【032】デビルモード・オルタナティブ
本日2話目の投稿となります。
読む順番にお気を付けください。
俺がエルザの強烈な視線からエイン君を守るために小型の結界を展開したあとも、子供たちの激しい戦いが続く。
一見すると奥の手も含め全力を出し切ったアルスが一方的に優勢であるかのように見えるが、少しでも武術や魔法に見識のある者たちが見れば、その意見は全く違うものになるだろう。
そういった者たちは気付くはずだ、あのような魔力運用で無理に身体能力を底上げしている力が、そう長く続くはずがないと。
現にアルスはもう息切れが始まってきており、遠目にみても体力の消耗が激しいことが分かる。
いくら奥儀を完成させるほどの才能があっても、反動以前に五歳児の肉体を酷使しているのだ、同じように天才である十歳の少年と体力勝負をしては勝ち目などないだろう。
「ハァッ、ハァッ……。ど、どうして……ッ!」
「…………」
「どうして……! 僕の! 剣が! 届かないんだ……!」
いままでライバルといえるほどの者が存在していなかったアルスにとって、初めての苦戦。
だからこそ、あと少しで届きそうで、だけど届かないこの実力差が歯がゆいのだろう。
本人も無意識のうちに、その目からは悔し涙が流れていた。
「アルスのやつ……」
「あぁっ! もう母は見ていられません……! このような思いをさせてしまった私を許して、アルス……」
さきほどまで熱烈に応援していたエルザが、悔し涙を流すアルスを見てとうとう顔を覆ってしまった。
まあ、その気持ちは分からなくもないし、理解できる。
きっとあと数年後にこの試合が開かれていれば、その地力の差を埋め勝利していたのはアルスであろうからだ。
エルザ自身は、武術大会で優勝できるタイミングを計り間違え、五歳という無理な年齢で挑ませたことにも謝罪しているのだろう。
しかしそれは俺にとって、許容できないことの一つだった。
「ダメだ。ちゃんと見ろ、エルザ。この試合から目を背けることは、決して許されないことだ」
「旦那様……」
この戦いだけは、決して目を逸らしてはいけない。
なぜならアルスは、決勝戦で負けるのが悔しくて泣いているのではないからだ。
きっとあいつは、自分を信じて送り出してくれている俺たちの期待を裏切り、初めて友達になれると思ったライバルに失望されるかもしれないという事実が悔しくて、泣いているはずなんだ。
「よく聞けエルザ。武術大会前、俺はあいつに友達を失望させるなと言った」
「…………」
「そうなりたくなければ、最後まで諦めるなと、そう言ったんだ」
だからこそ息子はいまも全力で剣を振り、反動を受け続けながら勝つために死力を尽くしている。
そんな俺たちの期待に応えるため戦い続けるこの試合から目を背けるということは、あいつの為になると信じて武術大会に送り出した過去の俺たち大人の想いと、そしてなによりもそれを信じているアルスへの裏切りになる。
俺は、そう思う。
「だから最後まで、この試合の行く末に責任を持て。それがアルスを送り出した、俺たち大人の戦いだ。そうだろ? エルザ」
「……はい。あなたの言う通りでございます、旦那様」
頭が冷えたのだろう。
涙を拭い落ち着いた表情を取り戻したエルザは頷き、再び舞台へと目を向けた。
「なに、それに……、まだ勝負に負けると決まったわけではないよ。試合には負けるかもしれないけどね」
「旦那様、それはどういう……」
「まあ、それは見てのお楽しみさ」
俺の意味深なセリフに困惑するエルザだが、そう急がなくとも、もうそろそろ答えは出る。
既に奥義を酷使して反動のダメージが蓄積したアルスと、持久戦に持ち込みながらも圧倒的な猛攻をしのぎ体力を失いつつあるエイン少年。
お互いに疲弊しつつも凡その手の内を使い切った今だからこそ、使える技がある。
もし決めるとしたら、このタイミングだろう。
「……さあ、アルス。目にもの見せてやれ」
そしてこの大会に集まった全ての人間の記憶に、焼き付けてやれ。
あの時、お前が父ちゃんに憧れた時から極めんとしてきた、その力を。
いつか自分もそうでありたいと願ったその理想を、────解き放て。
「ハァァァアアア!! 負ける、もんかぁあああああ!!!」
「ふっ、馬鹿めっ! この持久戦で、最後の最後にただの突撃とは……! 勝負を焦ったな、アルス! その勢いでは俺の反撃から逃げられないぞ!」
違うぞ、エイン少年。
おそらく君は、回避にまで回せる余力がなく身動きが取れないところを見極めて、最後のカウンターを決めようとしているのだろうが、甘いのは君だ。
確かに体格差のせいでリーチにおいて不利なアルスは、格上である君に一撃で決着をつけるためには、どこかで大技をしかけなければならなかった。
だからこの体重が一番乗る突進攻撃に、全てを賭けたと思っているのだろう?
