【057】その日の朝にて
「む……、もう朝か。ちょっと徹夜で作業し過ぎたな」
エルザママと向かい合って寝ていた──フリをしていたが、ずっと起きてミニカキューを通じて色々やっていた──ベッドから抜け出し、伸びをする。
うん、今日もエルザの寝顔は可愛いね。
起きている時は暗殺者として一切の隙もないけれど、こうして俺が傍で寄り添っている間だけは、完全に安心しきった顔で寝るんだよなぁ……。
それに、たまに寝ている時に手を握って甘えてくるのもポイントだ。
このギャップに、不覚にも下級悪魔はかなりやられている。
おっと、話を戻そう。
なに、徹夜といっても大したことではない。
少しばかり子供達の様子が気になったのと、祠ダンジョンにいる中級魔族の動向が気になったので、ミニカキューを通じて監視していたというだけだからね。
そうそう、子供達といえば昨日の夜はそれぞれの想いの交差が凄かった。
ハーデスは女性体へ変化することへの不安を一先ず乗り切ったし、聖女ちゃんとエイン君に関してはもう、どこの英雄譚の一幕だよと思わずにはいられなかったくらいだ。
「そしてなにより、アルスのやつの成長も見れたことだしな……」
何を隠そう、実はこの四人の子供達の中でもっとも成長を感じられたのは、あの天真爛漫なアルスの内面だった。
俺としても、まさかあいつがここまで深く物事を俯瞰でき、友達を思いやりつつ、その距離感を自らの意志でコントロールできる人間に成長しているとは思わなかったのである。
子供の成長は早いというが、まさかここまでとはね……。
普段のニコニコと笑顔を振りまくアルスからは考えられないような、そんな一幕だったな。
きっと今もアルスは、俺たちの知らないところ、見えないところで成長を続けているのだろう。
その成長はきっといつか俺の予想を大きく超えていき、そして────。
「ん、んぅ……。旦那様、お目覚めですか? 申し訳ありません、大事な日に私の方が寝過ごしてしまうなんて……」
「おはようエルザ。時間なら大丈夫だぞ、今日は俺が少し早めに起きてしまっただけだからな」
────おっと、感情的になったことで少しだけ魔力が乱れてたか。
どうやら俺の気配を強く感知したエルザが目を覚ましてしまったようである。
ちなみに今エルザが大事な日といったのは、ついに今日から子供達のダンジョンアタックへの遠征が開始されるからだ。
今回はかなり少人数での行動になるので、現地までは馬車で一日半といったところだろうか。
遠征のメンバーは大人組である俺たち三人に、子供組四人、そして祠までの道中を護衛する若干の護衛騎士だ。
ここまで騎士を減らせたのは辺境伯の手腕のたまもので、ダンジョンアタックに関しては子供達だけで行う手筈になっている。
そうして、それから少しばかり、朝早過ぎる時間に起きてしまったことで余った時間を夫婦のイチャイチャに費やしながら、エルザの頭を撫でたり髪を梳いたり、目が潤んできたエルザからキスの雨を降らされたりしながらも、ゴソゴソと起きてきたアルスの動きを隣の部屋から感知した。
お、どうやらこっちに向かってくるようだな。
たぶん朝の挨拶だろう。
「父さん、母様、おはようございます! 今日からの遠征、宜しくお願いします!」
うむ、今日も我が息子様が元気でなによりだ。
その輝く笑顔を見れたことで、一日の始まりを感じられるよ。
「ああ、おはようアルス。それにしても昨日はよく頑張ったな、偉いぞ。父さんもお前を誇らしく思っている」
「えへへ……。そうですか? でも、まだまだ僕の回復魔法なんて未熟です。僕もいつか、父さんみたいな魔法が使いたいなぁ……」
違うぞアルス。
俺が褒めているのは回復魔法の実力なんかではない。
お前の持つ、もっと大切なものを認め、褒めているんだ。
皆への優しさを決して忘れず、弱っていた友達の心を守るために力を尽くそうとし、仲間達と歩むこの先の将来すらも導き守り抜こうとしたお前の、「勇気の心」を誇らしく思っているんだよ。
「まあ、その件に関してはおいおい、だな」
「はい! 何事も、千里の道も一歩から、ですよね! 父さんがいつも言っていることは、ちゃんと覚えています!」
お、おう……。
俺、そんなこと言ったっけ?
いや、確かに言ったな……。
地球産のことわざをやたらめったらと教えてしまっているので忘れがちだが、確かに去年の暮れ頃に言った記憶があるわ。
うん、記憶力いいね、我が息子様。
どれだけ俺の言葉を大事にしてるんだ、ちょっとお父さん責任重大すぎて余計なこと言えなくなっちゃうぞ。
い、いや、尊敬してくれている分にはとても嬉しいことなんだけどね?
「は、ははは! そ、そうか、それが分かっているならいいんだ。さて、それではさっそく準備して遠征に向かうとしようか」
「はいっ! それじゃあ、次はハーデスを起こしてきます!」
そう言って走って行ったアルスの背中を見ながら、そろそろ始まるであろう子供達最大の試練に向けて、俺もガイウスのやつを起こしに行くのであった。
「少しだけお待ちください、旦那様」
「ん? なんだ、エルザ」
引き留めるエルザの表情からは、俺を信頼しつつも、少しだけ不安な表情が見え隠れしている。
デビルアイ的にも情報は一致しているので、たぶんこれは、今日からの試練についての不安かな?
彼女が不安に想う事など、これくらいしか思い当たらないしな。
「ガイウスも同じ気持ちでしょうが、今回の最終試練において、おそらく私たち二人の力では手加減が一切できなくなるでしょう。それゆえ、もしもやり過ぎてしまったらと少しだけ不安を感じております。ですからその時は……、旦那様が私とガイウスを止めて下さいませ」
なるほど、そういうことか。
確かに、既に子供達の実力はエルザやガイウスといった、人間にしては最高峰ともいえる達人達と互角のラインにまで届いてしまっている。
だからこそ手加減しての試練など不可能であると判断し、俺にストッパーとしての役目を求めているのだろう。
まあ、納得だ。
「その件なら心配するな。たとえ身体が半分消えかかるくらいの重傷であっても、いざとなれば俺が全力で復活させてやる。もちろん、こちらがそれくらいの被害を受けたら試練は合格とし、すぐに撤退するけどな。しかし、エルザが不安を感じているようなことには決してならないから、大丈夫だ。安心しろ」
一息に語ると安心したのか、エルザはふぅ、と緊張を解くような息を吐いて微笑む。
うむ、下級悪魔の下準備に手抜かりはない。
たとえ俺の予想を超える事態になろうとも、試練の安全にだけは全力を尽くす所存だからね。
まあ、大船に乗ったつもりでいてくれたまえ。
そんなことを思いながらも、俺たちはついにこの辺境伯領からの真の依頼である、ダンジョンアタックへと踏み出すのであった。




