【055】悶々とするハーデスの悩み
そして、突然の投稿(`・ω・´)
本日二話目の更新になります。
読む順番にお気を付けください。
「う……。またちょっとだけ、む、胸が、育ってるな……」
この一日でポーション配りの人として認識されつつある下級悪魔と、子供達の治療祭りが終わったその日の夜。
辺境伯本邸に用意された個人用の客室で、ほんのりと膨らみかけた小さな胸を観察し、恥ずかしそうに顔を赤らめるハーデスの姿があった。
「お、おかしいじゃねぇか、こんなの……。俺様はあのクソオヤジの跡を継ぐために、男として魔王の座に君臨するつもりだったのによ……。なんで急に女に向かって定着しはじめているんだ。魔王の系譜はオヤジみたいに強ければ、男になるんじゃなかったのか?」
自らが狙っていた成長の方向性とは真逆に向かっていることに困惑しつつも、ハーデスは虚空に向けて独り言ちるが、その呟きに答える者はこの場にはいない。
そもそもの時点で本人は勘違いしていた。
代々脈々と受け継がれる魔王の系譜を持つ者は、きっかけはどうあれ自らに相応しいと認めた人物と対を成す異性へと変化し、最終的に愛を以て心が完成することで完全体となるのだ。
そうであるのに、ハーデスはどういったわけか「魔族として強ければ男になる」と思い込んでいたのである。
「どうしよう。俺様が女になったら、アルスのやつに幻滅されちゃうかもしれない。それになんだか、女になるにつれて魔力の制御が甘くなって弱くなっていっている気がするんだよな……」
涙目になりつつも、一応完全体に近づいているということでとりあえず魔法を使ってみるが、結果は惨敗。
いままでよりも明らかに遅い魔法展開速度と、精密さに欠ける制御能力。
現在のハーデスは、女性体へと近づくことで明らかに弱体化していた。
しかしそれもそのはず、なぜなら今起きている現象の全ては、本人の魔力量が異常な速度で増加しているが故に起きた、魔王への進化の兆しであったからだ。
というのも、本来自分が認識している魔力以上のエネルギーが成長に伴って渦巻いているため、いつも通りに力を行使しようとしても加減が上手く働かないのである。
この弱体化というのは、実際のところたったそれだけの話であった。
だがそれを本人が理解していない以上、理由に気付くまでは繊細な魔力コントロールができずに弱体化しているというのは、まあ事実であろう。
「うぅ。このまま雑魚になって、将来アルスと釣りあいが取れなくなったら、やっぱり見捨てられるかもしれない……。だ……、ダメだダメだダメだ! そんなの認められない! そうだ、お、俺様はそんなことは認めないぞっ! この魔界の王太子であるハーデス様を見捨てたら、ぜったいに許さないんだからな、アルスのバカ」
備え付けの枕に顔を押し付け、ありえるはずのない未来に絶望しかけたハーデスは、やり場のない不安を誤魔化すためにバカだのアホだのと悪態をつく。
そしてひとしきりベッドの上で悶え一息つくと、唐突にあることを思いついた。
「そうだ。気は進まないが、もしかしたらあの邪悪なおっさんなら何か解決策を知っているかもしれねぇ。本当に、ほんとーーーーに気は進まんが、今度相談してみるか……」
相談して弱みを見せることでカキューが浮かべるであろう、「ほうほう。それで? 魔界の王太子サマがこの邪悪なおっさんの力を借りたいと? ほほーーーん? なるほど、なるほど~」とかいうニヤニヤ笑いを妄想して嫌そうな顔をするハーデスだが、背に腹は代えられない。
邪悪なおっさんのニヤニヤ笑いを見るのと、大好きなアルスと離れ離れになるのとでは、やっぱりアルスと離れてしまう方がずっと嫌だったからだ。
つまりこの瞬間、ハーデスはプライドを捨てたのである。
「やる! やってやるぞ! 俺様はあのおっさんの卑怯な辱めになんか負けねぇ! というか、いまよりもずっと強くなって、いつか目にもの見せてやるぜ。……ククク、そうだ、それでこそのハーデス様だ。なんだ、簡単なことじゃねぇか」
────やっぱり、最後に勝つのはこの俺様だ!
余計なプライドを捨てたことで、再び自信を取り戻したハーデスは決意し、夢想する。
あの圧倒的な魔王も、底知れない力を感じる邪悪なおっさんも超えて、最終的に頂点に立つのはこの自分であると無理やりにでも信じ込んだのだ。
というか、そう鼓舞しなければ心がポッキリと折れてしまいそうで怖かったのである。
その後、悶々と自らの身体の成長が切っ掛けで生まれた悩みと戦い勝利したハーデスは、少しだけ軽くなった心でアルスの個室へと突撃し、イチャイチャしているところを聖女イーシャに発見され、最終的にエルザの手で両成敗されることで平穏を取り戻すのであった。
◇
「ぶあっくし!」
「お? 大丈夫かご主人、風邪か?」
「いや、そういうんじゃないんだが。ちょっと俺の良く聞こえすぎる耳に、とある若者の青春の一コマが届いてしまったんでな。まあ、いわゆるくしゃみのパフォーマンスってやつだな。気にするなガイウス」
くしゃみのパフォーマンスってなんだよと、そう思うガイウスを余所に下級悪魔はニヤリと笑った。
どうやら別室で悶々としていた一人の少女の葛藤が、全てこの邪悪な男には筒抜けであったようだ。
さすが悪魔、やり方が汚い。
「ま、まあいいけどよ。それで、子供達の最終試練は結局のところ、俺たちが変装した三魔将全員ってことでいいんだな?」
「ああ、その認識で構わないよ。中級魔族までなら子供達四人の力を合わせれば殲滅できるだろうし、達成感もあるだろう。しかしそれで天狗になってしまっては、彼らのためにならないからな。最後はやっぱり、俺たち大人がいいとこ見せないと、だろう?」
「へっ、まあ、そりゃそうだな。ご主人は良い性格してるぜ、ほんとうによう」
そう雑談しながらトランプで遊ぶ大人二人は、今後の予定を最終確認しつつもゲームに興じるのであった。
過去に類を見ない、子供達の最大の試練の日は、近い。
次の更新は深夜0時です。
【056】エインの葛藤と潜む者 となっております。
お楽しみに。




