【077】夜の襲撃
「こいつはめでたいぜ! こんなところでお前と会えるとはな、アマンダ。お前の言う通り、こんな偶然が待っているっていうんなら、確かに旅ってのは悪いもんじゃねぇな。いやあ、参った参った」
「へぇ~。この女性がガイウスが語ってた超美人さんかぁ。すごい綺麗な人だね?」
魔法大国ルーランスの王都にある、宿が併設された酒場にて。
今日の冒険を終えて一息ついていたアルスら一行は、アマンダと名乗る女冒険者と食事を共にし飲み交わしていた。
本来であればもうそろそろ明日に向けて就寝しても良い頃合いではあるのだが、なにせガイウスにとって縁のある冒険者との再会だ。
アルスからしてもこの女冒険者の人となりに多少の興味があった。
よって、せっかくだからということでしばらくの間だけ同席することにしていたのである。
「おう! それはもう間違いねぇな! あの時は断っちまったが、今思えば俺にはもったいねぇくらいの女だったぜ」
「はぁあ~? おいガイウスのおっさん、せっかく旅に出てたのに、こんな美女を振るとかなにしてんだよ。もしかして、バカなのか?」
「そう言われると面目ないが。事実、俺はバカだからな! がはははは!」
ハーデスの呆れ文句に対し、その通りであると認めるガイウスに釣られ笑う周囲の者達。
あまりにも真面目なこの男には一切の嫌味がなく、過去に振られていたはずのアマンダですらも素直に笑顔を浮かべていた。
アルスもとびっきりの人たらしであるが、このクソ真面目な大男も大概である。
ある意味そういった部分で、この師弟二人は似ているのかもしれなかった。
「それにしても。噂で聞いた内容から推測してまさかとは思っていたけど、本当にアンタだったとはねガイウス。さすがの私も驚いたよ。そして、その金髪の子が例の弟子かい? ……ふうん。このアマンダ様の誘いを断ったんだからどんな教え子なのかと思っていたけど、なかなか良い男じゃない? ねえ、ボウヤ?」
大人の色香を漂わせウインクする姿にたじたじになりながらも、困った顔をするアルス。
認めてもらえたのは良いが、自分の存在が師匠でもあり友人でもある男の重しになってしまったのではないかと、少しだけ悩んでいるのだ。
しかし、そんな陰りのある表情を見て何かを察したアマンダは口角をあげると、不敵な笑みで悩みを一刀両断する。
「なにいっちょ前に責任感じてるんだいボウヤ。このアマンダ様の心配をするなんて十年早いよ。アタシとガイウスはそれぞれが自分の意志で選択して、その結果に納得できる大人さ。この結果には誰も後悔なんてしちゃいないんだ。分かったら顔を上げな」
そんな思いやりがありつつも諭すような言葉にはっとすると、大人の女性からのアドバイスに納得するところがあったのか、苦笑いしながらも「ありがとう」と言う。
日々の修行によってどれだけ強くなろうとも、世界を知らず成人すらしていない自分ごときでは、まだまだ人生経験の差は埋められそうに無いなと思うのであった。
そんな少年の素直なところに感心し頷くと、さて、と切り出して、今回コンタクトを取った理由の本題を述べ始めた。
「それじゃあ本題だけど。実は今回、ちょっとばかし厄介な依頼を抱えててねぇ。このS級冒険者アマンダ様の力を以てしても、かなり分が悪い相手に睨まれちまったようなのさ。アンタたちは、この王都で何人もの娘が行方不明になっているのは知っているかい?」
冒険者としての顔に切り替えた彼女は語る。
この街で行方不明になった娘達の末路と、その元凶となる王族の存在を。
そして、恐らくこの案件に関わっている王族を追い詰めるだけの証拠を集めるには、自分だけの力では不十分であるということを。
アマンダが冒険者ギルドの裏依頼を受けて動いているという部分と、その依頼者が第一王子であるという部分だけを除き、全てを聞き終えた三人は眉間にしわを寄せた。
「なあアルス。どうする、やるのか? 俺様は別にどちらでもいいぜ。たかだかこっちの世界の王族相手に、このハーデス様が怖気づくなんてありえねぇからな」
そもそもハーデスからしてみれば、王族という存在は今まではずっと自分のことを指していて、魔界の王太子として二百年間も君臨してきたのだ。
