【048】とある居酒屋の片隅にて~教国編~
「では旦那様、私とガイウスは子供たちの監視ついでに、その辺で買い物をしてまいりますので。ごゆるりとお休みくださいませ」
「ほいよお~。ガイウス、エルザの護衛は頼んだぞ」
「任せてくれご主人。しかし、エルザ夫人に護衛はいらんだろう。俺はどっちかというと雑用とか荷物持ちの方だ」
そりゃそうか。
まあそもそも、いくら教国が亜人種を毛嫌いしているといっても、ダークエルフ一人にちょっかいを出すために、見るからに強そうなガイウスを相手どろうなんて思う奴はいないな。
うん、余計な心配をした。
ちなみに俺が一人で離脱する理由は、単なる息抜きだ。
実はこれはアルスの提案によるもので、「お父さんはいつも僕の修行に付き合ってくれて、お母様のこともいつだって大事にしているんだけど、休んでいるところはあんまり見ないね?」と言い出したのが原因である。
そう思い返してみれば確かにそうかもなぁといった感じなのだが、その発言を聞いたエルザは、雷に打たれたかのようにショックを受け、急にオロオロとしはじめたのだ。
いやあ、確かに俺は最近ずっと何かしらの取り組みを続けていたが、それを言ったらエルザやガイウスだって働いている。
そう思っていたのだが、しかし、二人の反応は違った。
エルザママからしてみれば俺はいつも二度寝を決行し、そして失敗する姿を見てだらしがないと思っていたはずなのに、まさか実際はずっと働き詰めだったなんて、といった心境だったようだ。
そう考えてみれば確かに、アルスの母親代わりとなって十年間、おふざけ以外でまともに休んでいるところを見た事は一度もなかったらしい。
「ま、買い被りなんだけどね。皆と暮らすのが楽しくて、つい熱が入っちまっただけだし」
だがまあ、こうして久しぶりに休みをくれるというのであれば存分に満喫しよう。
せっかくの思いやりなのだから、断るのは野暮というものである。
そうして今日一日を満喫するため、ふらふらとその辺の店を冷やかしつつも、「そういえば最近ハーデスの胸が少し膨らんだが、あれで隠しているつもりなんだろうか」とか思ったり、「アルスのやつは純粋だが、決して馬鹿ではない。ハーデスや聖女ちゃんの想いには気づいているんだろうな」とか考察しつつも、とある一軒の居酒屋に辿り着いた。
「いらっしゃいお客さん。席は空いてるよ」
「うぃ~。じゃあ、テキトーにオススメの酒と、軽食よろしく」
「はいよぉ!」
俺がここの居酒屋に目をつけたのは、別にメシが美味そうだったとか、酒が美味そうだったからとか、そういう理由ではない。
ふとこの店を視界に収めたときに、そこでくだを巻いているとある男に興味を持ったからだった。
その男は自信を喪失しているのか、巨漢であるのにも関わらずオロオロとしたみすぼらしい雰囲気をまとっているのだが、なぜかその男の周りだけ妙に空気が違う感じがしたのだ。
「なあ。となりに座るがいいかい?」
「うむ。好きにしたまえ。郷に入っては郷に従え。ここの土地を所有しているのは私ではない故、文句を言う筋合いはない」
「そうか。しかしあんた、中々面白いことを言うおっさんだなぁ」
そう赤髪をオールバックにしたサングラスの巨漢は語る。
というか、そのサングラスめちゃくちゃ似合ってるな?