甘い、甘すぎるぜ。
俺たちが育て鍛え上げたアルスが、そんなつまらないことで負ける訳がないだろう?
「この勝負もらったぞ、アルス! 対力流剣技、猪突反射!」
体格差の優位性を無くすため、一撃に全てをかけたアルスに向けて放たれるエイン少年の剣技が迫る。
いや、剣技というよりもあれは、体術だな。
剣先を前に突き出すことで突進してくるアルスの進路を牽制し、苦し紛れにも横に逸れたところでトドメを刺そうとしているのだろう。
しかし────。
「今だ!! やれ!! ────アルス!!」
「これが!! 今の僕の全力だよ、エイン君!! ────お父さん流奥儀! デビルモード・オルタナティブ!!」
瞬間、体中の魔力が特殊な魔力回路を形成し、アルスの背中から輝く光の翼が出現した。
光の翼は輝く魔力の粒子を放出しながらも突進の推進力を掻き消し、まるで慣性と重力を感じさせない縦横無尽の動きで空中へと超スピードで舞い上がる。
「な、な────!?」
「隙だらけだよ、エイン君! てやぁぁあああ!!」
「ぐがぁっ!?」
そして、急に進路を変えられたことで構えを逆手に取られたエイン少年に、アルスの容赦ない空中からの回し蹴りがクリーンヒットした。
あの受け方ではたぶん、もう立ち上がれないだろう。
「うむ、勝負ありだな」
「な、なんなんですか旦那様!? あの光の翼は一体!?」
「そうだぞご主人! 人間っていうのは変身できる生き物だったのか!? あの技を俺にも教えてくれ!」
いやガイウスよ、驚くのはいいが結局自分も習得したいんかーい。
ま、まあ向上心があるのはいいことだが、あれはたぶんさすがのお前でも無理だぞ。
「エルザの質問だが、あれはまだ未完成の必殺奥儀、デビルモード・オルタナティブ。一般的に普及している詠唱魔法とは違う、特殊な魔力回路を体内に形成することで生まれる、一種の固有能力だ。それとガイウス。教えたのは俺だが、たぶん人類の中ではアルスにしか習得できないと思うぞ。適性がありつつも、肉体が柔軟な幼少期から魔力回路の魔改造をしないといけないし」
もしガイウスが同じように魔改造を受けたら、肉体が拒絶反応を起こし、技を発動するまでもなく命を落とすだろう。
また、本人は俺のように翼を黒く染めたいらしく、それ以外にも角とか尻尾とかも生やしたかったらしいけど、さすがにそこまではマスターさせてない。
だからこそアルスはこの技に納得がいっておらず、オルタナティブなんて言っているのだ。
事実として、どうみてもあれはデビルモードというには印象にかなりの語弊がある。
翼が光り輝くあたり、ヒーローモードとかブレイブモードとかの方が印象として正しいのだが、どうなんだろうか。
なにせ俺ですら、翼を輝かせるとか無理だし。
というか、なんでアルスのデビルモードは光ってるんだ?
わからん……。
おそらくアルスだけが持つ、なんらかの因子が関係しているのだろうけど、詳細は不明だ。
「さて、あとは試合の方だが……」
「そ、そうでした! さすが私たちのアルス、まさかここで逆転勝利をするなんて……!」
「いや、何を言っているんだエルザ。この試合は、アルスの負けだよ」
「え……?」
そして、ダメージと疲労の蓄積から立ち上がれず、気絶したままのエイン少年と翼を生やしたアルスに向けて、審判が判定を下した。
「この試合、アルス選手の魔法使用による反則行為により、────勝者、エインとする!!」
ま、そうなるよね。
だってこれ、どうみても身体強化じゃないし。
厳密には人の使うような魔法じゃないけど、区別なんてつかないだろうしなぁ。
「と、いうわけだ。妥当な結果だな」
「え……? あ……? え……?」
目をぱちくりさせるエルザを余所に、俺は納得できる審判の判定に頷く。
まあ、試合には負けるが、勝負に勝つと言ったのはこういうことであった。
それにしてもアルスのやつ……。
最後の最後でデビルモードを使ったが、「詠唱魔法じゃないのになんで負けたんだろう?」って顔してるな……。
これはあとで、「それ、他人から見たらなんらかの大魔法に見えるぞ」ってことを教えてやらねばならんようだ。
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