【044】ハーデスの実力
本日二話目です。
西大陸に聳え立つ、人間が作ったにしては妙に錬金術的な技術が随所に目立つ、魔法城にて。
俺様はその魔法城の庭で、アルスと向き合い模擬戦の準備をしていた。
なぜこんな事をやっているのか、ということに関しては色々事情があるのだが、まあ簡単に言っちまえばアルスのオヤジである邪悪なおっさんが息子の最終試験にと提案したのが切っ掛けだった。
なんでも、東大陸で訓練を積んでいたのは今までの修行の成果を確認するためのものだったようで、本来だったらもっと苦戦して乗り越えるべき試練のつもりで連れて行ったらしいのだ。
しかし蓋を開けてみればアルスは邪悪なおっさんの予想を超え、いとも簡単に想定以上の戦果をあげてしまった。
これはこれで嬉しい誤算だったようなのだが、あんまりにも上手く物事が運び過ぎてしまってばかりだと、どうにも教育的にはよろしくないんだと……。
どんなに心根が素直で純粋な者でも、いずれ増長するとかなんとか言っていたな。
そこでどうしたものかと考えていたところに、偶然にも表れたのがこの俺様、ハーデス・ルシルフェルだ。
邪悪なおっさんは閃いた。
ならば、今のアルスよりも強い俺様という超強力な試練を用意して、なにごとにも上には上がいるということを学ばせる良い切っ掛けにすればいいだろうと。
その策に乗っかるのは癪であったが、まあ言わんとしていることは分かる。
ウチの兵士にも、少し強くなっただけで増長して言う事を聞かなくなるゴミがよくいるからな。
当然、そんなゴミは全て粛清したが。
アルスとそんなゴミを一緒にする気はねぇが、少しでも俺様のアルスに余計な邪念が混ざらないようにするためだというのであれば、まあ良しとしよう。
何より、おっさんの妻であるという褐色肌の耳長の視線には非常に危険なモノを感じる。
褐色の長耳は、転移魔法に似た謎の手品で城に帰宅したおっさんから、何か耳打ちされたらしいのだが、出会って早々俺様の死角に入り込み、まるでナイフの切っ先を喉元に突きつけるようにして呟かれた言葉には、思わず失禁しそうになってしまったほどだ。
しかも、「思春期かなにかは知りませんが、生半可な覚悟で息子に手を出すのであれば、容赦はいたしません。よろしいですね?」とか言われた。
手を出すって、何をだよ……、と思わずにはいられなかったが、勘があの長耳には絶対に逆らうなと警報を鳴らしている。
俺様の勘は良く当たるので、きっとこの恐怖は錯覚などではないのだろう。
くっ、人間界にもヤバイ奴はいると思っていたが、クソオヤジ以外にここまでの恐怖を感じたのは初めてだぜ……。
おっさんの奴、よくあんなヤバイ女を妻に迎えたな……。
そこだけは尊敬する。
まあ、それはそれとして、だ。
「さあ、いつでもかかって来やがれアルス。この俺様にかすり傷一つでもつけられたら、なんでも言う事を聞いてやるぜ? まあ、そんなことは不可能だろうがな! ハーーーハッハッハァ!」
「うん。よろしくねハーデスくん。お互い精一杯の力でベストを尽くそう」
そういって俺様の唯一の親友であるアルスは、訓練用にあつらえられた模造剣を構える。
フン、構えは中々に様になってるじゃねーの。
あれなら魔界でもそれなりに通用しそうな感じがするな。
近接能力だけを見るなら、おおよそ中級魔族一匹分くらいの力量か?
いや、もうちょっと強いな。
たぶん二匹分くらいだ。
まだ十歳と聞いているが、よく鍛えられていやがる。
ま、まあ?
お、俺様のアルスがそこらへんの有象無象の人間共と一緒なわけがねぇし、当然だけどな。
「よーし、そんじゃ二人共位置についたみたいだし、模擬戦を開始するぞー。制限時間は無し、一本勝負のなんでもありだ。危なくなったら俺が止めるから、思う存分暴れろ」
「頑張りなさいアルス。相手の子の事情は旦那様から聞いておりますが、それでも胸を借りるつもりで全力で挑むのです」
「うん。分かったよ父さん、母様。今の精一杯をハーデス君にぶつける!」
そう言って元気に返事をするのは、邪悪なおっさんと凶悪な長耳から声援を受けた、笑顔のアルス。
か、可愛らしい顔しやがって。
え、えへへ……。
で、でも、そんなに可愛い顔したって無駄なんだからな!
