【059】舞う鮮血
先日、唐突に投稿しましたので、読む順番にお気をつけください。
本日一話目になります。
次の投稿は、朝7時です。
「んん~? 共食いしているのはグレーター・ゾンビか。それに、あそこで灰になっているのは恐らく上級ヴァンパイアの……。ちっ、そういうことかよ。あいつら、このダンジョンの支配者であった上級魔族が滅ぼされたのをいいことに、次のトップを決める為の身内争いに興じてやがる。これだから知能の低いタイプの魔族はよお……」
中級魔族の共食いを見て、即座に判断を下したハーデスが語る。
なるほど、あれはグレーター・ゾンビっていう中級魔族なんだね。
僕も初めて見たけど、一匹一匹がガイウスよりも大きい肉体を持っているようだ。
あんなのに正面から殴られたら、普通の人間なんて果汁の詰まった果物のように破裂しちゃうよ……。
動きは少し緩慢ではあるけども、それだって僕ら基準で考えた場合であって、普通の冒険者や兵士よりはずっと素早い。
耐久力だって恐ろしいくらいあるだろうし、厄介な化け物だ。
そしてなにより、共食いをしているという情報からとても嫌な予感がするんだ。
こういった時に発する僕の勘は、いままで外れたことがない。
「でも、それってまずいんじゃないハーデス?」
「ああ、そうだ。かなりまずい。これはいわゆる、蠱毒法とかいうやつだな。このままだとあいつらの中から、とんでもねぇバケモノが生まれるぞ。最低でも中級魔族最上位、いや、下手したら上級魔族にまで達するかもしれねぇ。ぐだぐだ言ってる暇はねえな、やるなら今だ」
やっぱりか。
そんな予感はしていたけど、今は空気を読まない僕の勘を恨めしく思うよ。
こんな時くらい外れてくれたっていいのに。
「そうですか。ならば前衛は俺とアルスで引き受けましょう。今は相手をどう攻略するか考えるよりも、時間の限りやつらを叩いた方が得策。お嬢様とハーデスさんは後ろで援護に回っていてください。頼みましたよ」
「ええ! このまな板と協力するのは癪だけど、状況は分かっているつもりよ。あんなゾンビ共、全力であの世に送り返してあげるわ」
ハーデスの意見からすぐに状況を察したエインが作戦を練る。
イーシャちゃんの護衛を務める教国所属の近衛騎士として、普段から他者との集団行動に慣れている彼らしい働きかけだ。
うん、その作戦ならうまくやれそうだね。
でも、もう少し手を加えるなら……。
「待って。前衛が全て前にでるよりも、エインはイーシャちゃんの傍で付きっ切りで護衛をしてくれない? この中で近接戦がからっきしなのは彼女だけだ。もし数の力で僕とエインが抜かれたらシャレにならないよ」
「アルス……。分かった、恩に着る」
「いいって。だって、仲間だからね! ハァッ!」
そういって作戦に小さな修正を加えると同時に走り出す。
この作戦の肝は前衛の立ち回り。
僕が最初の防波堤となり、エインが最終防衛ライン。
二人でどれだけ後衛の盾になれるかで殲滅速度が変わる。
敵を倒すことそのものは、恐ろしい火力を持つハーデスの魔法と、魔族や不死者に特効を持つイーシャちゃんの神聖魔法があるから、無理をする必要はない。
僕はただ、彼らに敵が到達しないよう常に動き回ればいいだけだ。
だからこそここは持久戦になることを読んで、奥の手である究極戦士覚醒奥儀スーパーデビルバットアサルトは温存しておく。
「いいぞアルス! その調子だ! さすが俺様の見込んだ男だぜ。せ、世界一イカしてやがる! カッコいい……!」
「ちょっと! アルス様の勇姿を見て、だらしない顔で興奮してんじゃないわよまな板! 手を動かしなさい! 上級神聖魔法ホーリー・ギガ・ランス!」
「ちっ、んなこと分かってんだよ! 俺様に指図するな! それにお前もまな板だろーが! デス・シャワー!」
僕が地味な牽制で相手を押しとどめている間に、背後からイーシャちゃんが全力で放った光の巨槍と、ハーデスが指を鳴らすだけの一瞬の動作で行使した闇の雨が降り注ぐ。