まるでマフィアみたいだぞ。
そんな感じでとなりの席につき、お互いに無言で酒をチビチビやっていると、しばらくしておっさんが溜息を吐き始めた。
「ふぅ~」
「…………」
「うう~む」
「…………」
「やはり、いやしかしなあ……」
う、うざい……。
なんだこのおっさん、俺になんか悩みでも聞いて欲しいのか。
あからさまにこっちをチラチラと見て溜息してるぞ……。
そうならそうと、ハッキリ言えばいいものを。
こっちは同席させてもらっている立場なんだから、ちょっとくらい話には付き合うっての。
それに俺の方も、この明らかにおかしな空気感を持つおっさんとは語り合いたかったのも事実だ。
「どうしたおっさん。何か悩みでもあるのか? 俺でよかったら相談に乗るぜ」
「なにっ!? そ、そうか……。それは有難い。実はこうみえて二年間この居酒屋に通っているのだが、私に威圧感があるのかなんなのか、誰も声をかけてくれなかったのだ……」
「おう、そりゃあ災難だったな。まあとりあえず、なんでも言ってみな」
いや、そりゃあそうだろう。
このおっさん、めちゃくちゃどんよりとした暗いオーラ放ってるもの。
むしろこんだけのマイナスパワーを放っておいて、よく店でくだを巻いていられるなと店主に感心するくらいである。
普通、この国の居酒屋だったら、迷惑だからという理由で追い出されるぞ。
いや、違うか。
居酒屋の店主もこのしょげまくっている巨漢を放ってはおけなかったんだな。
だからちょっと普通じゃない空気感を放つ謎のおっさんとして、二年間ここに君臨していられたのだろう。
「で、悩みっていうのは?」
「うむ、それなのだが……。実は二年前にうちの子が家出をして、このカラミエラ教国に向けて飛び出していったのだ。最初は私もその家出に賛成でな、自らの力でどこまでやれるのか、やってみるがいいと思い黙って送り出したのだが……」
「ほうほう」
なんか、どっかで聞いた事ある話だが、まあそれはいい。
しかし子供の家出かぁ。
この自信なさげにみえるおっさんも、家庭では教育に苦労しているんだな。
何か悩みを抱えていると思ったが、もしやこれが原因だろうか。
俺はアルスという素晴らしい息子に恵まれたおかげで、こうして心休まるひとときを過ごせているが、もし仮に、聖女ちゃんやハーデスのようなやつが子供だったら苦労していたに違いない。
同情するぜ、おっさん。
そしておっさんの話は続く。
「当然、黙っているといっても無責任に親の役目を放棄する気はなかった。傍で見守ろうとこっそりあとを追ってきたのだが、なぜか見つからんのだよ」
「なに?」
「あの子はいまどこで何をしているのだろうか……。私はそれが心配であり、そして親として何もしてやれることのないこの不甲斐なさに、後悔しているのだ……」
見つからないとはどういうことだろうか。
おっさんは二年間もここにいるという話だったが、それで見つけられないはずがない。
本当にその子供はここにいるのだろうか。
だが、それをひっくるめても俺が言えることは一つだけである。
「何を弱気になっているんだ、おっさん。しっかりしろ!」
「む……」
「親のあんたが、自分の子供を信じてやらないでどうする?」
「な、なに……」
なに、ではない。
俺もまだ父親十年目の新米父ちゃんではあるが、これだけはハッキリと言える。
自らの足で世界へと踏みだした子供の一歩を信じない親が、いてたまるかと。
「逆に問おう。これほどまでに我が子を想うおっさんが、丹精込めて育て上げた我が子に何の期待もしていないと言うのか? いや違う、そんなはずはない。だってそうだろ。いままであんたという、正解の見えない子育ての難題に立ち向かう漢の背中を見て育った子が、ついに自分の力で世界に羽ばたいていったんだぞ! この世界への一歩こそが、あんたの苦労が報われた瞬間なんだぞ!? だったら信じてやらないで、どうする!?」
「なん、だと…………!?」
おっさんは俺の発破をかけるような激励に目を丸くし、驚きに満ちた表情で大口を開ける。
そうだおっさん、その意気だ。
たとえ息子がこの教国で見つからなかったとして、それがどうしたというのだ。
この男の背中を見て飛び出した倅の力と勇気が、たかだかその辺の環境に呑まれて潰える訳がない。
もっと自信をもて、おっさん!
そう確信した俺はニヤリと笑い、さらに問いかける。
「どうやら気づいたようだな?」
「お、おぉぉ……。わ、私は、なんという勘違いをしていたのだ……!! 全て、全てそなたの言う通りである!!!」
おう、そうだそうだ。
俺の言う通りだ。
若干酒のせいで変なテンションになりつつあるが、きっとそうだ。
「ふっ、分かったならいいんだよ。全く世話を焼かせやがって。それじゃあ、お互いに打ち解けたところで乾杯といこうじゃないか」
「うむ! やはり悩みが解決したあとの酒は美味いな! それに、そなた程の男が我が国の家臣でないのが、惜しくてしかたがない! どうだ、私に仕えてみる気はないか?」
「はははははははっ! 冗談はよせよおっさん。あんたただの飲んだくれじゃないか!」
「ふはははははは! 確かにいまの私はそうであったわ! いいとも、ではこの酒には友としての誼を結ぼうではないか!」
────乾杯!
そう居酒屋にジョッキとジョッキがぶつかり合う音が響き、唐突に出会った男二人の熱い友情が交わされたのであった。
いやぁ、変なおっさんがいたから声をかけてみたけど、思いの外面白い話が聞けたな。
それにおっさん自身もなかなか、こうして改めてみれば真面目で根性のある奴だ。
こいつとはいい酒が飲めそうである。
「くぅ~! 俺の店の前でこんな熱い話が聞けるなんて、店主冥利につきるぜ! これだから居酒屋はやめられねぇ! おっと、こうしちゃいられねぇ! 俺もその酒にまぜろや、お二方! 今日はもう店じまいじゃボケェ!」
と、なぜか男泣きしはじめた店主も混ざることになり、迎えにきたエルザが俺を強制的に連れて帰るまで、どんちゃん騒ぎが続くのであった。




