今回は周りに人がおらず自由に動ける状態であったため、エルザから罠に対する大抵の知識を詰め込まれてるアルスの力で難なく突破することができた。
というより、そもそも一人一人がS級冒険者すら超え得るであろうこのチームに、多少の罠など効果がない。
たとえ軽い罠を作動させてしまっても、そんな罠が発動してからその上で見切り回避できるのが超人が超人たる所以である。
敵が周りにいればその限りではないだろうが、今回に限ってはたいした障害にはなり得ないのであった。
そうして高速で移動しながらも、内部をくまなく探すこと数分。
ついにハーデスの魔力探知にアマンダの気配が引っかかったという大事な場面で、とんでもないアクシデントが起きる。
「やめて! あたちは悪いメルメルじゃないの! いくらあたちがぷりちーでも、捕まえたって何もいいことはないのよ? 諦めたほうがいいのよ?」
そう。
ちびっこ天使メルメルが、大量の敵を引き連れて施設内部を逃走してきたのである。
その敵の数はなんと、脅威の百人越え。
あまりにもヤバい数の敵をトレインしてきたメルメルは、どこか余裕を感じさせる逃げ足を見せながらも、「あたちも罪な女ね」だの、「やっぱり可愛いすぎちゃうのかちら?」だのと宣い、全く緊張感が感じられなかった。
「追えー! あのヤバい幼女を逃がすなぁ! 見た目に騙されるなよ! 恐らく他のギルドの回し者だぞぉ!」
「そうだ! 普通の幼女がこんな速度で逃げられるわけがない! ここで仕留めなければ、殺られるのはウチのギルドだぞ! 気合入れろぉ!」
そうしてアマンダまであと一歩というところで現れる、敵の軍勢。
ちびっこ天使メルメルのおかげで施設内部に入り込めたのはいいものの、同時にこれでもかというタイミングでやらかしてしまうのであった。
今回の結果だけで言えば、敵を陽動したプラス要素と、その敵をトレインしてきたマイナス要素を差し引きして、若干功績としてプラスになる程度だろうか。
そんな良いのか悪いのか分からない謎の状況に、アルスら一行は苦笑い。
だが、こうして敵が分散せずに纏まって襲い掛かって来るという状況は、さして悪いものではなかった。
「ちょうどいい、どうせ闇ギルドは壊滅させるつもりだったんだ。あの人たちは僕が請け負うよ。ガイウスはアマンダさんを救出しに、先に行くんだ。それにあの鉄扉の前にいる手練れ相手なら、ハーデスがまとめて無力化できるはず」
「任せろ。確かに敵の質は良いが、ガイウスのおっさんが駆け込むくらいの隙は余裕で作れるぜ」
アルスが指摘した場所は、混乱する施設の中でもなお、数人の黒装束によって厳重に警備されている部屋の一室であった。
警備の人数は察知できる範囲では十三人。
個々の強さは王族の護衛ということもあって、冒険者で言えばB級上位か、Aに足を踏み入れている者もいるだろう。
中々の手練れ揃いである。
「ああ、任されたぞアルス。そしてハーデス。おそらく中には例の暗殺者がいるのだろうが、奴と正面からぶつかって負けるほど、俺も戦士として耄碌しちゃいねぇ」
お互いに作戦の内容を確認して頷くと、まず手始めにハーデスが強力な重力魔法を警備の黒装束たちに向けて展開する。
既に三年前、S級に足を踏み入れていたアルスですら苦戦し、最終的には対処しきれなかった魔法だ。
あの頃よりもさらに腕を磨き、完全体へと近づくことで魔力も強化された威力の魔法に、黒装束たちはなすすべもなく膝をつくのであった。
「いまだ! 魔法に抵抗されないうちに!」
「おうよ!!」
そうして黒装束たちが無力されたのを見て、アルスがメルメルの方向へ、ガイウスが鉄扉の方向へと突進していく。
「おっさん! さすがに重力魔法は分散すると効果が薄い! やるなら早めに頼むぜ!」
「当然だ!」
しかしいくらハーデスの力で膝をつくといっても、さすがに広範囲に魔法をかければ威力は分散する。
それを読んでいたガイウスはこの瞬間を狙って大剣を振りかぶり、厳重な鉄扉に向かって突進をかました。
「究極戦士覚醒奥儀! スーパーデビルバットアサルトォォオオオ!!」
かつてアマンダを死の窮地から救った、とある下級悪魔直伝の必殺攻撃。
そんなありったけの力を籠めて放たれた大剣の一振りは、道を塞ぐ鉄扉を盛大に吹き飛ばし、木っ端みじんにして入口に大穴を開けるのであった。
「ガイウス!!」
「な、なんだ貴様はぁ!?」
鉄扉をぶち抜いた先にはなんと竜人族の男、おそらく第二王子であるフレイドが今にもアマンダを押し倒し、手籠めにしようとする光景が飛び込んでくる。
だが勢いよく破壊された鉄扉の破壊音によってその行為は中断され、大口を開け目を点にしてしまったようだ。
そんな間抜けな表情を晒す彼に対し、ガイウスはしてやったりと不敵に笑うのであった。
「よう。待たせたなアマンダ。それとさっそくで悪いが、お前の命運はここまでだ……。ゲス野郎」
いまここに、窮地に陥る美女を救いにきた超戦士が、満を持して見参した。
……同時にどこかから、「あたちは悪くないの!」という幼女の声が再び聞こえてくるが、あの幼女であれば、アルスの力も借りて勝手に逃げ切ることであろう。




