【060】覚醒
本日二話目の投稿になります。
読む順番にお気を付けください。
上級魔族であるヴァンパイアからの死の光線を受け、ダンジョンの奥地にて窮地に陥るハーデス。
ほんの一瞬のことであったため誰もが動けず、そのまま心臓を貫かれるかと思われた、その瞬間。
たった一人だけ、この場で躊躇いなく動いた者がいた。
「え……、あ……、お、お前、なんで……」
「がはっ……! ま、間に合った……。今度こそ、俺は動いたぞ……!」
鮮血が舞うが、しかしその血は攻撃を向けられたはずのハーデスからではなく、彼女をかばった青年、剣聖エインの身体から溢れ出たものであった。
彼は上級ヴァンパイアが指を動かした瞬間に嫌な予感を感じ、とっさに自らがハーデスの前に割って入って、突き飛ばしたのである。
そのおかげでハーデスは無傷で守られたが、代わりにエインが攻撃を防いだ右腕を吹き飛ばされるという重傷を負った。
もちろん、平時であれば聖女に癒してもらえるはずの傷だろう。
しかし今は上級魔族の出現という絶望的な状況であり、戦闘不能になった者の回復に時間をさけるとは思えない。
彼はもう、ここで命をなげうつ覚悟を決めていたのだ。
「エイン!!」
「……来るなアルス!! お前はこの場で最後に残った、唯一の前衛だ! 少しでも長く後衛のための時間を稼げ! なに、心配するなアルス。こんな状態の俺でも、まだ肉壁としてなら機能する。彼女たちの命は、絶対に守って見せるから安心しろ」
片腕を失い満足に戦える状態ではなくなりつつも、そう言って不敵に笑う剣聖エイン。
いったいなにが、どんな想いが、彼をここまで駆り立てたのだろうか。
その答えはひとえに、あの時誰よりも大切だった聖女を見殺しにするしかなかった自分に絶望し、後悔した過去の自分を乗り越え、今度こそ誰かを守るための一歩を踏み出せたことが、なによりも誇らしかったからである。
そう。
彼はたとえ自らの命がここまでのものだったとしても、この結果に誰よりも満足していたのだ。
そしてそれは、彼の第一の親友であるアルスには痛いほど理解できていた。
「分かったよ、エイン。あとは僕たちに任せて」
「フッ。ああ、任せるさ」
そう言ってアルスは奥の手であるスーパーデビルバットアサルトに、追加でデビルモード・オルタナティブを発動させ上級ヴァンパイアに迫る。
実力で言えば一対一では圧倒的に不利な状況。
光の翼を出現させれば、相手はコウモリの翼を生やし対抗し、身体強化の奥儀はそもそも相手の方が上手く扱える。
そんな状況でもなおアルスは少しも諦めていなかった。
そしてそんな姿を見て決意を固める者が、また一人生まれる。
「なにぼさっとしているのよまな板! あんたの大好きなアルス様があんなに頑張っているのよ!? いまここで全力を出さないでどうするの! シャキっとしなさい! ホーリー・ギガ・ランス!」
本当であればエインを回復させたいという気持ちが誰よりも強いはずが、それを抑え、目の前の魔族の殲滅に注力する聖女の姿がここにはあった。
彼女も分かっているのである。
ここで長時間エインの治療に時間を割いてしまえば、今のアルスの頑張りが全て無に帰すということを。
今の自分たちにはもう後がなく、このまま魔族を殲滅できなければその先に待つのは、死、だけであると。
「お、俺様は……」
「ああもう! いいわ、もうあんたなんかに頼らないから、まな板はそこでヘタレてなさい! 今はあんたに構っている時間が惜しいわ! ホーリー・ギガ・ランス! ホーリー・ギガ・ランス! ホーリー・ギガ・ランス!」
自分が原因で仲間が死の窮地に陥ったことで茫然自失になるハーデスを余所に、聖女は必死に上級魔族を追い詰める。
