【034】聖女散る
突然の投稿。
読む順番にお気を付けください。
空が徐々に暗くなり始め、もうすぐ夕日が完全に落ちそうになった、そんな時間帯。
近隣諸国から集った武術大会の上位者たちを労い、夜会と称した達人たちの引き抜き合戦が行われているだろう王城の、そこから少し離れた庭園にて。
俺の主君たるお嬢様と、一度の真剣勝負を通して友ともいえる仲になったアルスが、木製のベンチに座り肩を寄り添い合っていた。
……いや、一方的にお嬢様が無反応なアルスに寄り添っているように見えるが、まあ、それは些細なことだろう。
「ア、アルス様……。その……」
「なんですか? イーシャ皇女殿下?」
「私、伝えたいことがあって……」
顔を真っ赤にし、そう言葉を紡ぐ。
どうやら乙女の表情で瞳を潤ませ、いわゆる恋する聖女モードで的確なコンボをアルスの男心に決めようとしているらしい。
何て姑息なんだ。
本当に将来が恐ろしい。
ちなみに今こうやって考察している俺は、ちゃんと空気を読んでそこらへんの木の役に徹している。
そう、いまの俺は木だ。
決して人間性を主張し、ある意味お嬢様の決勝戦ともいえるこの舞台を台無しにしてはいけない。
これは任務なのである。
これも護衛たる者のつらいところだ。
「皇女殿下だなんて呼び方は、……いや。アルス様、イーシャってよんで?」
「え~?」
「うふふ、照れ屋さんなんですね」
ダメだこりゃ。
がんばれお嬢様と、正直そう応援したい気持ちはあるのだが、いかんせんアルスの方に脈がなさすぎる。
恋に盲目になってしまったお嬢様はともかく、男の俺だからこそ分かることもある。
あ、これはアカン、と。
だが、これでもみてくれは美幼女であり、表面上はちゃんとした聖女だ。
きっとどこかに勝ち筋が……。
そうしてしばらくお互いを見つめ合い……。
……いや。
そこらへんの男なら一撃で落とせる、庇護欲をそそる顔で見つめているお嬢様と、なんだかよくわからないけどニコニコしているアルスが適当に向き合うと、ついに決心したお嬢様が動き出した。
この表情……。
おそらくこの一撃で、勝負を決めに行く気だ。
「アルス様、私、愛しています!」
「僕も、お父さんとお母さまと、あと、ガイウスとボールスのことが大好きだよ! いっしょですね?」
ちがぁぁぁあああう!!
そっちじゃない、そっちじゃないアルス!!
おまっ、どれだけ鈍感なんだ!
いや、わざとか!?
わざとなのか!?
だとしたら恐るべし我が友!
お前もう勇者だよ!
お嬢様相手にここまで言えるとか、勇気ある者以外の何者でもないよ!
まじで尊敬する!
半端ないよお前!
「う、うふ……。うふふふ……」
「えへへ」
気まずいっ!
というか、ここで木に徹してるから何も言えないの辛い!
頼む、どうか俺にお茶を濁させてくれ……。
それにここで、「お嬢様、表情崩れかけてますよ」とか言えたらどれだけよかったことか。
既にこめかみには血管が浮き出てるし、上っ面モードの仮面が剝がれかけてるし、とんでもない事態になったな……。
だがここで諦めないのが我が主君たる、お嬢様のすごいところだ。
明らかに脈の無いアルスの手を自らの胸に当て、どこで覚えたのかも分からない愛の告白を行った。
「私は、アルス様を生涯の伴侶として愛していたいのです。どうか、これからもずっと、私の傍にいてくださいませんか?」
「え? それはムリだよ」
終わったーーーーーーーー!!!!
完・全・敗・北!!
友があまりにも勇者すぎて、三秒で試合終了したーーーー!!
ほら、あまりのショックにさすがのお嬢様も目を回してるよ!
というか口から魂抜けかけてるよ!
これもう意識無いって!
「へぁぁぁ~~~~」
「あれ? どうしたのイーシャ皇女殿下」
お前、天然か!?
あいつ、状況を理解しているのか、していないのか、全く分からないところがさらに恐ろしい!
