【072】息子が十三歳になりました
楽しい時間というのは、なぜこうも早く過ぎ去るものなのだろうか。
異世界に飛ばされてスローライフを送ろうかと思えば、交友のあった村で生き残りの赤子を拾い。
そんな赤子を拾ったかと思えば、今度は俺の愛する妻となるダークエルフの女性と出会い、三年後には頼りがいのある部下もできた。
そんな中で赤子も次第にすくすくと成長していき、五歳、十歳、と歳を重ねていくたび仲間ができて、友達ができて、恋人ができて……。
そしてついに先日、アルスが十三歳となったのであった。
「感慨深いな……。あの小さかったアルスが大きくなって、成人するまでもうあと一年か……」
「ええ、そうですね旦那様」
今も庭で必死に剣を振り、まだどこか幼さを残しつつも、しかし昔とは比べ物にならないほどに精悍な人間に成長した我が息子は、日本で言えばもう中学一年生。
この世界で言えば、あと一年で表向きには親の庇護下を脱する、準大人だ。
その成長著しいアルスの変化は肉体のみならず精神にも確かな影響が表れていて、ちょっと前までは自らの前で好き好きオーラを全開にさせる恋人相手に、純粋無垢な子供らしい反応を返していたものの、今では……。
「ほらアルス、汗かいただろ。タオル持ってきたぞ」
「ああ、ありがとうハーデス。いつも助かるよ」
「あっ、んっ……。ちょ、ちょっと……。誰かが見てたら恥ずかしいだろっ」
などなど、剣術の練習の合間に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるハーデスの頭を優しくなでて、既にメロメロになってしまっている恋人に追撃のダイレクトアタックをかますイケメンに成長してしまったのである。
まさにボーイミーツガール。
見ていてちょっと微笑ましい、そんな一コマであった。
「ふふ。ハーデスが魔族だと知った時はどうなるかと思いましたが、あの子たちも仲良くやっているようで良かったです。でもちょっとだけ、今まで私達のそばを離れなかったアルスが成長していってしまうことに、寂しさも感じますね……」
うんうん。
わかるよエルザママ。
でも、これが自然の摂理。
いずれ親離れしていく息子を見守る、親の役目というやつだろう。
なんだかんだでハーデスちゃんも少しだけ成長していて、十二、十三歳くらいだった見た目が今では十五歳くらいの姿にまで成長していっている。
まあ、ただ、なんというか……。
三年前、一時的に魔王として覚醒した将来の自分を確認して安心していたのか、なんなのか。
本人が期待していたボンキュッボンなバストサイズには全然届いていないようで、かなりやきもきしているみたいだけどね。
なんというかねぇ……。
確かに大人に近づいてはいっているのだが、胸だけが全く大きくならないんだよ、ハーデスちゃん。
な、なんでだろうね?
確かに未来の姿はバインバインでしたけども。
こればっかりは下級悪魔にも分からない。
生命の神秘、いや、魔王一族の神秘だな。
「それにしても、もう旦那様と出会ってから十三年ですか。長命種の私にとっては一瞬の時間でしたが、その……」
「ん? なんだ?」
少しだけ言い淀んだエルザママに首を傾げ、デビルアイで心の内を見透かす。
この感情は、う~ん、……「疑問」か?
うん、疑問とか、不思議とか、そんなイメージだな。
いったい何が不思議だというんだねエルザママさん。
「その、なんといいますか。旦那様が人間にしては全く歳を取った様子がなく、少しだけ不思議に思っております。私はもっと、人間というのは急激に加齢していくものだと思っておりました」
な、なるほどーーー!!
確かに!
確かに俺、まったく歳とってなかったわ!
やべぇ、完全にそのことを忘れてた!
どうしよう、今からおじいちゃんのフリするか!?
いやだめだ、こんな行き成り見た目を弄ったら別の意味で疑われる。
いっそのこと、俺が悪魔という異世界からやってきた新種族だということを明かしてしまおうか?