しかし聖女が放つ光の巨槍は全て、同じく敵が発した闇の巨槍に阻まれ、少したりとも攻撃が通る気配はない。
二対一でこの状況。
もはや実力差は歴然であった。
こうしている間にも戦況は続き、刻一刻と状況は敗北に傾いていく。
魔族が片腕を振るえば闇の刃がアルスを切り刻み、聖女が光の巨槍を放つごとに魔力は徐々に削られていった。
いわゆる、絶体絶命というやつである。
そして、ついに……。
「ぐぁああ!!?」
「ふむ。人間にしては妙にやるようではあるが、しょせんはまだ幼体であるがゆえ、こんなものか。まあ、長く持ったほうだと褒めてあげようじゃないかぁ。君が成体の人間だったらと思うと、怖くて昼も眠れないところだったねぇ。いやはや、ここで殺せておいてよかった」
ついに魔族の攻撃がアルスに直撃し、その腕から生やされた血の剣が彼の肩を大きく抉った。
致命的な傷を負ったアルスは空中から墜落し、床に叩きつけられる。
まだ意識はあるようだが、これではもう、この場ではまともに戦えないであろう。
「アルス様!?」
「アルス!? くそっ、俺の腕さえ動いていれば……!」
決定的なアルスの敗北により聖女イーシャと剣聖エインの表情が歪むが、だからといってどうすることもできない。
今ここで無事なのは、ショックのあまり呆けているハーデスのみだったのだから。
「ア、アルス……? なんで、アルスがあんなボロボロに……? え、俺様は、なにをやって……。いや、そうか、俺様はただ見ていて、それで……」
「ふぅむ。手こずらせてくれたようではあるが、これでトドメ、であるな。おっと、その前にそこで呆けている殿下を殺さなくてはな。こうしている間に意識を取り戻し、転移で逃げられたらたまらん」
「くっ……。ハーデス、に、逃げるんだ……」
「ア、アルス……、あ、ああ、あああ……」
最後にアルスにトドメを刺そうとした上級魔族ではあるが、それよりも先にハーデスが転移魔法を使えることを思い出し、攻撃目標を変更する。
どうやらハーデスさえ殺せばもう脅威になる者はいないと判断し、アルスを生け捕る方向にシフトしたようだ。
それに気付いたアルスが残った力を振り絞り警告を出すが、時すでに遅し。
万が一の保険として、一応倒した少年がこれ以上悪あがきできないよう足で胸を踏みつけながらも、再び指を向け死の光線を放とうとした、その時。
────────世界が、揺れた。
「あ、ああ、ああああああ、ああああああああああああああ!!!!」
「むっ!? な、なんであるか!? この魔力の唸りは、いったい……!?」
突如として異空間に異常をきたすほどの魔力がハーデスから膨れ上がり、その膨大なエネルギーが上級魔族であるヴァンパイアに叩きつけられ、全身を痺れさせる。
身動きが出来ないほどの圧力に晒された彼は既にトドメの攻撃どころではなくなり、防御態勢を取るので精一杯だった。
「初めてだったんだ……! 俺様に大事な友達が出来るのも! 友達と一緒に、あんなに幸せなメシを食べるのも! そして、こんなに沢山の思い出を仲間たちと作れるのも! 俺様にとっては、生まれて初めてだった……!」
地面からは真紅の魔力がマグマのように噴き上がり、天井を突き破って空間をさらに歪ませていく。
もはや天災のようなこの勢いを、ヴァンパイアごときが止めることなどできるはずもなく、ただ圧倒的な圧力に耐えることしかできない。
「ああそうだ、初めてだったんだ! いつも喧嘩しかしないそこの馬鹿女も、勝手に庇いやがった馬鹿男も、こんな無様な俺様を、最後まで大事に思ってくれている大切な人達に出会うのも……! なにより、そんなやつらを最後まで守ろうとした、勇気ある人間に出会い────」
────心の底から、愛してしまうのも!
