【035】無拍子
昨日、突然の投稿を行いました。
読む順番にお気を付けください。
そして本日一話目の投稿となります。
キリが良いので、朝7時にもう一度投稿します。
やばいやばいやばいやばい!!
なんだ、なんなんだあの漆黒の鎧の巨漢は!?
あんな化け物、いったいどこから湧いてきたんだ!
「お、お前は、いったい……」
「ん? 俺か? 俺はアク……、じゃなかった、うむ、何がいいかな……。そう、そうだな、これにしよう。俺は魔王軍三魔将の一人、漆黒の上級魔族ジョウキューだ、少年よ!」
「魔王軍三魔将……、ジョウキュー……」
なんで、そんな化け物がここに……。
おそらく父やガイウス殿が束になっても勝てない、こんな化け物が魔王軍の将軍だというのか……。
魔族とは、ここまで恐ろしい存在だったのか……。
ダメだ。
どうやりあっても、一太刀すら浴びせられるビジョンが見えない……!
「エインくんしっかりして! このままじゃ全員やられちゃうよ! 君は自分の守るお嬢様がどうなってもいいの!? この場には僕とエインくんだけじゃない、イーシャ皇女殿下だって居るんだ!」
「だ、だが……」
だが、こんな化け物相手にどうしろというのだ?
俺たちがここで必死に抵抗したところで、きっとあいつは羽虫をつまむような力で殺せるに違いない。
手遅れだ、こんなの。
せめて圧倒的な飛行能力を持つアルスだけでもここから逃がし、お嬢様と我が友だけでも無事に脱出させることができれば大金星といえるくらい、実力差に隔たりがある。
しかしそう諦めかけた時、奴は俺の心を見透かしたかのように、兜の隙間からチラチラと見える赤く光る瞳を細めた。
「いかん。いかんなぁ少年。君のライバルたるアル……、じゃなかった。そこの小さいのが頑張っているのに、君だけ生きることを諦めるとは情けない。少し教育が必要なようだ」
教育だと?
この期に及んで、なにを言い出すんだこの化け物は。
いや、そうか。
おそらくこの漆黒の巨漢は自分と戦う暇つぶし相手が腑抜けであることに、怒りを感じているのだ。
だからこそいまもなお諦めていないアルスを引き合いに出し、俺を煽ろうとしている。
ようするに、虫は虫らしく最後まで踊れと言いたいのだろう。
「そうだなぁ。君がもし生きるのを諦めるのであれば、そこにいる聖女を攫って行くとしよう。なに、安心したまえ。君はもう全てを諦めたのだから、護衛の任務など関係がないだろう?」
「な、なん、だと……」
お嬢様を攫う?
この俺の目の前で、馬鹿聖女を犠牲にしろと、そう言っているのかこいつは……?
そ、そんな事……。
そんな事……。
そんな事だけは……!!
「そんなこと、絶対にさせないよ! ハァッ!」
「アルス……!」
そうだ、そんなことだけは絶対にさせない。
だがどうする。
このままでは現実問題として打つ手がない。
俺はどうなってもいい!
なにか、なにか手はないのか……!?
「おお、さすがにこっちの金髪は活きが良いな。それにこの状況下で友達を鼓舞するために突撃するとは、やはり戦いのセンスがある。きっと両親の教育が良かったのだろうな。ふははははははは!」
「ハァァァァアアア! 笑っていられるのも、いまのうちだ! デビルモード・オルタナティブ!」
あれは決勝の最後で見せたアルスの奥の手か……。
確かに飛行能力を有しているようには思えないこの漆黒の巨漢相手には、空中からのかく乱がもっとも有効だろう。
だけどそれでも、あの化け物を倒すには全く力が足りない。
いったいこんなことをして、何になるというんだアルス。
こんなの、ただ時間を稼ぐ結果にしか……。
ん?
時間、だと?
「どうしたどうしたどうしたぁ! そんなものか金髪! そんなことではこの俺は倒せんぞぉ! 修行の成果をみせてみろぉ!」
「そんなことは分かっている! お前に言われるまでもないさ! ────でも、これでいいんだ」
ニヤリ。
友の顔に浮かんだその笑みを見て、俺は確信した。
きっと、あいつには何か策がある。
その策のために今この時間を必死に稼いで、何か、もしくは誰かを待っているのだと確信した。
「……そうか。アルス、君はこんな状況になっても勝利を諦めないんだな」
どうやら我が友は、チャンスも打開策も自らの手で創り出せる、そんなやつだったらしい。
完全に諦めてはいないものの、お嬢様のそばを離れるわけにはいかず、手をこまねいていた俺とは大違いだ。
はっ、そう考えると滑稽だな。
なにが剣の申し子だ。
なにが我がライバルだ。
なにが……、お嬢様の護衛だ……。
肝心な時に打開策の一つも見いだせないやつがアルスと対等に接していたのだと思うと、反吐が出る。
おこがましいにも程があるだろう。
許せない。
どうしても許せない。
俺の聖女が窮地に陥っているこのときに、何もできない俺が、どうしても許せない……!!