「でも、本当にいまはちょっとムリかな。あのね? まだイーシャ皇女殿下は小さいでしょ? でもお嫁さんっていうのは、お母さまを超えるくらいじゃないとダメなんだって。……よくわからないけど、たぶんもうちょっと大きくならないとダメなんだよ。だから、やっぱりいまはムリかな~」
「へぁぁぁぁ~~~~~~~」
な、なるほど、どうやら我が友には友なりの考えがあったらしい。
一瞬、勇気ある者を飛び越えてもう悪魔なんじゃないかと思ってしまってごめん、許せ。
だがアルスの言っていることは正しい。
これはおそらく、政略結婚が優先される貴族たるものとして、親御さんが安易な約束で場を混乱させないよう、教育を施していたのだろう。
貴族の言葉というのは、たとえその地位を継承する前の子供であっても重いものだからだ。
しかし、それもこれも、お嬢様の意識がまだ残っていればの話。
既に撃沈して意識を刈り取られたこの状況では、その言葉は記憶には残らないだろう。
だが、この状況では逆にそれが良かったのかもしれない。
なぜならば……。
「あのお嬢様を瞬殺するとは、やるなアルス。……それと」
「うん、分かってるよエインくん。……出てきなよ、そこに居るのは分かっているんだ」
そうお互いにコンタクトを取った瞬間、安全であるはずの城の庭園から、複数の黒装束が飛び出してきた。
どうやら完全に包囲されているらしい。
ざっと数を数えたところ、襲撃犯はおよそ十人ほどか。
一人一人の戦士としての力量は、よくてC級。
暗殺者としても俺とアルスに看破されているあたり、B級がせいぜいだろう。
質はまあまあだと褒めたいところだけど、むしろその腕で、よく俺たちを襲う気になったものだ。
「さて、どんな裏技と伝手を使ったかは分からないが、こんなところにまで侵入できる腕は認めてやる。しかし相手を見誤ったな、賊。アルス頼むぞ、俺はお嬢様を護衛する」
「うん。任せて」
そう言ってアルスは俺から予備の剣を受け取ると構えを取り、やつらに向けてあの超越的な身体強化を発動させた。
それにしても、まったく大したやつだ。
偶然かもしれないが、あそこでお嬢様を追い詰め意識を飛ばしたからこそ、こうしてパニックにならずに安全に護衛できている。
もしこれが計算してやっているのだとしたら、俺はとんでもないやつをライバルとして迎え入れてしまったものだと思わずにいられない。
「それじゃあ、暴漢のおじさんたち。もうちょっと後ろで隠れて見ている別の集団のおじさんたちも含めて、お掃除するね?」
「…………なっ!? 貴様、なぜ!?」
そう、集団はこの十人だけではない。
なぜかもう少し後ろで、兵士の恰好をした別動隊が、こちらを窺い待機していたのである。
本当に、何の狙いがあるのかは分からないが、無駄なことをしてくれたものだ。
そんなことで俺たちの察知を搔い潜れると思っていたのだろうか。
舐められたものだな。
「まてまてまて! 俺たちはこの城の兵士だ! この黒装束から君たちを守りにきたんだよ!」
ほう、そう来るか。
兵士の恰好をした賊が駆け寄り言い訳をしにくるが、……甘い。
「なぜ、もなにもあるものか。それに、剣の申し子と呼ばれているのは伊達じゃなくてね。その剣の構えから足の運び方まで、お前ら黒装束とそこの似非兵士は共通点が多すぎる。装備を変えたくらいで、俺とそのライバルを誤魔化せると思うな」
「…………」
どうやら言い返せないようだな。
しかも既にアルスは黒装束の半ばまで相手を殲滅し終えており、もはや脅威の排除は時間の問題だった。
皇女を狙ったとなれば、よくて斬首。
どうせここで生かしておく価値がないのだから、俺たちが容赦すると思うなよ?
「馬鹿な!? お前は決勝で体力を使い切り、疲弊しているはず!?」
「え? そうだよ? でもおじさんたち、弱いから……」
「アルス、お前ってけっこう言葉に容赦ないよな……」
そうして、やつらの目論見をかたっぱしから見破ったアルスが残りも片付けようとした、その時────。
「────チッ、使えんやつらだ」
どこかから現れた漆黒の鎧を纏う巨漢が、二十人にもなる賊を瞬殺したのであった。
…………この巨漢、まずい。
もしかしたら、いや、勘違いかもしれないが、父やガイウス殿よりも遥かに強いプレッシャーを感じる!!
いや、だが、そんな馬鹿な……!?
明日は深夜0時、朝7時の二本を投稿します。
 




