【039】魔界での家族会議
本日二回目の投稿となります。
とある異世界のそのまた裏側にある、魔界にて。
自らの興味をそそる魔族の情報を思い出したハーデスは家出を計画すべく、静かに動き出していた。
しかしそこはまだ二百年も生きてすらいない、魔族の中では未成年とも言える若輩者。
すぐに計画は側近の家臣に勘付かれ、この魔界のトップである魔王へと報告が上がりストップをかけられてしまったらしい。
現在は、その家出をしようとしたハーデスと、魔王一家による一触即発の親子会議が勃発してしまっていた。
「ハーデス。どうして家出などという愚行を犯そうとした、……何が気に入らない。お前は私の血を引く後継者だ。この城での扱いも、そして教育も、魔王の系譜たる者に相応しいものとなっているはずだが」
「…………」
そう語るのは、赤髪をオールバックに整え、ハーデスと同じく両の瞳を緑と青のオッドアイで染め上げる偉丈夫、魔王陛下その人である。
そして長テーブルの向かいに立つ息子と、自らの右隣りに控えさせている妃を見やり溜息を吐く。
どうやら、息子であるハーデスがここまで話しても何も言わぬことから、相当決意が固いと察しているようだ。
「お前からも何か言ってやれ、ヒルダ。食事に関すること以外では一度も我儘を言ったことが無かった私たちの子供が、こうして決意を固めているのだ。このまま無視を決め込むこともできぬだろう」
「そう、ですわね……」
ヒルダと呼ばれた魔王の妃が困ったように声を絞り出す。
その姿は魔王に連なる一族の証でもある真紅の赤髪を、腰の先まであるロングストレートに整え、貴婦人のオーラをこれでもかと放出させていた。
しかし、この時だけはそんな圧倒的なオーラにも陰りが見える。
どうやら息子の決意が思いの外真剣なものであることに、彼女自身、動揺を隠せないでいるらしい。
「私は常日頃から思っていたのよ、ハーデスちゃん。あなたはどうしてそこまで人間に拘るのかしら? ……今回のことだってそう。なにもあんな、魔族を敵対視するところにいかなくてもいいじゃない。それにハーデスちゃんは、人間が嫌いだったわよね? なら、どうして?」
そう問いかけるヒルダ妃の表情からは動揺の他に、困惑と心配、そして息子の考えが理解できないという悲しみに囚われているように見えた。
そして実の息子であるハーデスも、母にここまで言われてしまっては黙っていることができなかったのか、ついにその固く閉ざした口を開く。
「オフクロ……。ちげぇんだよ。俺様は別に、人間が嫌いなわけじゃない。人間を食料にするのが嫌いなだけだ。……それによぉ。オヤジもオフクロも、なんでそんな呑気に構えていられるんだ?」
ハーデスは語る。
自らの考えを、経験を、そしてそこから生まれるこの先の未来を。
もし、もしも仮の話として、このまま特定の魔族が人間を嗜好品のように高級食材として扱い、ずっと表の世界と敵対し続けて居たら、どうなるのかということを。
まず前提として自分は、いままで食料として献上される人間の娘たちを、これでもかという程に見続けてきたこと。
当然最初は泣き叫ぶ人間たちを見て、なかなかに愉快で煩わしいやつらだなという感想しかなかったが、何度も見ているうちに、なぜかだんだんとイライラしてきたこと。
イライラしたついでに、人間を虐げるように献上してきた下級魔族の下っ端共にはストレス発散の的になってもらい、生け贄は元の世界に逃がしてきたことを、真剣に語った。
そしてある日突然、ふと思った。
もし、人間たちが今まで捕食される側に回っていた憎しみと怒り、そして恨みを自分たち魔族に向けて爆発させてしまったら?
もし、その時に英雄とかいう人間の強個体が出現し、魔族の脅威となってしまったら?