光の巨槍に貫かれたグレーター・ゾンビは、相性のせいもあってか一瞬で塵になり、闇の雨を浴びれば今度は魔法の接触面から石像と化していく。
二人の魔法は、この耐久力に優れた相手にとって、本当にとんでもなく効果的であった。
「くっ! エイン、そっちに一匹行った! 対処して!」
「任せろアルス! 剣聖流第二歩目の型、────死線!」
いつ敵が来てもいいように力を溜め、必殺の構えを準備していたエインがひとたび剣を振るうと、その剣筋にそって魔族が真っ二つに割れた。
いや、それもただ切り裂いたというだけじゃない、あれは……。
「フン。いくら生命力の高い中級魔族といえども、力の源泉となる魔力の流れを断たれたらどうしようもあるまい。勝負ありだな」
そうだ、あれは相手が持つ魔力の流れを見切り、その流れそのものを両断する剣技だ。
生命力の高い化け物や直接攻撃が効きにくい不定形の魔物を倒すために、大昔の剣聖っていう英雄が編み出した剣技らしいけど、やっぱりとんでもない攻撃力だね……。
僕も模擬戦の時に、木刀で一回直撃を受けたことがあったけど、あの時は何をされたのか分からないまま負けたっけ。
その場に父さんが居なかったら、ただの打撲が回復魔法をかけ続けても全治一ヶ月とかいう怪我になっていたらしい。
うん、さすが僕の親友だ。
頼りになるよ。
そうしてしばらくの間、本来一匹でも出現すれば中規模の街が滅びるレベルである中級魔族の群れを四人で殲滅していき、しばらく経った頃……。
あともう少しで殲滅が終わるということろで、異変が起きた。
「な、なんだ? 周囲の魔力の流れがおかしいぞ、アルス!」
「分かってる! でも、これはいったい……?」
既に周囲は血の海であり、グレーター・ゾンビの死体がいたるところに散乱している。
これだけ場が埋まってしまうと、異変が起きていてもなにが原因なのかすぐに検討がつかない。
いったい、なにが……。
そうして不安を抱えつつも手を休めるわけにはいかず、最後のグレーター・ゾンビを殲滅した瞬間、そいつは現れた。
「グ、ググググ……。ふ、ふっかぁーーーつ!」
そこに現れたのは、血のように真っ赤なタキシードを身に纏う、くすんだ金髪を持った瘦せ型の男。
目は充血しており、口元からは人よりも長く鋭い犬歯が見え隠れする、絶大な魔力を持った不死の生き物。
そう、そいつはどこからどうみても、先ほどまで塵と化していたはずの、上級ヴァンパイアそのものであった。
「うう~ん、ミラクル。ありがとう子供達よ。君達が部下の血肉を私に捧げてくれたことで、こうしてギリギリで復活することができたよ。いや、焦ったね。この祠で人間共を捕食していたら、急に三魔将とかいう謎の魔族が襲い掛かって来るんだもの。不覚にも私、そいつらのあまりの強さに何もできず、滅ぼされてしまっていたんだよ」
三魔将だと……?
いや、今はそれどころではない。
こいつ、余裕ぶっているだけあって本当に強い……!
復活したばかりだというのに、今放たれている魔力だけでも既にハーデスを超えている。
これ以上こいつに回復する時間を与えたら、全員殺されるかもしれない!
「うんうん。本当に怖かったとも。もう二度と三魔将とかいう謎の魔族とは関わり合いになりたくないね。だって、絶対に勝てない気がするし。あれトラウマものだよ? ……まあ、それよりも、だ」
「まずい!! 避けろ、ハーデスゥウウ!!」
「え……?」
────そこの王太子様には、今すぐにご退場願わねばならんな。
そう呟いた魔族の指先から、血のように赤い光線が、ハーデスの心臓めがけて放たれた。
「うん。陛下に無断で活動していたことがバレたら大変だからね。ずっと、殿下には死んで頂こうと思っていたんだよ。目障りだったからね」
瞬間。
ダンジョンの奥で、赤い血が舞った。
次回、覚醒。




