【033】武術大会が終わり、そして
「……はっ!? こ、ここは……?」
「あ、気づいたわねエイン! 武術大会の決勝戦、すごい激戦だったわね~。私、感動したわ!」
「お、お嬢様?」
あれ……。
なぜお嬢様がここに?
それに、武術大会と、決勝戦……?
あ、ああ、そうだ。
だんだん思い出してきた。
カラミエラ教国武術大会子供の部、決勝。
数日前に出会った年下の少年、アルスと戦い、俺は敗北したのだった。
教国最強の聖騎士団長である父が認める、剣の申し子としてのプライドをかけて全力を出し切ったつもりだったのだが、最後にアルスが見せた謎の変身により俺はなすすべもなく……。
「それでさっそくだけどエイン、優勝おめでとう! さすが私の護衛だわ。褒めてあげる。ほら、なでなでしてあげるから頭を出しなさい」
んん……?
何を言っているんだお嬢様は。
悔しい話ではあるが、俺は確かにあいつに負けた。
現に、今こうして夕方になるまで救護室で眠りこけていたじゃないか。
なのに、なぜ敗北したはずの俺が優勝したことになっているんだ?
疑問に思い、しつこく頭を撫でまわそうとする馬鹿聖女の手を振り払う。
「お嬢様、それはどういうことですか? 優勝したのはアルスのやつでしょう?」
「何言ってるの? …………あっ! そっか! あなたあのアルス様が反則負けしちゃったこと、覚えてないのね! だってあの時完全に気絶してたもの! 確かに、あれだけきれいに気絶させられていたら、そう思うわよね! ぷーくすくすっ」
はぁ?
反則負けだと?
何を言っているんだこの能天気お嬢様は。
もしや能天気すぎて妄想と現実の区別がついていないのだろうか。
いかん、こんなところで俺が寝ている場合じゃない。
いますぐにこの能天気の頭を治療しないと……。
「な、なによエイン、その顔は……。本当に優勝したのはあなたなの! 少しは信じなさい!」
「本気でいってます?」
「そうよ、本気よ! だって見たでしょう? 最後にアルス様が神々しい光とともに翼の大魔法を発動させる瞬間を。あれが反則負けじゃなかったら、なんだっていうのよ。まあ確かに、本人のカッコよさではエインの完敗なのは事実だけどねっ」
大魔法……。
そうか、あれは魔法によるものだったのか……。
確かに、人間があれほどの飛行力を魔法以外で再現できるはずがない。
それなら、反則負けでも納得できる、……のか?
「いや、本当にそうなのか……?」
「どういう意味?」
どうもこうもない。
まず魔法を使ったという前提からおかしいということに、なぜ違和感を持たないのだろう。
「だっておかしいでしょう。あんな縦横無尽に高速移動できるような飛行魔法、近隣諸国どころか大陸中、いや世界中を探したって誰も聞いたこともないはず。それになにより、俺と全力で戦っていたアルスが詠唱する余裕なんて無かったはずだ。あの規模の魔法を無詠唱で行えるというのも、また考えにくい」
「え……?」
だとすると、あれはなんなのだろう。
アルス、お前はいったい、何者なんだ……?
「まあ、審判の判定は絶対ですから、いまさらそれに異議申し立てするつもりはないですけどね。ただ、この件は父も気づいているはず。さっそく向いましょう」
おそらくここは王城に併設された救護室なのだろう。
前に父と訓練に来た時、一度だけ見た事がある。
たしか武術大会の成績上位者は夜会に呼ばれるはずだったから、夕方に俺が起きるであろうことを計算して、誰かがすぐに出席できるよう配慮してくれたのかもしれない。
いまはその配慮に感謝だな。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよエイン! そんな起きてすぐに夜会に向かうだなんて無茶だわ。体調の方は大丈夫なの?」
「あれほどの激戦のあとにダメージが全く無いと言えば虚勢になりますが、幸いただ動くだけなら大丈夫です」
「え……。そ、そう……。思うんだけど、アルス様もあんたもいろいろおかしいわよね。本当に人間なのかしら?」
そんな失礼な感想を浮かべているお嬢様を無視し、寝癖をなおしてから夜会の会場へと向かう。
外を見ればいまはまだ夕方になったばかりで、本格的にパーティーが始まったわけではないだろう事が分かる。
いまならまだ父にも時間の余裕があるはずだ。
そうして道すがらお嬢様を護衛しつつも会場に辿り着くと、そこには既に見知った方々が集まっていた。
一人は身長二メートルを超える体格を持ち竜装具を纏う、一騎当千の超戦士ガイウス殿。