たかだか人間界に無数にある国家の、それも王太子でもない二番手三番手の王子ごときに委縮する理由など、あるわけがなかった。
「うん、やるよ。アマンダさんからの依頼というのもあるけど、それ以上にこの問題をこのまま放ってはおけない」
「そうか。なら決まりだな。よし、アルスはもう寝ろ! おっさんもだ! ほら、もう酒でべろんべろんじゃねぇか」
間髪入れず即答する姿に一同は頷きつつも、既に長いこと酒を飲んでいたガイウスのこともあってか、それならば今日の話はここまでだということでお開きになった。
明日からの行動のためにも、少しでも早めに休息を取った方が得策と判断したのだろう。
男二人は挨拶もそこそこにその場で席を立ち、宿として酒場に併設されている部屋に戻っていく。
だがハーデスとアマンダだけはその場に残り、今も尚何かを待っているかのように、再びチビチビと酒を飲み交わしていたのであった。
「アンタは寝ないのかい? そんな怖い顔で魔力操作なんてして、まるでこの先に起こるなにかを警戒しているみたいだねぇ」
「まあな」
この場の空気からなにかを感じ取っているのか、得意の魔力操作で周囲の探知をしつつ辺りを警戒するハーデスは語る。
「酔いまくっていたガイウスのおっさんはともかくとして、アルスのやつは純粋だからさ。こういう場で人を疑うことを知らねぇんだよ。だからこの局面では俺様が人を疑い、状況を俯瞰しなくちゃならないってわけ。……なぁ。あんたもそう思うだろ? クソ暗殺者」
空気が凍てつくような視線で、同じく酒場の一角で飲んでいたダークエルフの男に声をかけたハーデスは魔力を急激に高める。
だがその瞬間、視線に晒されたダークエルフの男は急動作で席を飛び出すと何かを投擲し、魔法の光によって照らされていた酒場の灯りを一瞬で落としたのだった。
しかも既に深夜遅くということもあってか人が居ないため、この場で問題に気づく者が飲んでいた女性二人以外に居ない。
まさに仕組まれたかのような絶好のタイミングで、ハーデスとアマンダは襲われたのであった。
「おい! 逃げろアマンダ! 狙いはお前だ!」
「ちぃっ! そういうことかい! 途中からやけに酒場に人が少ないと思っていたら、最初からここは……、ぐぁっ!?」
視界の効かない暗闇の中、不意をつかれたアマンダは一瞬だけ対応が遅れる。
彼女とてプロの斥候職、この人気の薄い酒場には多少の違和感を感じていたし、なにより暗闇には慣れているつもりであった。
だが人間とは生まれた環境も、そして構造そのものも別である魔界出身のハーデスとは違い、明るい場所から急に周囲が暗くなれば、目が闇に対応するのに少しのタイムラグが発生する。
今回このダークエルフの暗殺者はそんな人間の構造の隙を突き、自らはずっと目を閉じ準備を整えていたことで計画を成功させたのだ。
「おい! アマンダ!? くそっ! そうか、人間にはこの暗闇は少しばかりキツいってわけか! 見誤ったぜ!」
そこに気づいたタイミングで魔法の光を灯し周囲を照らすも、時すでに遅し。
警戒していた暗殺者のダークエルフはアマンダと共に姿を消していて、まるでこの場では何事もなかったかのように夜の静けさを取り戻していたのであった……。
いまこの酒場にいるのは一人取り残されたハーデスと、いつの間にか隅っこで背を向けミルクを飲んでいた、サングラス姿の幼女だけ。
もはや、まんまと敵にしてやられた、といったところだろうか。
謎の幼女は急に灯りが消えたり点いたりしたことに驚き、「な、なんなのよ? もしかしていま、ヤバいのよ?」と辺りをキョロキョロしていたようだが、まあ今はそんなことはどうでもよく。
それよりも、あわあわと大慌てで騒ぎ出したこの幼女は、もっと大事なことを見つけ出したのだ。
「あれ? こんなところに変な紙があるの。え~と~。アタシが先に忍び込んでくる? あとは闇ギルドを探せ? なんなのよこれ、ただのゴミなの。ラクガキなのよ」
「…………っ!!」
幼女が何気なく、ぽいっ、と捨てて去って行った場所にはなんと、アマンダが襲撃の前に用意していたメモ書きが残されていたのであった。