そう魂の奥底から湧き出るような叫びを放つと同時に、今まで噴き上がり続けていた真紅の暴威がハーデスの下に集い、凝縮されていく。
凝縮。
凝縮。
凝縮。
そして、進化。
高密度な力が一点に集中し続けたことで、ついに肉体が原型を留められずに変化を起こす。
短めのウルフヘアーだった真紅の髪は背中まで伸びる長髪に変化し、少年のように小さかった身体は、豊満な胸と蠱惑的な肢体を持つ大人の女性へと変化した。
そう、これこそが一族の血に流れる、魔王の系譜が秘めていた力そのもの。
完全体への進化だった。
「お、おまえ、は……!!」
「待たせたな、魔界の裏切り者。もはや貴様を許すことはできぬ。この時を以て、この我が貴様に審判を下す」
そう語るのは、もはやあの未成熟な王太子などではない。
そこに存在しているのは、額から真紅の角が生え、背中からは同じ色の荘厳な翼が羽ばたく圧倒的な力の化身。
一族において誰よりも強い愛情を持つが故に、誰よりも力強い進化を遂げた歴代最強の魔王。
魔王ハーデス・ルシルフェルであった。
「ま、魔王陛下、なのか……!? ま、まってください、話を……!」
「聞かぬ。……死ね」
────ギャァアアアア!!!
魔王ハーデスが視線を動かすだけで、圧力に耐えきれなかった復活しかけの上級魔族が、再び塵へと還る。
あまりにも圧倒的な実力差の前に、抵抗することすらも許されなかったのだ。
「ふん。このような痴れ者が我の愛しいアルスを足蹴りにするなど、もってのほかだ。一瞬で殺してやっただけでもありがたく思え。それと……」
魔王ハーデスはおもむろに倒れている子供達の方へと近づくと、魔力切れと深刻なダメージで意識が朦朧としているアルスに軽い口づけを交わした。
「はむ?」
「んっ……。よし、これでアルスの魔力は大分回復したはずだ。血は戻らないだろうが、これなら自力での回復にも少しは目途が経つだろう。我の愛した男は優秀だからな、きっとそこでヘバっているチビに魔力を譲渡するよりも、回復速度に関してはずっと効率的なはずだ」
そのあまりにも自然に行われた出来事に少々呆然とするも、次第にアルスの顔は少しずつ赤くなっていき、それを見た聖女が逆に顔を真っ青にした。
どうやらこの大人の女性といった風格をもつ魔王ハーデスは、アルスの好みド真ん中、理想のストライクゾーンだったようである。
「ふわぁ……」
「ア、アアアアア、アアアアアルス様ァ!? ちょ、ちょちょちょっと! 正気に! 正気に戻ってください! 私が、アルス様の第一のファンであるイーシャがここにいますよー! おーーーい!」
ときめいてしまったアルスに対し、聖女は焦りから顔面を崩壊させながらも、憧れの人の正気を取り戻そうと必死に声をかける。
しかし魔王の口づけを受けたアルスの心は既に目の前の大人の女性に注がれており、その声は悲しいことに完全に無視された。
なにせ彼女はアルスにとってようやく現れた、今まで見た事ないくらい、美しくて、気高くて、賢いおねえさんなのだから。
あくまでも、本人視点ではあるが。
「クククク……。そう焦るなチビ、諦めろ。お前と我では勝負になっておらん。ほれ、チビはこれでもしゃぶっておれ」
「もがぁ!?」
そう言って魔王ハーデスは自らの魔力をビー玉のような球体へと変化させると、その人間の身体に拒否反応のない純粋な魔力エネルギーを聖女の口にねじ込んだ。
これには文句を言っていた聖女も何かを言う事はできず、キリリと睨みつけながらも魔力球をしゃぶるしかない。
ただし、腕を組み豊満な胸をこれでもかと強調する、勝ち誇った余裕の笑みさえ見なければ、だが。
この時点で聖女、目から血の涙を流しそうな勢いである。
「そしてあとは……、おい、そこに隠れているやつら、出てこい。うまく隠れているようだが、すでにこの空間はたったいま塵になった者に代わって我が掌握した。逃げ隠れなどできぬぞ」
あらゆる意味で、あまりにも実力がかけ離れた魔王に周りが呆然とする中、何かを感知していた魔王ハーデスがそう呟いた。
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