【064】大冒険から一ヶ月
本日二度目の投稿になります。
読む順番にお気をつけください。
聖女イーシャがザルーグ・ドラシェード辺境伯からの依頼である魔族問題を解決し、仲間達との大冒険を終えてから一ヶ月後。
彼女の拠点であるカラミエラ教国の皇都では、任務達成の報告を受け盛大な祝勝会が行われていた。
この祝勝会には他国の王侯貴族すらも招き入れ、教国という宗教国家の存在意義を確かなものとする盛大な行事となって進行しているようだ。
また、呼ばれた者達は権力者のみならず、近隣で有名な武芸者や騎士、宮廷魔法使い、その他様々な立場の者達が集まり、情報交換を行っていた。
「いやぁ、素晴らしい! まさか我らが教国の誇る聖女様が、あのダンジョンにて復活を遂げた上級ヴァンパイアを滅ぼしたばかりか、さらに格上である三魔将たちを退けるなど……! これは快挙ですぞ!」
そう教皇猊下の前に集った教国貴族の一人が声を上げれば……。
「何を言う! そなたら教国が誇る聖女様の成し遂げた偉業は、快挙などという軽い言葉で済まされるものではない! これは、勇者という人類最強の切り札すらも抜きで成功させた、前代未聞の奇跡であるぞ! 私とて、この場に呼ばれるくらいには武を修めた武芸者だからこそ分かる。上級魔族とは一騎当千の猛者ですら鼻歌混じりに握りつぶす、大いなる化け物なのだ……!」
などと、その横にいる他国の武芸者が賛辞を述べ、それを聞いた周りの者がさらなる喝采をあげる。
この聖女一行が成し遂げた、上級魔族討伐に三魔将の撃退という大偉業は、既に周辺では知らぬ者の居ない大それたものとなっていたのだ。
しかし、そこに釘を刺す者が一人。
「いいえ。これは私だけで成し遂げられた功績では、決してありません。今や教国きっての近衛騎士である剣聖エイン・クルーガーと、我が国の盟友カキュー様の御子息であるアルス様、そして何より、とある心優しい……。そう、本当にとても、とても優しい、愛ある敵対者によって成されたものなのです」
そう、聖女本人であった。
彼女の透き通るような、それでいて会場に響き渡る凛とした声を聴いた者達は息を飲む。
たった一人の少女の発言がこの場に浸透していき、祝勝会に集まった海千山千の商人も、百戦錬磨の武芸者も、魑魅魍魎とまで言わしめる大貴族たちも、全ての者が耳を傾け始める。
「かの敵対者は言いました……。私たちを愛していると。かの敵対者は見せました。その覚悟を。そしてあの大冒険の最後まで、彼女は、ハーデス・ルシルフェルは、私たちと共に歩める人類の理解者でありました」
敵対者。
それが何を意味するのか、この場に集う多くの者は理解はしていないだろう。
しかし、その意味を誰よりも知る聖女だけは、今この場にはいない彼女のことを誰よりも認め、ぶつかり合い、そして受け入れていたのだった。
「私は宣言します。いつかきっと、この聖女イーシャ・グレース・ド・カラミエラが、誰よりも強く優しい愛を持つ彼女が、大手を振って遊びにこれるような……。いえ、この私や騎士エインに会いに来れるような、そんな国にしてみせると」
────それこそが、私が真の意味で偉業を成し遂げるということだと、そう思っております。
そんな人々の希望である聖女の宣誓に、会場は沸いた。
いずれ、後の人々は語る。
この時こそが教国における変化の瞬間であり、歴史の転換点であったと。
今はまだこの世界の広さを知らない幼き聖女、イーシャ・グレース・ド・カラミエラは、こうして一歩を踏み出したのであった。
◇
「はい、あ~ん」
「あ、あ~ん。お、おいひいね、えへへ……。うん。やっぱり、だいすき……」
「うん、僕もこのお菓子は大好きなんだ。気に入ってもらえてよかったよ」
ぐわーーーーー!
甘い、甘すぎるこのカップル!
いったいハーデスのやつは、いつになったらアルスの「あ~ん」に耐性がつくんだ!
お前この一ヶ月、ずっと脳みそ溶けっぱなしじゃねぇか!