「う、ぁぁぁあああああああ!!!!!」
「エインくん!」
「む。やっと目が覚めたか銀髪」
やる。
やってやる!!
ここで俺は死ぬかもしれないし、何の成果も残せないかもしれないけど!
それでも、そうだとしても!
こんなクソみたいな人間の命一つ賭けるだけで、我が友が稼ぐ時間の足しになるのであれば、それで本望だ!
「貴様なんぞに……」
「んん? どうしたどうした?」
「貴様なんぞに、イーシャは渡さないって言ってるんだよクソ野郎ぉおおおおおお!!!!」
「はっはっは! そうかそうか。こりゃあ一皮むけたな、銀髪!」
うるせぇ!
余裕ぶっこいていられるのも今のうちだデカブツ!
お前に人間を舐めたことを、後悔させてやる!
もはや俺の体力は決勝戦でそのほとんどを使い切り、最初に襲撃してきた雑魚の相手はともかく、全力の一撃を放てるのはよくて一回。
しかもその一回分の体力を全力の剣技に消費すれば、きっと俺は倒れるだろう。
もしかしたら後遺症も残るかもしれない。
……だが、いまはそれで十分だ。
むしろよく一回分だけでも剣技を発動する体力が残っていたものだと、俺自身が驚いているくらいだから。
……きっと、救護室で寝ている間に、お嬢様がまだ覚えたばかりの回復魔法をかけてくれていたのだろう。
しかし、そのおかげでわずかだけでも、この化け物に一矢報いることができるならそれでいい。
この一撃に全てを賭ける!
「アルス、一瞬だけあいつの隙を作れ! その一瞬で、俺が勝負を決める!」
「分かったよエインくん! はぁぁぁあああ!」
信じるは友の力と、己の剣技。
幼少期から剣を手に取る俺のために、父が一度だけ語ってくれた剣聖の一撃。
かつて存在していた伝説の勇者の仲間にして、最強の剣士。
後の世では剣聖と呼ばれた彼が使っていた剣技は一太刀で山を断ち、湖を割り、竜の首を落としたとされている。
いまでは本当にそんな人物がいたのかすら怪しいとされている伝承上の英雄だが、少ない文献の中でも一つだけ記録に残っているものがある。
それは、彼は力ではなく、心の眼で剣を振るっていたということだ。
「すぅぅううう…………」
「……集中しているな銀髪。俺を倒す気概は十分といったところか。先ほどまで腑抜けていたと思ったらこの変わりよう。人間というのは本当に面白い」
奴が何かを言っているが、いまはアルスを信じて全神経を集中し、心をその精神の深層にまで落とし込む。
無我。
無我。
無我。
焦りも、無駄な力みも、死の恐怖すらも無我の境地へと追いやり、俺は目を閉じる。
そして、目を閉じ気配の察知だけで周囲を窺い、死と隣り合わせの戦いの中で瞑想を行った時。
ついに状況が動いた。
「僕が、絶対に、お前の好きにはさせない!」
「うわっ!? ちょ、危ないって! そんな角度で突っ込んだら俺の剣刺さっちゃうよ!?」
「知るかぁぁあああああ!!」
分かる。
アルスの猛攻に怯んだ化け物が防御に走り、決定的な隙を晒そうとしている、この瞬間が。
そしてその隙がおそらく、最初で最後のチャンスであろうことが、極限の状況で集中していた俺には理解できた。
故に、やるならば、────今!!
「いまだ! エインくん、いけぇええええ!!!」
ああ、任せろ!
絶対に、この技を成功させてやる!
そう、いうなればこれは剣聖流における最初の一歩。
名づけるとするなら────。
「────無拍子!!」
「な、なにぃいいいいい!?」
まったく初動の予兆が掴めない、神速とも言える究極の一太刀が化け物に向けて放たれた。
そして奴の鎧を掠めると同時に、まだ剣聖の技を使うには未熟な俺が無理に放ったこの一撃を最後に、意識は途切れたのであった。