まあ別にそれでも周りのみんなは受け入れてくれるだろうけど、ふむ……。
そうだな。
バレたらバレたで、その時はその時だ。
別にいま正体をバラしても、いつか誰かに気付かれてバレてしまっても、結果は同じだろう。
だったら別に何か対策を練るわけでもなく、適当に誤魔化しておけばいい。
よく考えたら、特に問題は無かったわ。
「うむ。まあ俺は若作りだからな。そういうこともあるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうなのですよ」
「…………」
ほ、ほんとほんと。
若作りなのは間違いないから、そのジト目をやめてくださいエルザさん。
久しぶりに出現したツンデレ部分の、ツンからの攻撃にちょっとドキドキしてしまいます!
ま、まあ何はともあれだ。
こうして様々な冒険を積み重ねながらも我が息子様は逞しく成長し、成人まであと少しとなるこの期間を親友のエイン君や聖女ちゃん、そしてこの家族と一緒に過ごしているのであった。
それに成人したからといって、普段から記録しているアルスの大冒険、成長の録画をやめるということは一切ない訳ではあるが、とにかく感慨深いということだな!
うん!
と、そんな感じでうまく心の中をまとめようとしたとき、突如としてそいつはやってきたのであった。
「ふぁいあーーー!!」
「うおぉぉぉっ!? な、なんだなんだ!?」
突然魔法城の付近でとんでもない威力の炎が天高く立ち昇り、炎の余波でこの城全体を揺らした。
な、なんだ、なにが起きた!
ちょっと油断している間に、いきなり訳わかんないことになってるぞ!
というか外に見える巨大な炎と、それを囲むような敷居、そしてその燃料となる薪と龍脈のエネルギーはいったい……。
んん~?
もしかしてアレ、キャンプファイヤーか?
うん、間違いないね。
なんでかは分からないが、急に城の前で祭りが始まったらしい。
それにあの、龍脈をまるでガソリンをブチまけるかのようにして盛大に使うチビスケは、まさか……!
「功績の匂いがビンビンなのよ! きっと、ここからあたちの物語が始まるような、そんなよかん! ついにメルメル勝利の宴が始まった、ということなのね? FHOOOOO!」
「やめんかバカモンがぁーーーー!」
FHOOOOO!
じゃねぇから!
お、おま!
まさかとは思ったが、やっぱり二年前に盛大にやらかして、弾丸のような速度で逃げ出したチビスケじゃねぇか!
うちの庭でなにしてくれちゃってんのよもー!
あの龍脈の制御に失敗した経験から何も学んでいないのが恐ろしい!
ちょっとしたミスで自分が爆死することを恐れないその精神、下級悪魔はとっても恐ろしいです!
とりあえず取り押さえるから覚悟しろよチビスケ!
「な、なにをするのよ! やめて! 変な人間があたちを捕まえにきたの! 今すぐこの手をはなすのよ! あたちは悪いメルメルじゃないの!」
なんだよ悪いメルメルって。
メルメルには悪いやつと善いやつがいるのかよ。
いったい、どんな種族だ。
というよりも、こんなヤバいチビスケがこれ以上いてたまるか。
世界が灰になるわボケェ。
「いいや、お前は悪いメルメルだ。人の城で勝手にキャンプファイヤーをしちゃいけませんって、お父さんとお母さんに教わらなかったのか? 反省しなさい」
「あぅっ!? け、景気づけようとしただけなの、違うの、信じてなの!」
今もなお自分は無罪であると主張するふてぶてしいチビスケにアイアンクローをかまし、反省を促す。
全く、どんな教育を施したらこんな幼女ができあがるんだろうか。
本人はただキャンプファイヤーで景気づけをしたかっただけだと主張していて、実際に悪意がないように見受けられるのが一番恐ろしいところである。
「ど、どうしたんですか父さん!? 今、すごい魔力が……!」
「どうしたおっさん! 今なにか、すげぇ音がしたぞ!」
「旦那様!」
「ご主人!」
そんな事を考えてチビスケにお仕置きをしていると、飛び出した俺の後を追ってきた城のメンバーが次々とやってきた。
さて、この状況、どう説明しようか……。
次回
ブレイブエンジン