彼は大人の部の決勝戦で父を倒し、そしてなによりアルスの攻略法を俺に思いつかせてくれた、ある意味今大会のヒーローだ。
そしてその彼が護衛するダークエルフの貴族女性と、なんだかこの地域では見かけない、ちょっと顔の彫りが浅い黒髪黒目の男性。
たぶん、黒髪の人も貴族だろう。
アルスのやつも一緒にいることから、きっと彼らは家族に違いない。
というか、やっぱりアルスも貴族だったか。
思っていた通りだが、それ以上にこれほどの達人たちに囲まれて育ったのなら、あの規格外の実力も少しは理解できるというものだ。
とはいえ、ダークエルフの女性が放つオーラにくらべて、黒髪の貴族はちょっと弱そうに見える。
あまり戦闘力が高いタイプには見えないが、まあ貴族は基本的に統治力が求められるから、たぶんそちらの方で秀でているのだろう。
そんなことを考えて立ち止まっていると、ダークエルフの女性からにっこりと微笑まれた。
「……ッ」
「どうしたの、エイン?」
「い、いや。なんでもありませんお嬢様」
どうやら向こうは俺がその実力を観察していたことに気付いていたようだ。
しかも、その微笑みからは戦士とはまた違う空気感を持つ強者の余裕と、まるで自分の心臓を常に握られているかのような、そんな恐怖感を感じてしまった。
あの人、とんでもないご夫人だ……。
きっと、こうして俺に実力の一端を悟らせたことも、あのご夫人の狙い通りだったのだろう。
「アルス、どうやら友達がいらっしゃったようです。挨拶なさい」
だが次の瞬間には、そんなことを微塵も感じさせない立ち振る舞いで、我がライバルであるアルスに声をかけた。
なんて、恐ろしい人だ……。
「あっ! エインくん目が覚めたんだね! それにイーシャ皇女殿下も、こんばんは!」
「ああ、こんばんは。最後の試合、お互いに良い戦いだった。結果はああなってしまったが、君と闘えたことを一人の剣士として誇りに思うよ」
「ア、アルス様! わ、わたしの名前を憶えて下さったんですか!? う、うれしい!」
いやまて馬鹿聖女。
この国にわざわざ武術大会のために来訪しておいて、聖女であり教皇の娘でもあるイーシャ・グレース・ド・カラミエラの名を知らないわけないだろう。
「はぁ……。すまないアルス。うちのお嬢様は、ちょっと頭がお花畑なんだ。許してやって欲しい。決して君のことを馬鹿にするつもりでこんなことを言ったわけじゃないと思う。それと、え~と……」
「ああ、初めましてかなエイン君? 俺はアルスの父親をやっている、カキューというものだ。特に姓を名乗るつもりはないから、カキューおじさんとでも呼んでくれ」
そう黒髪の貴族、カキューさんは答えた。
姓を名乗るつもりがないというのはおそらく、この場の主役である選手たちに対し、無意味に上から見下すつもりはないという意志の表れなのだろう。
姓を名乗るということは爵位を名乗るということであり、それは周囲への圧力にもつながってしまう。
やはりアルスの父親だけあって、武力はともかくとして内面の方はとてもできた人のようだ。
「ありがとうございますカキューさん。私はガイウス殿と戦った聖騎士団長の息子、エインと申します。ご子息と決勝の場で競い合えたことを嬉しく思っています」
この人はああ言ってくれているが、さすがにおじさんと言うのは失礼に当たりそうだったので、まだこれでも失礼かもしれないがさん付けで呼ぶことにした。
フレンドリーさを求めている相手に卑屈になるのもいけないし、その謙虚さに勘違いして上から目線になるのもダメなのだ。
ここらへん、まだ俺には調整が難しい貴族社会のやりとりだな……。
「はははっ! そうかそうか。それは良かった。お互いに良い経験になったようだね。……そうだな、君達も俺たち大人がいる場では気安く話すことが出来ないだろう。どうだい、この場は一旦子供たちだけで行動してみては? きっとアルスも友達といっしょにいられることを喜ぶだろう」
「まぁ! いいんですのカキュー様。ではアルス様をお借りしますっ!」
「ああ。ではアルス、存分にこのイベントを楽しんでくるんだぞ」
カキューさんはそう言うとアルスの背中を押し、こちらに向かって手をヒラヒラと振った。
まあ、そういうことならまだ父も会場には来ていないし、しばらくは王城に併設された庭園でのんびりしておこうかな。
本来であれば部外者を連れて侵入することは許されないが、皇女でもあるお嬢様がどうせ自主的に向かうだろうから、心配はない。
それに庭園はああ見えて城の中でもかなり安全な場所だ。
いまの体力を失った俺とアルスだけでも、きっと危険はないだろう。




