【046】表聖女と裏聖女
突然、更新したくなる発作。
本日二度目の更新です。
明日も更新するので許してください。
西大陸において宗教国家としての勢力を強める、カラミエラ教国の皇都にて。
聖女イーシャ・グレース・ド・カラミエラは、幼いながらも聖女としての役目を全うしていた。
彼女は毎日のようにこの皇都へと集う患者たちを癒し、その生まれつき強力な回復魔法の力で人々を救い続けていたのである。
集う、というのは教国のみならず、西大陸各地から、下手したら大陸を渡って南大陸から訪れるような者もいるくらいだ。
それだけ聖女の癒しの力は強く、まだ魔法を覚えたてであった五歳の頃とは比べ物にならないものになっていた。
故に押し寄せる人の数には際限がなく、現在も彼女は己の魔力が続く限り、限界までその力を行使しているのである。
「ふぅ……。これでもう大丈夫。もう悪くなることはないから安心してくださいね」
「あ、ありがとうございます聖女様! 本当に、本当に……!」
「いいのです。こうして神から与えられた癒しの御業を行使することで、少しでもあなたがたが救われるのであれば……」
そしてまた一人、こうして重病を患った商人の娘は救われた。
本来ならば権力者を優先的に診ることで、国家間の力関係を有利に保とうとするのが定石ではあるのだが、こと聖女の力を行使する上では彼女の父である教皇、そして彼女自身と聖騎士団長の強い反対により、優劣をつけずに先着順として対処されているのだ。
あくまで、基本的には、であるが。
「おい! 私の出番はまだか!? 私はドラグート竜王国のオーロカ子爵だぞ! どけ愚民共! 道を開けろ!」
そう、もちろんそんな教国の方針には従わず、権力を持つ自らの優位性を絶対視するような不埒な者も存在した。
いくらルールを定めようとも、こうした者は必ず出現するのである。
だがここは彼が強権を振るえる竜王国ではなく、教皇を頂点に据えた宗教国家のカラミエラ教国であり、他国だ。
たとえ子爵であろうとも、そんなアウェイな環境の中でこのような対応を取ってしまえば……。
「お帰り下さい、オーロカ子爵様。既に聖女様は今月分の診察を終えました。それにあなたの順番は再来月でしょう? まさか、ルールをお忘れになったのではあるまいな?」
「な、なにを言っておる、この若造が! 貴様、たかだか衛兵の分際で、私にそのような態度を取ってタダで済むとは……、ひぃっ!?」
順番を守らずに暴れるため、注意に入った青年に対し、尚も横暴な態度を取ろうとした子爵が悲鳴を上げた。
いや、これは別に青年が暴力を振るったわけではない。
単純に、彼から放たれる異様な殺気に中てられ、平常心を保てなくなっただけのことであった。
「ほう。ではタダで済むかどうか、やってみましょうか?」
「い、いや……! そ、そうだな、私も少し急ぎ過ぎていたようだ。は、はははは。こ、これにて失礼する!」
そう言って大した怪我もないのにも関わらず、聖女と繋がりを持つためだけに病人を装った子爵は、そそくさと退散していったのだった。
また、それを見ていた周囲の者たちは、青年の正義感溢れる行動に喝采を上げる。
人々を救う聖女と、その聖女を守護する衛兵の青年に惜しみない称賛を贈り、今日もまた教国における聖女伝説の一つが形作られたのであった。
◇
場面は移り変わり、人々を癒し続けた慈愛の聖女は診療所から気の休む自室へと移動し、備え付けられた最高級ソファーへ、淑女とは思えないガサツなダイブを決めた。
そしてその姿を衛兵の青年にガッツリ見られながらも大きくため息を吐く。
「あ~、だっる。だるすぎるわ衛兵のエイン。なんで毎回、あんなクソ貴族の相手をしなきゃならんわけ? 限界まで頑張って、最後に見るのがあのクソ貴族とかアホらし、私聖女やめるわ」
