【067】魔王が喰らうモノ
本日二話目の更新となります。
読む順番にお気を付けください。
時は辺境伯領の問題を解決した、ちょうど一ヶ月後。
アルスが夏休みとしての休暇をハーデスと一緒に過ごし、「あ~ん」攻撃で彼女の脳みそをトロトロにさせている、そんな頃。
世界の裏側にある、人々が魔界と呼ぶ異空間にて。
とある宗教国家の居酒屋から戻った魔王は自らの変身を解き、力強い真紅の角と翼を出現させた後、ついでにオッドアイを隠すために使っていたサングラスを外した。
「あら貴方、お帰りなさいませ。やはり貴方はサングラスが無い方がお似合いでしてよ」
「うむ、今帰った。しかしサングラスのことは我慢しろヒルダ、人間界においては、こういったカモフラージュは必要なのだ」
帰還後の彼と言葉を交わすのはこの魔界の主たる魔王の唯一の伴侶である妃、ヒルダ。
彼女は最近この地を度々不在にする夫に代わり、その時だけ魔界のまとめ役を代行していたのだ。
しかしそんな苦労も、愛しい我が子のために動く夫の役に立つならばと、自ら進んで行っている。
というのも、妃は妃で我が子の成長が気になってしかたがなかったからだ。
故に夫がそんな我が子の成長を見守るというのであれば、魔王の役目を代行することなど決して苦ではなかった。
「それで、どうでしたか? 私たちの子供は、ハーデスちゃんは立派に成長していましたか?」
「ああ。今日は遠くから一目見ただけだが、金髪碧眼の少年と仲睦まじそうに、幸せに食事をしていたよ。あの様子ならば、ハーデスが完全体へと到達するのもそう遠くない未来になるだろう。まったく、心配かけさせおってあの馬鹿息子……、いや、馬鹿娘が」
その言葉にほっと息を吐き、内心で胸を撫でおろす。
ほんの少しだけ、息子として育ててきたハーデスが娘に向かっていることに苦笑いしつつも、「それはそれでアリねぇ?」といった感想を抱いたようだ。
魔王や妃としては性別の固定化はあくまで完全体への進化の前兆であり、どちらに固定されようとも自らの子供であることには変わりなかったということらしい。
「まあ、それは良かったわ……。私達はいつも、あの子には相応しい伴侶ができないのでないかと思って心配していたもの。たとえあの子が狙っていた男性体への定着ではなかったとしても、私は歓迎いたしましょう。それよりも……」
私はハーデスちゃんの相手の人間がどんな子なのか、そちらの方も、とても気になるわぁ?
そう呟いた魔界妃は、ねっとり、じっとりと微笑み目を細め、魔力を高めつつも少しだけ威圧する。
魔王もその威圧そのものに恐怖を覚えたわけではないが、妃の笑顔がちょっとだけ怖かったのか、反射的に首を振って同意してしまったようだ。
「もし仮によ? もし仮に、あの純粋で純情でウブなくせに、それがバレないよう必死に突っ張っている可愛いハーデスちゃんを食い物にするようなニンゲンだったとしたら、私、とても自分を抑えられる気がしないの……。貴方もそうでしょう? そうよね? そうと言いなさい」
「う、うむ。その通りだ、……いや、その通りです」
「ふふふ。そうよねぇ」
魔族としての力は圧倒的に魔王の方が強いものの、この我が子のこととなると妙な恐怖感を纏う妃を相手に、彼は強く出れないでいるらしい。
どこの社会のどこの家庭も、夫婦の関係は案外似たようなものなのかもしれない。
「でもいいわ。貴方がその人間を見て何も言わないということは、それなりに見込みのある人間なのでしょう。今は貴方の観察眼を信じて、ただここでハーデスちゃんの帰りを待つことにします」
「ああ、それがいいだろう。それにきっと、お前もかの少年を見れば気に入るはずだ。彼は恐らく……。いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」
途中で言い淀んだ夫の言葉に、「あら?」と不思議そうな顔をする妃ではあったが、それでもそう言うのであればということで受け入れた。
果たして、この魔界の王たる魔王は少年の何に気付いたのか。
それを妃が知るのは、まだだいぶ後になってからであろう。
なにせ今その答えを口にしてしまえば、もしかしたら妃が単騎でその少年のもとへと突撃する可能性すらあったのだから。
魔王はその行動力が恐ろしくてならなかった。
そうして席を立つと、自らの執務室で一人となり独り言ちる。
「あの少年……。似ている、千年前に我が父を滅ぼした、あの者と……。いや、しかし……。そんなハズは……。だが、それしか考えられん」
魔王は真剣な表情で自らの目で見てきた現実を反芻し、この時代の人間界で、いったい何が生まれようとしているのかということを理解する。
今から約一千年前。
偉大な前魔王であった父と、それを討ち滅ぼした勇者とその仲間達の、最終決戦。
その時の自分はまだ魔界の王子であり、最終決戦の最中、ただ城の片隅で怯え、玉座の前で受けて立った父の戦いを見守ることしかできなかった。
故に、何度も悪夢を見た。
何度も侵略者たちとの力の差を思い知った。
次があるならば、今度こそ滅ぼされてなるものかと、前魔王である父すらも超え得る力を手に入れようとした。
そうしていつしか魔界で知らぬ者はいない最強の魔族となった彼は、自らの父の最期の瞬間を受け入れることに成功した、……つもりであった。
しかし、だからこそ分かる。
「やはりそうか、このピリピリと今もなお肌に張り付く緊張感、絶望感、喪失感。あの少年は、まだ覚醒する前の勇者の卵なのだな……」
魔王は確信する。
あれはまさしく、まだ生まれたばかりの人類最強の伝説。
いずれ勇者となり得る力を持つ者なのだと。
だが、それが分かってもなお、彼の瞳には憎しみは宿ってはいなかった。
「ク、ククク……。クハハハハハハ! これは面白い、傑作である! まさか魔界の王太子が恋をし、想いを向ける相手が、あの勇者とはな……。なるほど。どうやら新しい時代が、私達の時代には無かった未知の可能性が生まれようとしているのだな……。うむ、ならば────」
────ならば、進み続けろハーデス!!
────貴様らの持つ新たな可能性で、この魔界の闇を超え、魔王を超え、全てを超えて見せろ!!
────私はその未来の為ならば、喜んで礎となろう……!!
人間界をエサ場としか考えていない魔界の魔族。
あの偉大なる先代すらも超えた今代の魔王の力を以てしても、完全には解決には至らなかったこの問題。
そんな闇に覆われた魔界を切り捨て、お前たちの愛で道を切り開き、魔界の王としてではなく、全く別の新たな道とするのであれば、やれるものならばやってみればよいと、そう魔王は咆哮を上げたのであった。
「そしてその先に輝かしい未来があるというのならば、魔界における全ての罪と悪意は、この私が喰らい、背負って見せようではないか」
こうして魔王の心は誰に知られることもなく、ひっそりと、しかし強固な意志と共に固まったのであった。
これにて、魔王子編は完結となります。
次回
駄天使メルメル編
~燃えよ決算書類、めんどい仕事を灰に変えて~
はじまります。




