【041】我が名はハーデス
本日一話目の更新です。
次の更新は、本日の朝7時です。
アルスが瀕死になって倒れていた謎の男の子を見つけてきてから、二十分ほどが経った。
いや、勘違いしそうになるが、瀕死になっていたというのは魔物にやられて重傷を負っていた、という意味ではない。
単に手持ちに食料がなく、行き倒れていたのだ、この少年は。
なにせ彼の話によると、この広大な人跡未踏の土地である東大陸の、そのど真ん中に手荷物もなく二年間も彷徨っていたというのだから驚愕する。
初めはそんな無茶苦茶な話があるわけがないと思い、何か新種のモンスターが少年に化けた罠の線を疑ったのだが、どうやらそれも違うようだった。
その証拠に彼は二年間の間に出会い倒したモンスターの種類や、生きるために必死になって食べて来た毒草から薬草まで、東大陸で生き残るための様々な知識を蓄えていたのだから。
なぜこんな人跡未踏の地に、朽ちる前は高級だったであろうスーツのような礼服を着た少年が行き倒れているのかは分からないが、証言に一切の嘘偽りはなかったのである。
これは嘘を看破することができる、デビルアイを持った俺が保証しよう。
故に、ただ見つけて放置というわけにもいかず、まずその強烈な飢餓状態をなんとかしようと水とシチューを分け与えたのだが……。
「美味ぇ! 美味ぇよちくしょう! なんで、たかだかキングワイバーンを煮込んだだけのシチューが、こんなにも俺様の心を満たしやがるんだっ! これが文明の味……!! 人間って、すごい!」
「ははは……。君、すごい食べっぷりだね。そんなに父さんの料理が美味しかったんだ。喜んでくれて僕も嬉しいよ」
そう、飢えに飢えていたこの赤髪の少年は、俺が差し出したシチューを遠慮がちに受け取ると、いままでこんな美味しい料理は食べたことがないと滂沱の涙を流しながら料理を食べまくったのだ。
その食べた量はなんと、俺とアルス二人分……、どころか、余っていた二十メートルにもなるキングワイバーンの全身全てであった。
もう数日間野営するために持ってきた予備の調味料まで、亜空間にしまってあるものまで含めて全てすっからかんである。
どんだけ食べるんだこの少年。
というか、その身体のどこにこれだけの質量が収納されているんだ。
君の胃袋は異次元かなにかなのだろうか。
そうして、一方的に俺とアルスに感謝の言葉をぶつけ続けながらも、一心不乱に食い続けていた少年はついにシチューを最後の一杯まで食べつくし、ようやく一息つくように幸せな表情でお腹をさすった。
「あぁーーー! 食った食った! もう腹いっぱいだぜ。こんなに幸せな食事をしたのは、生まれてはじめてだ。それに金髪、そもそもお前が俺様を見つけてくれなかったら、あそこでのたれ死んでいたかもしれねぇ。ありがとよっ!」
そう言う少年の表情は朗らかで、とても悪い人間には見えない。
いや、俺の見立てではそもそも人間じゃないのだが……。
まあ、それは置いておくとして、悪意を持った存在には見えないのだ。
こうして助けてもらったことに対するお礼も言えるし、自分が窮地に陥っていたことも正確に理解している。
うむ、中々素直で良い子じゃないか。
それにこの子の内包する魔力からは、魔法使いとして相当な実力が垣間見える。
ランクに換算すれば、おおよそではあるが今のアルスよりも少し強い、SS級中位、といったところだろうか。
だいたい属性竜と同じくらいの強さだ。
近接戦にさえ気をつければ、火竜のボールスといい勝負ができそうだな。
最近は気軽にアルスの模擬戦闘に付き合える人材が、大人も含めてエイン君くらいしかいなかったため、ぜひこの子にも仲良くなってもらって、できることならそのまま友達として接してもらいたいものである。
と、そんな父親としての視点で観察をしていると、お腹をさすり一息つけたようで、今度は少年の方からこちらに提案をしてきた。
「う~ん、そうだな。この俺様を心身共に救った金髪には何か褒美が必要だな。よってこの俺様が、できる限りの願いを叶えてやる……。と、言いたいところなんだが。実は今、絶賛家出中でなぁ……。実家の権力を振るうのは、ちょっと無理なんだわ。まあ、この恩はいずれ返すから、しばし待て」
とかなんとか、言っている。
いや、たぶん身なりからして良いところのお坊ちゃんなんだろうなぁ、と思っていたけども、まさか貴族階級だったりするのだろうか。
それに自らの一存で褒美の内容を決定することができるとなると、相当高位の貴族階級なのかもしれない。
しかもその中で、嫡男くらいの立ち位置にいるのだろう。
でなければ、できる限りの願いを叶えてやるなんて言葉は自然と出てこないはずだ。
さて、アルスはどう出るかな?
「え? いいよ、そんなの。それよりも君の名前を教えてくれないかな。僕はアルス! そしてこっちがカキュー父さん。君は?」
……え、偉いっ!
我が息子様なら、絶対に褒美よりも友達としての関係を優先するだろうとは思っていたけど、やっぱりお父さんが見込んだ通りにこっちを選んでくれた!
さすがだぞアルス!
やはり両親の教育が良かったのだろう!
これは城に帰ったらエルザに自慢だな、あいつも嬉しがるぞ!
「おお、そうかそうか。そういえば、ここは人間界だったわ。なんかお前らの態度から敬意を感じないと思っていたら、実家じゃないんだからそりゃそうだぜ。うむ、ならば聞いて驚け! 俺様の名はハーデス! 魔界において知らぬ者はいない偉大なる魔王を父に持つ、正真正銘の王太子である!」
などとのたまうのは、妙に様になっているポーズで輝くイケメン面を晒す、ハーデス君の言。
……いや、というか待て。
ちょっと待て。
エルザのやつも嬉しがるぞ、とか呑気に思っていたら本格的にヤバい奴と遭遇した。
このハーデス少年の言う通りであれば、魔界の王太子ってお前、そのクソオヤジって魔王のことじゃないのか!?
てぇへんだてぇへんだ!
予想以上にヤバい奴が東大陸に落っこちてた!
高位貴族とかいうレベルじゃなかった!
どうすんのこれ!?
彼が魔族だというのは悪魔である俺の目から見ても一瞬で分かったけど、まさか魔王子だったなんて思わないじゃん普通。
さっきは家出をしたと言っていたが、魔王には俺たちが誘拐したとか思われてないだろうな……。
魔界との全面戦争なんてシャレにならんぞ。
だって、さすがの俺でもめっちゃ疲れる!
仮に戦いになった場合、魔界を滅ぼすのに数年はかかりそうだ。
「へぇー! 王様が魔界でも有名だなんて、ハーデスはすごい国の王太子なんだね。でも、お父さんのことをクソオヤジなんて言ったら、ダメだよ? めっ!」
「あうっ」
いや、めっ、じゃないよアルスたん!
なんでいまの大暴露を軽く流して、デコピンでハーデスくんの額を弾いてるんだ。
そいつ魔王子!
魔王子だよアルス!
というか、めっ、されたハーデス殿下も嬉しそうな顔してんじゃねえよ!
さてはお前、いままで友達いなかっただろ!?
誰だろうと分け隔てなく友好的に接してくれるアルスに、めちゃくちゃデレデレしてんじゃねえか!