いい加減見ているこっちが砂糖吐くぞ!
というかアルス、それお菓子が大好きって意味じゃないから!
お前のことが大好きだっていってんだぞ、そこの魔王女ちゃんは!
……おっと、つい頭に血が昇ってしまい申し訳ない。
申し遅れたが、こちらはアルス見守り隊名誉会長のカキュー。
現在はエルザと一緒に教国の皇都に大手を振るって遊びにきており、子供達だけで辺境伯領の問題を解決したご褒美ということで、一ヶ月ぐらいの夏休みを子供二人に与えていたところだ。
「ふぅーーーーー。いつみても甘々だな、この二人は。もう正式に付き合えよ、なんでこの距離感なんだよ、意味がわからん」
「そうでしょうか? 鈍感さで言えば、旦那様も中々のものですが? アルスも旦那様のそういうところを引き継いでしまったのでしょう」
嘘だ!
そ、そんな訳ないじゃないかエルザママ。
デビルアイとデビルイヤーを持つ俺が鈍感だなんて、そ、そんなわけないって。
え?
ないよね?
誰かないって言って。
「そんな抱きしめたくなるような、ちょっと頼りないお顔をしても無駄です。私が旦那様を射止めるのに、いったい何年かかったかご存じですか?」
「え、ええ? ええ~~っと……」
「ええっと、ではありません。五年です。少しは自覚なさいませ、鈍感様。はい、あ~ん」
「あ~ん」
いや、あ~ん、じゃないって!
え、嘘だろ!?
エルザママは五年もかけて俺を篭絡しようとしていたのか!?
いったいいつからだ、いつから俺を狙っていたんだ。
ダメだ、全く分からん……。
「いつからだ?」
「ふふ。それは内緒でございます。この答えは墓までもっていく所存ですので、正解は自分でお探しになられるのが宜しいかと」
「そ、そうか……」
分からん。
分からんが、分かった。
つまり俺とエルザママは、目の前のバカップルと同じくらい甘いという訳だな。
すまん、ガイウス!
君にも春が来るように、俺は健闘を祈っているぞ!
「……いや、いいけどよ。ご主人とエルザ夫人のイチャイチャは今に始まったことじゃねぇわけだし。もう慣れたぜ」
「マジですまん」
マジですまん。
大事なことなので二回言った。
だが確かに、そろそろガイウスにも相応しい相手を見つけてやらねば不憫だな。
こういうのは本人達の意志次第ではあるから、俺が力づくでどうこうする訳にもいかないが、せめてそういう機会くらいは用意してやるべきだろう。
これも長年仕えてくれている部下への福利厚生みたいなものだ。
ずっと俺たちに付き添っていたんじゃ、どれだけガイウスが偉大な男であったとしても、そもそも相手がみつからない。
ある意味、これは由々しき事態だな。
「どうしたもんか……」
「いやいや、本当に大丈夫だぜご主人。気にし過ぎだ。俺は俺で、暇さえもらえれば勝手にやるからよ。これでも冒険者時代はキャーキャー言われてたんだぜ? S級だったしな」
ふむ、それもそうか。
元々ガイウスは男前だし、そこまで手取り足取りやってやる必要もないわけだ。
よし、ならば……。
「じゃあ、しばらく暇を出そう。各地への移動に使うだろう火竜のやつは貸しておくから、しばらく自由にしろ」
「おう。恩に着るぜ。ついこの前、アルスのやつの成長も見届けたことだしな。ガキ共と同じようにしばらく夏休みとかいうのに勤しむ事にするわ」
「ああ、それがいい」
まあ、そんなこといってガイウスなら、「相手は見つからなかったが、強敵とは沢山出会えたぜ!」とか言いながら腕を上げて帰ってきそうだけどね。
まあそれはそれで、彼の個性だ。
俺がとやかく言うことではない。
「さて、それじゃあ子供達も部下も休み期間に入ったってことで、俺たちは録画した家族ビデオの鑑賞でもしようか、エルザ」
「ええ。そうしましょう、旦那様」
そうしてこっそりと拠点へと戻った俺たちは日が傾くまで、手をつなぎ肩を寄り添いながらも、家族のアルバムである息子の大冒険を一から再生するのであった。
次回
いつか語ってみせるよ、僕の夢を
 




