【062】経験の差、実力の差
毎度恒例の、唐突な投稿。
本日二話目の投稿となります、読む順番にお気を付けください。
また、次の更新は深夜0時です。
大人組と子供組の緊張感ある睨み合いの中、威圧でハーデスを牽制し続けている俺が手を振り降ろすと、即座にガイウスが飛び出した。
前衛であるアルスとエイン君目掛けて振り下ろされた大剣を阻むものはなく、パワーやリーチの差もあってこの先制攻撃を受けきったり、カウンターを返したりすることは不可能に近い。
であるならば、二人に許された行動は一つ。
回避、である。
「くっ! こいつ、予想以上に動きが巧い! パワーはグレーター・ゾンビと同じくらいだが、スピードと技術、立ち回りは比べ物にならないぞアルス!」
「分かっているよエイン! まるでガイウスを彷彿とさせるような動きだ! 戦士として全く隙を感じられない! さすが三魔将といったところだね……!」
はい、そうですね。
だって中に入っているのは、ガイウスそのものだからね。
そりゃあ動きも立ち回りも似てるよ、本物だもの。
いまはそれほどではないけど、数年前まではいつもガイウスと訓練に勤しんでいたアルスだからこそ、その動きに何かを感じることがあったのだろう。
さすが息子様だ、勘が鋭い。
しかし、そんな正面から分かりやすくぶつかってくるガイウスだけに、気を取られていていいのかな?
真の脅威はすぐそばまで迫ってきているんだから、ちゃんと気を引き締めないと。
「隙だらけですよ、剣聖」
「なにっ!? ぐぁぁあああ!」
「エイン!?」
「いけませんアルス様! エインのことは私が診ます! アルス様は周囲の警戒を!」
回避行動に移り、大剣のリーチから逃げ回っていたエイン君の死角から現れたエルザが、一瞬で彼の右手首の腱を切った。
利き手に力が入らなくなったことで武器を取り落とし、それに気付いたアルスが駆け付けようとするも、時すでに遅し。
気配すら感知させない暗殺者特有の動きで場を離れ、既に彼らの手の届かないところにまで退避しているのだから、今から攻撃を通すことなど不可能だろう。
そしてそんな決定的な隙をガイウスが見逃すはずもなく、フォローに回って一人になったアルスに全力の横薙ぎを見舞った。
「ぬぅううん!!」
「くうっ……、攻撃が、重い……!」
おお、よく今の横薙ぎをバックステップを絡めて受け流したな。
あの柔軟な体術とその後の立て直しは、剣術だけを追求していたら決して得られない高度な動きなんだよね、あれ。
剣術、体術、魔法、暗殺術、その他もろもろと、なんでもかんでも全ての技術が達人級にまで到達しているアルスならではの反応であり長所だ。
だが、そんな子供組を追い詰める俺たち三魔将も、なかなかなものである。
「うむ。良い連携攻撃だな。さすが俺たち三魔将。しかし今の攻撃、その気であれば手首ではなく剣聖の首を掻き切ることもできた。そのことに気付いているかな、殿下?」
まあこれは試練でもあり授業だから、さすがにそこまではしないけどね。
でも、今のが本番だったら既にエイン君は死んでいた。
手首の腱が受けたダメージそのものは、次の一瞬で聖女ちゃんに回復してもらったようだけども、この場での実力差、戦いにおける経験の差というものは肌で感じたことだろう。
大人組二人と子供組三人の正面からの実力は、ほぼ互角。
だがしかし、冒険者として、暗殺者として生きてきた経験は大人組の方がはるかに上なのである。
たとえば、そうだな……。
格闘ゲームのキャラクターを想像してもらえれば分かるだろう。
同じ性能のキャラクターを使用していても、ちょっとキャラを使い慣れてきた人と、その界隈の世界チャンピオンとでは、立ち回りにも戦略にも雲泥の差が出る。
これはつまり、そういうことなのだ。
故に、いまこの瞬間の敗北から学び、何度でも立ち上がり、そして糧にするがいい子供達よ。
「……何者だ、貴様。この我が魔法を使う隙すら作らせず、威圧だけで全ての動きを牽制し、行動を封じるなど……。バカな、ありえん。こんなことがあるはずが……!」
「それが、あるんだよなぁ」
おっと、ハーデスちゃんの方もそろそろ違和感に気付いてきたようだね。
そうそう、その感想でだいたい合っているよ。
俺が行っている威圧というのは、ようするに魔法としては形成されていない純粋な魔力を相手にぶつけて牽制する、本来ならそこらへんの魔力を持った獣でも行える原始的な行為だ。
だが、だからこそ発動にはタイムラグがほとんどなく、ハーデスちゃんが魔法を使おうとするたびに、その魔力を打ち消して行動を阻害することができているというわけである。
その上、もし俺の威圧を打ち消すほどの大魔法でお茶を濁そうとするものならば、こちらも相手の大魔法に合わせた「嘘」を威圧で再現してやればいいだけのこと。
そうすることでハーデスちゃんは勝手に俺の動きを深読みし、もしかしたらこの大魔法では攻撃が通じないかもしれない、動きが読まれているのか、などと勘違いしてくれるわけだ。
ま、このブラフ合戦は、地球次元の悪魔とか天使なら誰もがやる基本中の基本行動なんだけどね。
でもハーデスちゃん、君はまだこの領域に達していないでしょう?
