【037】その後の教国にて
明日(八日、水曜日)はお話の流れの都合上、三回投稿することにします。
深夜0時、深夜3時、朝6時となりますので、読む順番にお気を付けください。
私の愛しいアルス様が帰国し、カラミエラ教国の武術大会が終わってから、一週間が経った。
なぜかこの一週間の記憶が曖昧だったり、そもそもあの日の夜会でアルス様に告白して以降の記憶が無かったりするのだけれど、いったい私の身に何があったというのかしら?
それに、告白の結果を覚えていないなんて淑女としてあるまじき行為だわ。
こんなことではアルス様に嫌われてしまう。
「う~、思い出せ~、思い出せ私~。いったいあの日に何が……」
「いけませんお嬢様、それいじょうはいけない。それは決して思い出してはならない記憶なのです」
はぁ?
何を言っているのかしらおバカエインは。
この聖女イーシャ一世一代の告白をして、その後にきっとアルス様の了承を得た輝かしい愛の記憶なのよ?
思い出さないなんて淑女の、いいえ、人類の損失だわ!
「でも、なぜなの……。思い出そうとすると、気が遠くなるの……」
「お、お嬢様! はやく正気に戻ってください! 何をぼさっとしているそこの騎士、早く父上を呼んできてください! またお嬢様がご乱心なされては一大事です! 俺だけでは取り押さえられなくなる!」
「は、はっ! ただいまお連れいたします!」
ああ、アルス様……。
これは愛の試練なのね……。
その後、記憶を取り戻そうとする私とそれを妨害するエインとの死闘がしばらく続き、いつの間にか到着していた聖騎士団長の回復魔法で正気を取り戻した私は、我に返った。
「まったく、何をやっているのですイーシャ様。体調が悪い時は私を呼べと、いつも言っているでしょう。この国の、いや人類の宝であるあなたのためであれば、軍の訓練を差し置いてでも回復魔法をかけにくるなど、どうという手間でもありません」
「はぁ、はぁ……。た、助かりました聖騎士団長。私としたことが……、つい」
そんな私の言葉に聖騎士団長、エインの父親は溜息を吐き苦笑いする。
だけど、本当になんで思い出せないのかしら?
もしかしてこれって、あの日私が気絶してから現れたという、漆黒の鎧を身に纏う魔族の仕業だったりする?
「しかし参りましたな。息子のエインと友人のアルスくんが協力し撃退してくれたのはいいものの、まさか魔王軍三魔将なるものが現れ、聖女様にこのような呪いを残すなど……。その場に私が居なかったことが、本当に悔やまれます」
聖騎士団長はそう言葉を区切ったあと、どうして呪いとしてこの件が処理されたのかという考察を伝えてくれる。
「しかもその呪いは魔力の痕跡が見当たらず、未だどのようにしてかけられたのか、原因が不明ときました。……こういってはなんですが、魔族の魔法技術は私たち人間の数段上をいくのでしょう。痕跡がない記憶の封印、聖女様の体調はすぐれない、心も乱れる、なにより実際に上級魔族が関わっている。ここまでくればもう呪いの証拠そのものですね」
「…………」
ああ、やっぱりこれって呪いなのね。
ぐうの音もでないほどの分析だわ。
それに、私が大事にしているアルス様との思い出を封印するなんて、なんて性根の曲がった魔族なのでしょう。
ほら、エインも何か言いなさい。
「どう思う、エイン?」
「い、いや……。これはあのジョウキューとかいう魔族の仕業では、ないような……?」
はぁ!?
なによエインのバカ!
じゃあ、なんで思い出せないのよ?
ダメだわ、ダメダメだわエインは。
こういう頭を使うことに関して頼った私がバカだったわね。
もういいわ、こうなったらあなたの父である聖騎士団長に聞くから。
「そんなわけがあるまい、エインよ。あの時お前は死力を振り絞り、最終的に剣聖技の一つである無拍子を再現させて魔族を撤退に追いやったあと、気絶したと聞いている。おそらくその時に、聖女様になにか細工をしたのだろう。……くっ、卑しい魔族のやりそうな手口だ」
「そうよ! きっとそうね、間違いないわ!」
と、いうことなのよエイン!
分かった!?
これが知恵ある大人の判断というものなのよ?
