【071】メルメルの打ち上げ花火
十一歳の誕生日パーティーの後、しばらくしてからの南大陸の大森林にて。
さっそくとばかりに邪竜の前へと連れてこられた子供組は苦戦を強いられ、既に満身創痍となっていた。
「くっ、身体が重い……!」
「ぐぉぉおお……! き、気をつけろアルス、そいつは俺様が使うのと同じタイプの闇属性魔法だ! 魔力操作で抵抗しねぇと押しつぶされるぞ!」
同じ属性魔法を扱い、魔法使いという面ではアルスを超えるハーデスが指摘するも、本人ですら苦戦する邪竜の魔法に対し上手い解答があるわけではない。
このままではジリ貧であると二人共分かってはいるが、だからと言ってどうしろと言うのだというのが本音だ。
基本的に一つの属性しか扱えない属性竜とはいえ、だからこそ、その一点だけを極めたSS級最上位の力は強靭なのである。
これこそが竜。
だからこその自然界最強種族。
二人はそんな属性竜の前にて、なすすべもないのであった。
「おうい。そろそろギブアップかぁ~? なんなら、もう父ちゃんが助けてやってもいいぞ~」
「まだだ! まだもうちょっとやらせてよ父さん。僕にもまだ奥の手が残ってる!」
奥の手という言葉に父カキューは「おお?」と驚き、ニヤリと笑う。
すでにスーパーデビルバットアサルトに、光の翼。
普段のアルスであれば全力とも言える力を出しているにもかかわらず、まだ奥の手があるというのであれば、アレしかないだろう。
「これが今の僕の全力……! これでだめだったら諦めるしかないけど……! ハァァア!」
タイムリミットは四秒。
両の瞳を黄金に輝かせたアルスは一瞬にして闇の魔力を抜け出し、邪竜の首へと剣を振り下ろす。
だが、しかし……。
「ぐがぁっ!?」
「アルス!!」
「あちゃ~。まだちょっと、邪竜を相手どるのは早かったかもなぁ……」
本気を出したアルスの速度にすらギリギリで対応した邪竜が尻尾で叩き落とすと、アルスはそのまま地面に叩きつけられてしまう。
どうやら邪竜の闇魔法による圧力を、ほんの少しだけ吹き飛ばし切れていなかったらしい。
これが本来の力を引き出した黄金の瞳であれば問題なく切り伏せていたのだろうが、今のアルスではここらへんが限界だった。
しかし、誰もが今回はここまでだと、そう思った時……。
────あわわわわ!
────や、やっちまったのよーーー!
……と、どこからともなく聞こえてきた声と共に、燃え盛る火の玉が邪竜にだけ、偶然にも天空からピンポイントで降り注いできたのであった。
◇
「ふんふんふーん。なのよ。なんだか、火を見ていると落ち着くの。このあたちなら、何でも燃やせそうっていう気分になるのよね~」
アルスが邪竜に悪戦苦闘している頃。
天使パワーで倒した魔物の肉を焼きキャンプファイヤーしていたメルメルは、そう独り言ちる。
言っている内容がヤバいのは今更なのだが、この駄天使、今回だけは本当に大変なことをしていた。
なんと今このメルメルが燃やしている炎は、南大陸の龍脈の一部を使った物であり、大自然の魔力エネルギーそのものなのである。
もしこれが少しでもコントロールを誤って暴発すれば、まさに天変地異といった大地の崩壊が起きるくらいの大騒動となる。
例を挙げるとするならば、大規模な地割れや火山の噴火が近いだろうか。
本来、地脈や龍脈と呼ばれるものは、星の力といっても過言ではない絶大なエネルギーを秘めており、世界を管理運営する天使や神々にしか使えない。
だがこのメルメルは天界から追放されたとはいえ腐っても天使。
いや、むしろ追放されて天使パワーが大きく削がれたからこそ、足りないエネルギーを龍脈の力に頼り、そしてコントロールがおぼつかなくなっているのであった。
もちろん普段のメルメルであれば龍脈のコントロールを誤ることはない。
そう、普段通り、何もなければ、という条件つきであるが……。
だが今回は不幸なことに、メルメルの気を強く散らせる程の「何か」が存在したのだった。
────これが今の僕の全力……!
────ハァァア!
