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【076】交差する思惑



 アルスらが魔法大国ルーランスに到着した日の深夜。

 青い魔法の光が夜の街を照らし続けるルーランス城の一角では、常闇と呼ばれる暗殺者からよからぬ報告を受けたこの国の第二王子、フレイド・ルーランスが眉間にしわを寄せていた。


「なに? 兄が勘付いたのはともかくとして、冒険者ギルドの手の者が嗅ぎ回っているだと?」

「そのようですね。どうやらフレイド様の動きに気付いた第一王子が、S級冒険者の女、陽炎のアマンダなる者を差し向けたようです」


 自らと常日頃から権力争いを繰り広げる怨敵の第一王子が、自分の動きに気付いたという点についてはさほど不思議なことではないと考える第二王子。


 あの曲がったことが許せない神経質で潔癖な兄のことだ、なぜか警備の目を掻い潜って街娘が次々と失踪していることに気付き、もしや女癖の悪い第二王子である自分が誘拐の犯人なのではないかと思うことは自然で、自分が兄の立場ならそうアタリをつけることができるからだ。


 だが、今回の問題はそんな第一王子の勘づきによるものよりも、よっぽど厄介な案件が待っていた。

 なにせその冒険者ギルドの依頼で動いているのはそこら辺の雑魚ではなく、人類最高階位であるS級の冒険者であったからだ。


 そしてなにより、陽炎のアマンダという最高位冒険者の名前は第二王子も聞いたことがあった。

 いまから三年前、ソロでありながらも二十二歳という若さでS級という人類最強の階位にまでたどり着き、とある依頼から帰還したのをきっかけに「陽炎のグルメハンター」として名を馳せることになった斥候型の超人。


 たしかにその女ならばこの依頼にうってつけだろう。


 斥候型であるが故に、隠れてよし。

 S級冒険者であるが故に、戦ってよし。

 痕跡を見つけるのも、逃げるのも、なんにせよ全ての条件が自分を追い詰めるのに役立っていた。


「このままではまずいな……」

「ええ、そうでしょう。ですが、ここで一つご提案が」

「言ってみろ」


 常闇は語る。

 そのS級冒険者である女をそもそも、第二王子のペットに加えてみてはどうかと。

 正面からの戦闘ならともかくとして、暗殺者としては同じく最高位である自分であれば、その女を不意打ちで無力化することが可能であると、そう語ったのだ。


 それを聞いた第二王子は醜悪な笑みでぐにゃりと顔を歪め、自分にとって有能な手駒である常闇の勝利を確信した。

 いやむしろ、常闇が勝利するということは、第一王子の策を逆手にとれるということでもある。


 もはや何をしても有利に働くこの状況に彼は有頂天になり、まるで自らこそがこの世界の神にでもなったかのような気分で大笑いするのであった。


「よし、ならば捕らえて見せよ。……そうだな。噂では、そのアマンダとやらも相当な美女であると聞く。もしそうであるならば俺が宵闇を手に入れる前の前菜として、大いに楽しませてもらおうではないか」


 常闇がそっと差し伸べた目先の欲に溺れ、冷静な判断ができなくなりつつある第二王子は妄想する。

 次はどこの街娘を攫おうか、ああするのもいい、こうするのもいい。

 彼は既に、そんな下らないことしか考えられなくなっていたのだ。


 そうして、狙った通りに墓穴を掘ってくれている主君の姿を確認した常闇は、再び姿を消した。


 なにより常闇は知っていた。

 もし冒険者ギルドの切り札であるS級冒険者を無理に捕らえるようなヘマを犯せば、いくら魔法大国の第二王子であろうとも、国が彼を庇いきれなくなるということを。


 さらに言えば、この国に訪れている超戦士と、金髪碧眼の少年。

 この一日で様々なトラブルを解決し続け、既に王都でも一躍有名になりつつある彼らの警戒網に引っかかり、もし偶然、とある暗殺者の手によって、わざわざ痕跡が残るようにS級冒険者が攫われるようなことがあれば、それこそ第二王子の行いは衆目にさらされることになるだろうと、そう思っていたのだ。


