【042】ワールドクラスの方向音痴
本日2話目の更新です。
読む順番にお気を付けください。
なぜかデコピンで仲良くなったらしい子供たち二人を後目に、この大食い魔王子のせいでまだ夕食を食べていないアルスのため、携帯食を亜空間から取り出す。
大量のシチューを作るために調味料は使い切ってしまったが、当然万が一の時に備えて携帯食などは用意している。
まあ、その気になれば一度拠点に戻り食料を補充すればよいのだが、この魔王子の扱いをどうするか決めかねているところがあるので、安易に俺だけ転移で移動するわけにもいかなかったのだ。
まずはなぜこんなところに魔王子ハーデスが家出しているのかということを、問いたださなければならない。
「それで、ハーデスとかいったか。お前はなぜこんな人の居ない東大陸で行き倒れていたんだ? 家出とかなんとか言っていたが、それにしたって目的もなくこんな大自然のど真ん中でサバイバルなんてしないだろう?」
「うぐっ」
俺が差し出した携帯食をもしゃもしゃと食べるアルスの横で、まだじゃれ合っていたそうにしていたハーデスが言葉を詰まらせる。
んん~?
おかしいぞぉ?
なんでそこで焦りの感情が生まれるんだろうか。
デビルアイにはっきりくっきりと映る焦りと動揺、そして羞恥心のような心の揺れが、こいつが何かを隠していることを告げていた。
どうやらもう少し踏み込んでみる必要があるようだ。
悪魔の囁きこと、必殺の耳打ちをくらえっ!
「ほれ、しゃべってしまえば楽になるぞハーデス。いいのか? このまま黙っていたら、せっかく友達になってくれるかもしれないアルスを失望させてしまうかもしれんぞ?」
「なっ!? なに……!」
「言わんのか? ほれ、言わんのかハーデス? そういう態度は友達への裏切りじゃないのか? おおん?」
「そ、そうなのか!? し、しかし……!」
おうおう。
初めてできた大事な大事な友達を失いたくないばかりに、葛藤しているなハーデスよ。
しかしお前の心の隙間を利用し、このタイミングで最も迷いを生むだろうアルスとの関係を使って揺さぶりをかけるこの俺に、いつまで抵抗できるかな。
ちなみに、たとえここでハーデスが黙っていたとしても、心に一片の穢れも存在しないアルスが、こんなことで失望するはずがない。
俺が言っているのは、アルスの性格を知らないハーデスの無知を利用した、ただの戯言である。
しかし、お互いにまだ知り合ったばかりであるこの状況下では、そのような判断はつくまい。
ほれ、どうした魔王子様よ。
もうすぐ心の壁が決壊しそうじゃのう?
ふぉっふぉっふぉ。
「わ、分かった……! 言う! 言うから失望するんじゃないぞアルス! 俺様はお前に隠し事なんてしないからな!」
「へ? なにが? そんなことで、僕がハーデスくんに失望するわけないじゃないか、やだな~」
「え……? 何がって……。あ、あぁぁぁ~~~!? 嵌めやがったなおっさんテメェエエエエ!!!」
はい陥落~!
言質はいただきました!
ごっつぁんですハーデス殿下!
いまさらアルスが何も気にしていない事に気付いても遅いんだよなぁ!
あと俺はまだおっさんじゃない、お兄さんだ!
