【047】通行人は語る。抵抗も虚しく、悩殺されていたと……
昨日、突然の投稿をしました。
読む順番にお気を付けください。
聖女イーシャが絶叫し、白目を剝いていた頃のカラミエラ教国にて、下級悪魔の家族一行は定期模擬戦のためにこの国を訪れていた。
というのも、内密に潜ませているミニカキューから手紙が届いたことは言えない為、辺境伯イベントのことを未だ知らない体でカキューは動いていたのである。
いま辺境伯領の応援要請を知っているのは教国の上層部と、下級悪魔本人だけであったのだ。
「それじゃ、行ってきます! 父さん、母様! ガイウスもお母様の荷物持ち、頑張ってね!」
「ええ。行ってらっしゃいアルス。でも、女には気を付けるのよ?」
「ええ? 女の子に? どうして?」
そう息子であるアルスに声をかけるのは、スレンダーな銀髪美女、ダークエルフのエルザ夫人であった。
彼女の言う女とはハニートラップのことであるが、ことこの場面においてはそう心配するのも無理はない。
なぜならば……。
「ええ、女に、です。分かっていますね? 特にそこの……」
「うっ……。な、なんだよ! お、俺様が何をしたってんだ! アルスに手出しなんてしないぞ!?」
「はて、私はあなたがどうこうとは、言っておりませんが」
「うぐっ!?」
そうエルザ夫人と応酬し合うのは、赤髪の王太子ハーデス・ルシルフェル殿下。
その視線は明らかにハーデスに向いており、どう考えてもピンポイントで放った台詞ではあったものの、アルスのこととなると正常に思考が回らないこの者に向けた牽制としては妥当なところであった。
もっともハーデス本人にそういった邪な欲望は存在していない。
ただ男女間の関係に疎く、性の知識が無い初心なハーデスは自分の気持ちがどういったものであるか、整理がついていないだけなのである。
それすらもエルザ夫人が見抜いているといえばそれまでなのだが、それを思春期の子に求めるのは酷というものだろう。
「まあよいです。ほどほどに頑張りなさい、ハーデス。こうみえて、私はあなたに期待しているのですから。その気持ちにあなた自身が気づき、本当の心でアルスに向き合うのであれば、いずれ私が淑女の教育を施してあげましょう」
「お、おお……。なんだか分からねぇけど、望むところだぜ」
言っている意味がなんだか分からないのに、問答無用で受けて立つらしい王太子。
本当に大丈夫なのだろうか。
単純にプライドが高いだけなのか、それとも本能で自分にメリットのあることだと分かっているのか、その辺りは不明である。
そうして大人組と別れたアルスらはハーデスを連れてからはじめての教国見学を実行に移す。
「え~っと、ここはね~。イーシャちゃんの我儘でエインたちとよく物色しにくる、皇都一のケーキ屋さんだねぇ~。食べてみる?」
「うおおっ!? 知ってる、知ってるぞアルス! ここが人間界で有名な、あのケーキ屋とかいうやつか! 面白れぇ。この俺様を満足させることができるか、試してやる」
「あははは! ハーデスくんは大げさだなぁ。じゃあ、イチゴショートとかいうのを頼んでみるね」
そしてまず最初に訪れたのは皇都で知らぬ者はいないとまで噂される、大型のケーキ店であった。
本来、まずは味見というレベルで物色することなど不可能な高級菓子店なのだが、有り余る下級悪魔の財力をもってすれば、その辺の駄菓子を買う気軽さである。
恐るべきはその値段を見ても全く動じることのない、アルスとハーデスの金銭感覚。
やはりこの二人、タダものではない。
ちなみにアルスは聖女イーシャ関連で常連と見做されており、子供たちだけで来店したのにも関わらず、最高峰のVIP待遇で店内に通されている。
「はい、これがショートケーキというものです!」
「ふ、ふおぉぉ……。こ、これがショートケーキ……。スケルトンの骨みたいに真っ白だぜ……」
「僕はいつも食べてるから、今日はハーデスくんが食べていいよ? はい、あ~ん」
「へ……? ちょ、ちょぉっ!? アルス!? あ~んっておまえ……!」
そして続く無自覚人たらし勇者アルスの、あ~ん攻撃。
これにはケーキの白さに感動していたハーデスも、その感動そっちのけで顔を真っ赤にさせ、動揺する。
もはや王太子の心臓はドキドキで破裂寸前だった。
しかしアルスからしてみれば、この行為は五歳になるくらいまでは母にやられていたことであり、今でもよく父であるカキューに対して、母エルザは積極的に行っているくらいだ。
交友関係が剣聖エインや聖女イーシャしか存在していなかった彼にとって、これがデートの一環であることを理解するための経験や知識は、皆無だったのである。
「はい、あ~ん」
「あわ、あ、あわ、あ、ああ~~~ん」
「どう、美味しいでしょう?」
「ふぁい……、にゃんだか、幸せの味がすりゅね……」
あ~んの意味を理解していない金髪と、自分の気持ちを理解していない赤髪の、謎のツーショットが無駄に絵になっていた。
ケーキ屋の通りを歩く人々は、その微笑ましい光景ににっこりとして、このツーショットを忘れまいと光景を脳裏に刻みながら去っていく。
通行人はこの赤髪が無駄に顔の良い中性的な見た目であるため、男女のカップルとして捉える者もいれば、少年と少年の退廃的なカップルとして捉える猛者もいた。
ちなみに、現時点ではどちらの感想もハズレだ。
……いや、気持ちの在り様と、王太子の種族的特性を考えると、ギリギリ男女のカップルだろうか?
だがまあ、誤差である。
「それじゃ、次いこっか」
「ひゃい」
この時点で王太子、ふにゃふにゃである。
そうして皇都の行きつけのお店を転々としながら、輝くようなイケメン勇者アルスは無自覚にたらし込んでいき、もともと高かったハーデスの好感度を遥かなる高みへ押し上げていくのであった。
こうしてみると、王太子が真の愛とやらに目覚め、次代の魔王へと覚醒するのはそう遠くない未来なのかもしれない。