 このことから、状況的にも、戦力的にも、全ては自らの所有物であると思いあがっている第二王子は逆に、自らの持つ全てを失いつつあるのであった。


 しかし……。

 その事実に彼が気づくことは、その最期の時まで訪れないのであろう。


 それこそが若かりし頃から常に力を競い合い、認め合い、そして高め合ってきた宵闇と対を成す常闇の暗殺者、エルガの復讐なのだから。


「待っていろエルザ。私が必ず、お前に安寧を齎して見せる」


 誰もいない夜の街のどこかで呟く彼の瞳には、いまは静かに、しかし決して衰えることのない怒りの感情が映り込んでいた。





「……思っていた以上に、闇の深い案件みたいだね。これは」


 場所は変わって、魔法大国ルーランスの王都にある一軒の民家にて。

 何者かに荒らされた形跡の残るこの場所を発見した一人の美女が、溜息を吐きながらもぐるりと辺りを見回す。


 どうやら既に襲撃された民家の男は殺され、そしてそこに同居していた、殺された男の一人娘は姿を消していたようだった。


「ギルドマスターのおっさんが、さる高貴な方からの依頼だしどうか受けてくれと拝み倒してくるから、報酬の高さに目がくらんで受けちまったけど……。こりゃあちょっと、ヤバいよ。アタシ一人では手に余る相手かもしれないね」


 冒険者ギルドからの裏依頼を受け、街娘の失踪事件の調査に乗り出していた美女。

 S級冒険者であるアマンダはそう独り言ちる。

 

「うん。こりゃあお手上げだ。いままでソロでやってきたけど、さすがに相手が王族じゃ分が悪い。もしこの依頼を続けるのなら、街のどこかで強力な助っ人を探すしかないだろうね。でなきゃ、この街の娘達には悪いけど一旦出直すしかない」


 あ~あ、こんな時にガイウスの奴が居てくれればなぁ。

 やっぱりあの時、強引にでも押し倒しておくべきだったかな。


 そんなどうしようもない事をつらつらと呟きながらも、ふと、この街の酒場で同業が語っていたとある噂を思い出す。


「確か、水色の鎧を装備した巨漢と、本気になると黄金の瞳を輝かせる少年。それとオマケで、やけに喧嘩早い凄腕魔法使いの女が数々のトラブルを解決しているんだってね。……気になるね。特にその、水色の鎧を持った巨漢ってやつ。……アイツを思い出すよ」


 アマンダは思案する。


 それ程までに優秀な三人組であるならば、一度コンタクトを取ってみるのもアリなのではと。

 この裏依頼の内容を──ある程度伏せたままにはなるが──共有し、実力のある助っ人を迎えられるのであれば、好都合であると。


 ならば、善は急げであった。


「確か、この夜でも明るい王都の酒場は、まだまだ開いている時間だね。行ってみるかな」


 そうしてアマンダは荒らされた民家と、その家の主人である男に黙祷を捧げつつも歩き出すのであった。







「なるほどね~。ゲス野郎とアマンダさんはそう動くのか。こりゃあアルスにとっても良い刺激になりそうだ」


 南大陸にある大森林のどこかに存在する、錬金術で再現された魔法城にて。

 自らの分身を飛ばして世界中の調査をしていた下級悪魔は頷いた。


 これなら自分が出る幕は、そうそう無いであろうと。

 今回は部下である超戦士と、息子である金髪碧眼の少年の手柄とするのが、一番良いのだろうと納得したのだ。


「旦那様、どういたしましたか?」

「いいや。こっちの話だよ。うむ! 今日のエルザママの夕食もサイコーだ!」

「そうでしたか? それはようございました。それにしても……。ふふ、変な旦那様ですね」


 だが同時に下級悪魔は思う。

 もし最後に、本当の意味で決着をつける決心のつかなくなった息子が、あのゲス野郎を見逃すようなことがあれば、その時は……、と。


 まあ、全てはタラレバの話である。

 今後どういう結末を迎えるかは、本人たちの手に委ねられているのだから。


 いまこの下級悪魔にできるのは旅立った息子たちを見守り、そしてどこかで必ず、妻との約束を果たす、ということだけなのだ。


「まあ、それはおいおいだな。……さーて! 今日も録画しておいた息子の大冒険を観るぞ~!」

「あら、ようやくでございますか。今日のアルスはどんな女の子を惚れさせてしまうのか、楽しみでなりません」

「ふはははは! もう既に三十三人抜きだからな! 我らが息子も罪作りな男だ!」


 そんな一癖も二癖もある人物達を陰から見守る下級悪魔は、今日も今日とて、夫婦の家族ビデオを再生するのであった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] おっとこれはもしや夫婦2人きりののお留守番か? 喜べ、アルス。かわいい弟妹が誕生するかもしれぬぞ。
[良い点] 更新お疲れ様です。全てはカキューの掌の上…… [一言] いつの間にか創造のコミカライズ始まってたんですね。更新日に連載や割烹あたりで報告しないんですか?
[良い点] 全て把握してるカキューほんと好き
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