君がどれだけ魔王として素質があって、ものすごいパワーを身に着けていたとしても、その大魔力を扱う経験と知識がなければどうにもならないんだよなぁ。
というわけで、ハーデスちゃんが俺こと下級悪魔に勝利するには、まだ二千年早かったという話なのである。
出直して来たまえ。
「少しは実力差を理解したかな? かな?」
「……ッ! 化け物め……! この我を愚弄するとは、どこまで邪悪なのだ! 貴様、ロクな死に方はせぬぞ!」
「はっはっは! よく言われるよ!」
実際、地球で死んでから地獄に落ちて、いつのまにか下級悪魔になっていたわけだからね。
言っていることは間違いなく正しい。
「だが、それが分かったところでどうする? 今の殿下はこの暗黒騎士ジョウキューの牽制から抜け出せず、指一本すら動かせずに冷や汗を流し続けるしかない状況だ。このままではかな~り、まずいのではないかねぇ? ううん? どうした、何か言ってみたまえ」
ニヤニヤ。
「ぐぉぉお!! あの邪悪な人間を彷彿とさせる、その態度……! イライラする、ああっ、イライラするぞ貴様! もういい、たとえ貴様がどれだけ巧みに魔力を操ろうとも、何も考えずに、貴様のいる範囲だけを全て吹き飛ばしてしまえば跡形も残るまい。この我を怒らせたことを後悔して逝け!」
おっと、そう来たか。
う~ん、まあ、一つの正解ではあるかな。
確かに「ああやったら、こうでよう」とか、「こうしたら、ああなるだろう」とかいう読み合いで勝てないのならば、失敗した時のリスクなど考えず力でゴリ押せば、とりあえずこの威圧合戦からは抜け出せるだろう。
この短期間で考えたにしては、とてもいい判断だ。
褒めてあげようじゃないか。
「うむ、素晴らしい! エクセレントだ殿下よ! よくぞ無数にある答えの中の一つに辿り着いた。褒めてあげよう。だが、少しばかりその判断を行うのが遅かったようだな?」
「……なに!?」
ハーデスちゃん。
君は気付いていないのだろうが、もうそのパワーアップは時間切れなんだよね。
ほら、証拠に徐々にではあるが、豊満だった胸がしぼんで小さくなってきている。
髪の毛だって元の短いウルフヘアーに近づいて行っているし、立派な翼も角も、徐々に消えかかっているよ?
愛と怒りによって目覚めた一時的な超変身タイムは、もう終わりみたいだね?
残念だよ。
「な、な、なぁっ!? わ、我の……、お、俺様の力が急激に小さくなっていく! おいてめぇ! いったい俺様の身体になにしやがった!? いくらクソオヤジが隠していた切り札とはいえ、嫁入り前の清い身体に変なことしたら、マジでぶっ殺すぞ!?」
おっと、もう完全に人格まで戻ってきちゃったようだ。
というか、嫁入り前の自覚はあったんだねハーデスちゃん。
おじさん、ウブな君がまともな感性を持っていて、涙が出るほどに嬉しいよ。
しくしく……。
「いいや、俺は何もしてないさ。それは本来であれば徐々に完成していくはずの力が、一度に押し寄せたことによる反動みたいなものだからな。将来の殿下は先ほどと同じか、いずれそれ以上の力を手にするのだろうが、今はまだその時ではなかった、……というだけの話に過ぎん。まあ、諦めるんだな」
というわけだ、すまんなハーデスちゃん。
この勝負、俺の勝ちだ。
まあ、最後の最後で正解の一つに気付いたことに関しては、さすがアルスの嫁候補だと認めてやらんこともない。
とりあえず君は合格だ、お疲れさん。
「なんだとぉ!? ならもう一度だ、もう一度覚醒してお前をボコボコにして……」
「……それは無理な相談だな。ほれ」
「うにゃぁ!?」
性懲りもなく再び暴れ出しそうになったので、とりあえず魔力の鎖を体中にまきつけ、動きを封じる。
今の君では、そこから力づくで抜け出す事は百年あってもできまい。
大人しくしているんだね。
というかそもそも、もう一度覚醒とか無理だから。
あれはハーデスちゃんの激情と、魔王の系譜とかいう血の影響がうまくかみ合って起きた奇跡みたいなものだからね。
そんなほいほい覚醒できたら苦労しない。
「さて、こっちのほうは片付いたから、あとは向こうで起きている戦闘を高みの見物といこうじゃないか。なに、心配するな殿下。あの子供達には内緒だが、今日のところは命までは取らん。なにせ彼らは殿下のお気に入りなのだろう? 安心したまえ」
「ぐっ! くっそぉ! この俺様がこんな邪悪な野郎に負けるなんて、み、認めねぇ……!」
なんか負けたのにも関わらず、めちゃめちゃ元気だね、君。
というか俺の話をまったく聞いてないね。
まあ、いいんだけどね?
若い娘に上から説教するおじさんなんて、ウザイもんね?
うんうん、分かるよ。
あっ、目からちょっとだけ汗が……。
しょっぱい……。
次回
試練の終わりと、勇者の輝き
お楽しみに。