まったく、これではいくら伝説の剣聖技を再現させて、いっそう注目を浴びる少年剣士になったといっても、まだまだね。
力だけじゃなくて、頭も磨きなさい。
「はぁ、まあ、いいです。お嬢様に現状実害はないので、記憶さえ思い出そうとしなければ平穏無事に過ごせるわけですし」
え?
うう~ん。
まあ、それもそうね。
思い出ならまた作ればいいんだわ!
もう一度アルス様に告白して、今度こそ二人は結ばれるのよ!
「うむ、そうだな。しかし今後この呪いがどのような影響を及ぼすか、いまのところ皆目見当もつかん。よって、今後手がかりとなるお前とアルス君。そして聖女様にはチームを組んで行動してもらうよう、私から教皇猊下に取り計らっておいた。……まあ、これは今の教国の状態を案じたザルーグ辺境伯と、そして彼と繋がりをもっていたカキュー殿の入れ知恵なのだがね」
な、なんですってーーー!?
アルス様がまた教国にいらっしゃるの!?
ああ、神よ!
これはきっと、神様が私たちを祝福して起こしてくれた奇跡に違いないわ!
なんてラッキーなのかしら!
そしてそれはエインも衝撃的な事実だったのでしょう。
いつも冷静な顔を取り繕っているのに、今だけは目をぱちくりとさせ驚いているようだった。
「でも父上。ザルーグ辺境伯は父上と敵対派閥の貴族ですよね? よく僕や父上と今回誼を結んだカキューさんと連携し、こちらに味方するような真似をしましたね?」
「それは考えが浅いぞエイン。いくら敵対派閥だといっても、それはしょせん貴族の間だけの話に過ぎない。彼とて、最終的に我が国を守るという使命と、人類の宝である聖女様を守るという使命、その二つを忘れることなどあるわけもないのだ」
へ~、そうなのね。
貴族っていろいろ大変ね。
まあいいわ、経緯がどうであろうとアルス様がまた遊びに来てくれるなら、大歓迎よ!
ザルーグ辺境伯、ナイスファインプレーってことね!
その名前、憶えておいてあげるわ。
◇
「辺境伯様……。奴は、あのカキューなる貴族は、いったい何者なのでしょうか」
「待て、不用意にその名を語るな。どこに目と耳があり、そしてどんなことがあの御方の不興を買うのかも分からん。ただ私たちはあの御方の指示通りに動けばいいのだ」
聖女イーシャたちがアルスのことで盛り上がっている頃、皇都に構える辺境伯邸の執務室では、このような会話がなされていた。
というのも、全てはあの日、カキューが教国を去るときに執務室にこっそりと届けた一通の手紙が問題だったのだ。
その事で自らの決定的な敗北と、そしてなにより格の違いというものを痛感した辺境伯は冷や汗を流し、この教国を救うためいまは従順に従うことを決定したのである。
というのも……。
「いま、あの御方がその気になればこの教国は終わる。それだけは間違いない。なにせこの手紙には、今回の件で私たちが国を守るために行った悪事の全てと、その証拠となる録音の魔道具が添付されていたのだからな……。もはやこんなもの、人間業ではない。いや、魔族ですら同じことをするのは不可能だろう。もはやあの御力は────」
────神、そのものである。
そう辺境伯は心の中で締め括り、もはや一種の信仰とも言える想いを抱いていた。
だからこそ彼はカキューの指示に従い、教国における体の良いコマとして使われる事を受け入れていたのだ。
「とにかく、だ。聖女様と護衛騎士エインを、あの御方のご子息であるアルス様の御友人として動けるよう働きかけるのは絶対事項なのだ。それがもっとも国のためになる。分かったら散れ。これは命令である」
「はっ!」
あまりの辺境伯の変わりぶりにさしたる疑念も抱かず、教国の暗部たちは暗躍する。
それもそのはずで、なにせあの時感じた暗黒騎士の力すらも退けたのはアルスという人物なのだ。
であるならば、この国の行く末を見守り守護する役目を持った彼らは、国に有益な存在であるアルスやガイウス、カキューなる親貴族を取り込もうと動く、……ように見える辺境伯を認めるのに、違和感などなかったからである。
次回、魔族王子編。
始まります。
水曜は三回投稿ですので、お気を付けください。