いったい、どうすればいいのかということを、自分には答えが出せなかった。
そうハーデスは語ったのである。
「…………どうだ、オヤジ。これでも俺様が人間界に興味を持つことが、不自然だと思うか?」
「…………」
そうしてしばらくの沈黙が続き、それら息子の言い分を口を挟まずにじっと聞いていた魔王が、再びの溜息と共に言葉を漏らした。
「ふむ。なるほど、下らんな」
「……なっ!? なんだと、クソオヤジ!! もういっぺん言ってみやがれ!」
「下らんといったのだ、ハーデス」
魔王は断言する。
「仮に人間と戦争になるのであれば、なればいい。魔界は弱肉強食。本来自由気ままで自分勝手な魔族を束ねる唯一の法則こそ、力だ。であるならば、そんな戦争すらも飲み干し、我が手中に収めることこそが魔王の使命、責任というものだ。お前にもいずれ分かるときが来る」
それはまさしく、魔界における絶対の法則。
正論であった。
語弊があるかもしれないが、彼ら魔族は決して一筋縄でもなければ、一枚岩でもない。
一見すると天界や人間界に対して敵対することに纏まりがあるように見えるが、それはただただ、魔王という圧倒的実力者のカリスマの上に成り立っているだけに過ぎないのだ。
だがそれを理解してもなお、ハーデスは食い付く。
「……み、認めねぇ! そんな詭弁認められるかよ! オヤジはそうやって責任責任っていうが、もし、人間にオヤジ以上の奴が現れたら、どうすんだよ!?」
「無論、戦う。それが統治する者の責任だ」
魔王はそんな息子の問い掛けを、歯牙にもかけずに答える。
間髪入れることすらできない、最初からこう返すと決まっていたかのような返答であった。
しかしそれは、返答された側も承知の上であり、さらなる問いかけを繰り返す。
「んじゃぁ! 戦って、勝てなかったら!? その時はどうする!?」
「その時は潔く散るしかないだろう。それが魔王の責任であり、捕食者であり続けた魔族の宿命だ。その責任から逃れることなど、魔王にできようはずもない。……まあ、今のところ、そんなことは有り得ないがな」
そんなにべもなく、切り捨てられるかのように返答した魔王の態度に、ハーデスの怒りは沸騰し目は充血する。
だが勘違いしてはいけないのは、切り捨てられるようにして話すと思っているのは息子であるハーデスだけであり、当の魔王本人と、そしてその妃であるヒルダは誰よりも彼の事を想っていた。
それ故に下手に話題を逸らすこともせず、無視もせず、この話に真摯な態度で向き合っているのだから。
……まあ、そんな両親の想いを理解するには、二百歳しか生きていないハーデスには難しいことだったのかもしれない。
「あぁぁぁ~~~~~!!!! ……くそがぁっ! 付き合いきれねぇ! もう勝手にしろクソオヤジ!! とにかく俺様はここを出る! 止めるんじゃねぇぞ!」
案の定、両親の言葉を飲み込みきれなかったことで行き場の無い怒りが爆発してしまい、イラつきから頭をかきむしりながら絶叫し、そして部屋を飛び出していった。
どうやら魔王とその妃は、息子に意志を伝えきることができなかったらしい。
だが、しかし……。
「行ったな……」
「ええ、行きましたね。あなた」
二人はなぜか満足気な表情で走り去るその姿を眺めていて、どこか昔懐かしい思い出を手繰るように感慨に耽っていた。
「あの子は優しい。本来非情であり、力こそが絶対の法則である魔族にしては、愛が強すぎるのだ」
「はい。その愛は、既に私たちのそれを超えています。だからこそ、この魔界では伴侶となる者が見つからず、いままで成人する切っ掛けすらありませんでした。それに……」
妃はそう言うと魔王に瞳を向け、続きの言葉を促す。
「ああ、似ているな。昔の私と。かつて偉大なる前魔王であった父が勇者に敗れ、魔界の統治が混乱している中、私もあのように心が乱れたものだ。……そう思うと、ことさら懐かしい。あの子もきっと、この先の旅路で自らに相応しい者に出会い、そしてその心が完成していくのだろう」
魔王の系譜、その心の完成こそが成人の証でもあった。
そうなることで一族は現れた相応しい者に対をなす異性となるよう身体が目覚め、この系譜に秘められた真の力に覚醒するのだ。
それこそが、次代の魔王への覚醒の証でもある。
「魔族の宿命と向き合えハーデス。私はお前の成長を、見守っている」
そう最後に魔王が言い残し、この家族会議は終了したのであった。