「えっ!? な、なんなのよ!? 今の神聖な力は! ……あっ」
あっ。
ではない。
この瞬間、少しだけ離れた場所で放たれたアルスの「黄金の瞳」の魔力がメルメルの気を大きく逸らし、ついにそのコントロールを誤らせる結果に繋がってしまうのであった。
「あっ、ああっ! 龍脈が! あわわわわ! や、やっちまったのよーーー!」
そして当然のように暴走する龍脈。
もはやこうなってしまってはメルメルにはどうする事もできず、手遅れであった。
暴走した龍脈は天使の炎と融合し、その場で超巨大な火の玉となって空に打ち上げられていく。
そのあまりにも巨大な火の玉の直径は、およそ百メートルほど。
しかもただの火球ではなく、龍脈と天使の力がこれでもかとふんだんに使われた、超魔力による超火球である。
これが直撃すればたとえ魔王軍の四天王ですら一撃で滅ぼせるような、まさに天変地異と呼べるようなバカげた威力の超火球が撃ちあがってしまったのだ。
「ど、どどど、どうしようなのーーー! やばいのよ! このままじゃ、あたちも爆発に巻き込まれて死んじゃうかも! に、逃げるのよ!」
そうして、やらかしてしまったことに気付いたメルメルは、気が動転してどうすればいいか分からないので、とりあえず逃げることにした。
その脱兎のごとく尻尾をまいて逃げるちびっこ天使の姿は、まるで弾丸のようだったと、近くでメルメルの行動を観察していたとある下級悪魔は語る。
まあ一応メルメルの言い分を語るのであれば、下級悪魔がいなければ、そもそも黄金の瞳を発動させるアルスも居ないことになるので、制御を失うこともなかっただろう。
つまり、これは不幸な偶然が重なっておきた事故なのであった。
よかったねメルメル。
それでもやっぱり、もしここに下級悪魔が居なかったら、この大森林の一部は邪竜と一緒に大爆発を起こしていたところだったかもしれない。
だからといって何か被害があるわけではないけども、龍脈のご利用は計画的に。
◇
「……やりやがったな、あのチビスケ」
天空から超巨大な火球が降り注いでくるのを見た俺は、少し離れた場所で、先ほどまでキャンプファイヤーをしていた謎のチビスケに対し悪態を吐く。
いやまあ、確かにアルスの大魔力に驚いちゃったのはわかるけどさ、たかが魔物の肉を焼くためのバーベキューに龍脈なんて物騒なもの使うなよ。
危ないだろ……。
そう思うも、あの年齢不詳のチビスケには悪意があるようには見受けられなかったので、今回は不問とする。
というか下手したら自分自身も吹っ飛ぶような行為であるため、悪意を以て龍脈の力を利用していたとは考えづらい。
これは恐らく、いや、確実に事故なのだろう。
「とはいえ……。まずはあの火の玉をどうにかしないと始まらんな」
幸いアルスとハーデスは邪竜という強敵を見上げていた体勢であったため、すぐに天変地異に気付いて俺の背後へと避難を成功させている。
問題は急に猛ダッシュで逃げた獲物を見失い、キョロキョロと地面をくまなく探している邪竜の方であろう。
あのままだと邪竜くん、超火球に巻き込まれて灰になり、骨すら残るまい。
「いや、まあ。……そうだな。もう今回のアトラクションは終わりみたいなものだったし、それでもいいか」
うん、そうだそうだ。
もう邪竜を片付けるのも面倒くさいし、ついでだからこのまま灰になってもらおう。
あいつ気性が荒いのかなんなのか、食事をするわけでもないのに、むやみやたらに生き物に襲い掛かるんだよな。
放っておいても危険なので、ここで始末してしまうことにする。
「じゃあ、あとは天変地異の被害が周囲に広がらないように、っと……。ほいっ! 下級悪魔式・大結界!」
適当に円柱型に魔力を編み込み、爆発のエネルギーは天に向かうように調整して結界を張り巡らせる。
これでもう一安心だろう。
そう確信した直後、もの凄い轟音を立てて大爆発を起こしたチビスケの必殺技は邪竜を燃やし、天高くその存在を主張するかのように見事な花火を打ち上げたのであった。
「うわぁ……。すごい綺麗だね~。さすが父さんだ」
「く、くそっ! このおっさん、あんなヤベェ火属性魔法が使えるのかよ! しかも周囲に広がらないよう、完璧に魔力をコントロールしてやがる……! 完全にバケモンだぜ……」
などと、あの炎を俺の仕業だと勘違いした二人が感想を述べる。
いやまあ、いいんだけどね。
あのチビスケのせいにするのもなんか可哀そうだし、俺がやったってことにしておけば。
でも驚いているところ悪いけど、もし俺が邪竜を本気で燃やすのだとしたら、灰すらも残さないよ?
たぶん、この大森林だけでは済まずに、大陸の半分くらいは焦土になると思う。
そのくらいできなきゃ、地獄のナンバーツーは名乗れないしね。
「まあ、なにはともあれプチ遠征イベントはこれで終わりだな。アトラクション、楽しかったか?」
「うん! 十分だよ父さん。僕の実力がいまどのくらいなのか、だいたい掴んだつもり。ありがとね」
「おう」
そう言って笑顔でお礼を述べるアルスに納得した俺は、天変地異が収まったのを見届け、再び南大陸の拠点へと帰還するのであった。
……そして、あっという間に二年の月日が流れた。