「アホらしいのはお嬢様の、その変わり身の早さです。あと俺は衛兵ではなく、お嬢様の護衛ですが、何か? さらに言うならば、貴族の相手をしているのはお嬢様ではなく、俺なんだが?」
と、衛兵の青年、もとい聖女の近衛騎士である剣聖エインは最後に若干キレつつも答える。
多くの人々を救う慈愛の聖女の真の姿を知っているエインからしてみれば、「またお嬢様のわがままが始まった」という程度のことなのだが、もし仮にこの姿を他の者が見れば、その目を疑うことだろう。
いや、同一人物とすら思われないかもしれない。
「あ~はいはい。貫禄が無さ過ぎて近衛騎士には見えないエインくん? 小言はまたにしてちょうだい。これでも私、人々を救うことに関してはちゃんと本気で取り組んでるから、疲れているのよ」
「まあ、それは認めますよ。お嬢様は常に全力で頑張っていますからね。その上っ面をこれからも維持していってください。それで、明日からの予定ですが……」
お互いに小言の応酬を続けながら会話を進め、ギッシリ詰まったスケジュールを確認していく。
十歳とはいえ、聖女としてのみならず皇女としての肩書も持つ彼女には仕事が多い。
例えば式典、例えば夜会、例えば稽古、例えば診察……、と、数えればキリがないほどだ。
そんな全てのスケジュールを愚痴りつつもこなすイーシャは、こうみえて意外と真面目であった。
「で、最後に明後日の予定です。明後日は……」
「うんうん、明後日ね、はいはい、明後日。……ん? あっ! 思い出したわ!」
「はい?」
思い出したって何をだよ。
まさかお前、ここにあるスケジュール以外に予定を入れたんじゃないだろうな。
そうエインはぶっちゃけそうになるが、ぐっとこらえる。
「何言ってるのよエイン! 明後日はアルス様が来訪される日じゃない! 国としても、個人としても友誼を結んだお父様とカキューさんが約束した定例日、模擬戦の日よ! 忘れたの!?」
「いや、知っていますが。それはお嬢様には関係のないことですよね?」
「ないわけないじゃない、バカねぇエインは? あれの半分は、私が定期的にアルス様に会うために、お父様にお願いしておいたから実現したのよ?」
やっぱり裏で動いてやがったか。
チームとして行動する以外にも、やけに模擬戦の日が多いからおかしいと思っていたんだよ。
とはいえ、いつも頑張っているお嬢様の息抜きになるならば、それでもいいか。
そう思うエインだったが、確かにそうでもしないと模擬戦の実現はしなかっただろうし、何より今の自分がここまで強くなれたのはアルスとの競い合いがあったからだと思うと、反論はできない。
それに教皇がそう決めた事であれば、スケジュールの変更も容易だろう。
彼としては悔しいが、ここは一本取られたようであった。
「ふふん。どうよ?」
「くっ、こんなことだけ妙に頭が回りやがる……」
「お黙りエイン。悔しかったら言い返してみなさい。まあ、無理でしょうけどね! オーッホッホッホ!」
手を口に当て、悪役令嬢も顔負けの高笑いで煽る聖女だが、しかし次の瞬間凍り付く事になる。
「ふっ、だが甘い。それではお言葉ですがお嬢様。そのアルスの来訪は、先日届いた手紙により白紙になりました」
「は…………?」
聖女イーシャが、一瞬にして石像と化す。
「お忘れですか? 先日、ザルーグ・ドラシェード辺境伯から正式な応援要請が届いているのです。これは教皇様も納得した上でのことなので、取り消しはできません。アルスの件は俺も残念ですが、今回は見送るしかないでしょう」
「な、な、なん……」
────なぁぁぁああんですってぇぇえ!!!?
そう絶叫した聖女イーシャはショックのあまり白目を剝き、全力を尽くした今日の疲れも相まって翌日までアホ面で失神するのであった。
次の更新は、深夜0時です。