たとえアルスが相手でも、手加減なんてしない。
実家の目がないとはいえ、仮にも魔界の王太子である俺様が負けるなんてこと、あってはならねぇんだ。
と、いうかだ……。
「ああん? おいおっさん、本気を出した俺様をおっさんが止められるっていうのか? 冗談キツいぜ」
「あーはいはい。威勢が良いのはけっこうだが、そういうのは模擬戦を終えてからにしような。まずは目の前のアルスを相手に全力を出せ」
ちっ、余裕かよ……。
この邪悪なおっさんが得体の知れないナニカであることは分かるが、どうにも掴みどころがなくてやりづれぇ。
ある意味、俺が人間界に来てから一番底知れない力を感じている存在でもある。
改めて思うが、なんでこんな邪悪と凶悪のダブルコンビから、こんなに可愛い生き物が生まれるんだ。
世の中おかしいだろ。
理不尽だ。
俺様はこのことに関してだけは、絶対に間違っていると思う。
「それじゃー、いちについてー、よーい、ドン!!!」
「究極戦士覚醒奥儀スーパーデビルバットアサルト!! ハァァッ!」
「おっと、先手必勝ってか? そうはいかないぜアルス!」
強力な身体強化を施したアルスが魔法を使わせる隙など与えないとばかりに突っ込んでくるが、そんな簡単な手にひっかかるほどこのハーデス様は甘くはねぇ。
確かに東大陸での三日間、俺様は近接戦闘を一切こなしてこなかったし、自他共に認める魔法専門のスペシャリストだ。
だが、その程度の身体強化を施すのに、今いったい、どれだけの時間をかけた?
明らかに魔法技術の練度不足だし、発動速度も遅い。
というか、人間の適性……、いや、構造の問題だろうか?
アルスの身体強化からは、俺様たち魔族が使うような魔力の流れを感じるが、あいつの肉体にあまりその身体強化が適応していないようにすら見えるんだよな。
まあ、だからといって、他に肉体の効率的な強化方法があるかといわれれば、首を傾げざるを得ないが。
「くっ!? ハーデス君! 君もスーパーデビルバットアサルトを使えるの!?」
「ああ、これ人間界ではそういう名前で呼ばれてるのか? まあ、使えるぜ。確か俺様がこいつを使えるようになったのは、え~、三歳の頃だったかな?」
「す、すごい!?」
というか、魔族なら本能だけでも当たり前にできる技術だからな。
むしろ魔王の系譜に連なる者が、物心つく五歳までに出来なかったら、落ちこぼれと呼ばれるレベルだ。
これは別に、俺様が特別覚えるのが早かったというわけじゃねぇ。
さて……。
とはいっても、やっぱりさすがに近接戦闘でアルスの攻撃をかわし続けるのは骨が折れる。
俺様は戦士じゃねぇから、身体の使い方があまり上手くねぇんだよ。
よって、お互いの距離を開くためにも、ここらでいっちょ脅してやるとする。
「んじゃぁ、聞いて驚け見て驚け。これが俺様の得意技、ダークボール・デフュージョンだぁ! クハハハハハ!」
「なっ!?」
どうだ逃げられまい。
片手一本、五本の指先から無限に放たれ続ける重力魔法の弾丸が、拡散して体にまとわりつくんだからなぁ。
戦士など、動きさえとめちまえば、こっちのもんだ!
人間にはこうした重力魔法、闇属性魔法の使い手が希少だっていうからな、経験が足りなさ過ぎて対処できなかっただろう?
「それじゃあトドメだ。いいデュエルだったぜ。……デスボール・クラッシュ!」
「うわぁぁぁぁ!?」
そして超巨大な重力の球に押しつぶされ、なすすべもなく膝をつきはじめるアルス。
まあ、これでジ・エンドだな。
この三日間で、アルスのやつは戦士に、魔法使いに、暗殺術に、なんらかの特殊技術と、やたらめったらと様々な技術を達人級にまで鍛え上げられているのが分かっているが、だからこそこうした純粋で高密度な暴力に弱い。
バランスが良いということは、決定的な隙がないということ。
手札が多く対応力があるということ。
しかしその反対に、俺様のように一つの技術を極限まで高めなかった結果、格上を相手にしたときに突破口がないということでもあった。
基本的に格上を倒すためには、一つだけでもいいから、その相手の不意を突けるだけの強力な起死回生の手札が必要だ。
それでも絶対に勝てるとは言えないし、むしろ勝率は低いのだが、今のアルスにはその僅かな勝率すらも俺様に対して存在していない。
この問題点こそが、おそらくあの邪悪なおっさんが気にしていた懸念点の一つなのだろう。
「この勝負、そこまで! 勝者は、え~と、まあ、どうみてもハーデスだな。二人ともお疲れさん」
そしてしばらく動きを封じ込めた後、おっさんの判定が下され、この模擬戦は俺様の勝利という形で幕を閉じたのであった。
「す、すごいねハーデスくん! 僕やエインより全然強いや!」
「お、おう……。そうか? え、えへへへ……」
しかも殊勝なことに、模擬戦で敗れたアルスが近寄り、し、至近距離で手を握ってきやがった。
きっと今の模擬戦で良いところを見せた俺様に憧れちまったのだろう。
と、というかちょっと、近い近い近い!
そんなに顔近づけちゃダメだって!?
「う、イ、イケメン……」
「ん? どうしたの?」
「な、なんでもないじょ!?」
もうダメだ、こいつの顔を見るだけで、なんだか頭がうまく回らねぇ。
いったいどうしちまったんだ、俺様は……。
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