しかし、魔王子というからどれほどのものかと思いきや、まだまだ未熟な青二才ではないか。
しかも無駄にプライドが高いだけに、とても扱いやすい奴のようだ。
「ふっ、だとしても言葉には責任が発生する。さあ、語ってもらおうか」
「くっ……。言っていることが正論なだけに、余計に忌々しいぜ。なんで、こんな邪悪なおっさんからアルスのようなイケメンが生まれるんだ。どうなってやがる、ありえねぇ」
邪悪で悪かったな。
あと、おっさんじゃない、俺は永遠のお兄さんだ。
「仕方ねぇ。約束しちまった以上は恥を忍んで語るが、絶対に誰にも言うなよ? 絶対だぞ!」
「はいはい。ぜったいぜったい。誰にも言わんから早くゲロれ」
そうハーデスを促すと、ぐぬぬ、という唸りのあとに顔を真っ赤にして真相を語り出した。
「……迷った」
「ん? なになに? お兄さん聞こえないなぁ?」
「道に迷ったんだよ! 本当は教国に行きたかったんだよ、俺様は!!」
「……なん、だと?」
……う、うそーん。
そして羞恥心に悶えながらぽつぽつと語りだされた彼の言い分が、こちら。
まず一つ目の理由。
それは、城の家臣から聞いた噂が気になったということ。
というのも、五歳児くらいの金髪を引き連れた黒髪黒目の優男が自国であまりにも有名だったため、面白そうだから一目見ようと実家を飛び出してきたとのことらしい。
これに関しては思い当たる節がありすぎるが、こいつがいつ俺たちに気付くか見ものだったので、敢えて黙っておいた。
というか面白そうだからとかいう理由で家出すんなよ。
そしてそんな事を許すなよ、魔王。
まあ向こうさんにも色々家庭の事情があるだろうし、とやかくは言わないけども。
きっと何か狙いがあるのだろう。
そして、二つ目。
勢いで実家を飛び出したのはいいが、なかなか目的の人物が見つからず、帰るに帰れなくなってしまったこと。
元々プライドの高さ故か、その二人組が噂になっているカラミエラ教国とかいう場所に自力で向かっていたのだが、彷徨っているうちにどうしてなのかこの東大陸に辿り着き、二年もの間ずっとサバイバルする結果になってしまったらしい。
はい、この時点でこのハーデス君がどういう人物なのか、下級悪魔はだいたい分かりました。
こいつ、まごう事なき天然モノのポンコツだわ。
いやポンコツというよりは、宇宙規模の方向音痴だわ。
ポケットからボロボロになった西大陸の地図を見せてくるが、どこをどう通ったら西大陸の教国から、この海を隔てた東大陸に上陸するんでしょうかねぇ。
意味がわからなさすぎて、開いた口が塞がらない。
確かに魔法使いとしては現時点でのアルスを超えるくらいに優秀だし、欠点とすべき精神の未熟さも、それは魔族としてはまだまだ若輩者であるが故の、若さのせいであると考えればいろいろと及第点ではある。
だけど、さすがに大海原横断はない。
君はある意味大物だよハーデス。
「ハーデスのちからって、すげー」
「ハーデスくん、すごい方向音痴なんだね……」
「う、う、うるせえうるせえうるせえ! そもそも俺様は一人で城からでたことなんて一度も無かったんだ! 仕方ないだろ!?」
あまりの大物っぷりに、あのアルスですらも苦笑いである。
だが確かに、城から一度も一人で足を踏み出した事のない温室育ちの王太子サマならば、こういうこともありえるのだろう。
しかしだとすれば、これはアルスにとっていい経験になる。
幸い家出といっても、この王太子を無理に引き留めなかったことから、どうやら親である魔王公認のようであったし、ハーデス君に邪念があるようにも見受けられない。
であるならば、少しの間くらい面倒を見てやるのも一興だな。
というよりこれは、もちろん彼のためにもなるが、何よりもアルスのためにもなることであるからだ。
まだまだ我が息子様の視野は狭く、世界の広さを知らない。
付き合いがある同年代も教国のエイン君や聖女イーシャちゃんくらいだし、世界にはハーデスのような価値観を持ったやつもいて、色々な者たちがいるのだということを知るよい切っ掛けになるのではないだろうか。
そう思ったのである。
「よし、いいだろう。そういうことであれば、しばらくの間は俺が衣食住をみてやろう。どうやら息子のアルスも君を気に入っているみたいだしな」
それに、もしここで放置したら、また行き倒れになるのが目に見えているし。
そうなるくらいなら、ちょっとくらい面倒をみてやるくらい別にいいだろう。
「なに!? ほんとか!? いいのか、おっさん!」
「おっさんではない。お兄さんだ。もしくはカキューさんと呼べ」
「よっしゃーーー! しばらくよろしくな、アルス!」
「うん、よろしくねハーデスくん」
うん、聞いてないね君。
まあ、息子も喜んでいるみたいだし、いいんだけどね?
でもせめて、呼ぶときはカキューおじさんくらいで許して欲しいな、なんて思うよ。
そんな事を考えながら、急遽発生した東大陸でのアクシデントを考慮し、今回のテーマであった修行をどう調整するのかについて思考を巡らすのであった。
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