【030】暗躍する貴族と、便乗する下級悪魔
本日二話目になります。
読む順番におきをつけください。
ガイウスが決勝で聖騎士団長を打ち破ってからしばらく、大会の本命である子供の部の決勝トーナメントが続いている中、中年に差し掛かった一人の貴族の下に黒装束に身を包んだ者達が集い、跪いていた。
場所は武術大会の競技場から少し離れた貴族街の、その私邸である。
「ザルーグ辺境伯様、ご報告に上がりました」
「聞こう」
黒装束の報告にザルーグと呼ばれた貴族は鷹揚に頷き、その場の空気感を支配する。
その貫禄はただの権力争いに明け暮れただけの貴族のものとは異なり、彼ら黒装束の精神を呑むのには十分なほどの武威を備えていたのである。
いわば、貴族の中でも武官に相当する立場であろうことが窺える。
領地を持ちながらも他国から攻められることを考慮して武を極める。
それこそがこの男の本質でもあった。
そしてそれからしばらく報告を受けていたザルーグは、決勝戦で聖騎士団長が敗れたことや、そして敗れた原因である特異な戦闘スキルを、優勝した戦士が護衛するとある子供も使用できるという報告を聞き眉を動かした。
「……まさか、あの歴代最強と呼ばれた聖騎士団長を実力で打ち破るものが存在するとは、な。そしてその戦士の護衛対象である子供も、只者ではないと。……ふむ。そうなるとやはり、あの貴族は我が国の戦力を調査しにきた、という線が濃厚になってくる」
「はい。どこの国の者か、未だ調査中ではありますが……。しかし、結果的にはその通りかと。そしてあの戦士はもちろんのこと、子供の方もかなりの脅威であると愚考致します」
おそらく近隣諸国のうちのどれかではあるだろうと、そうザルーグ辺境伯はあたりをつける。
国境を接した国でなければそもそも武術大会に出る意味がないからだ。
遠く離れた地で影響力を持った聖女と繋がりをもつために、わざわざ来訪したという想定には説得力が欠けるし、まずもって戦力を調査する意味もない。
だとすれば、あの戦士を雇うカキューなる貴族の出身が、自然と近隣諸国のいずれかだと推察されるというものである。
「そうだとした場合、聖騎士団長を超える手駒を持って来た以上、向こうの本気度が窺えるな……」
彼は最悪の事態を想定し、もし自分が相手だったらという前提で考察する。
もし仮に、自分が聖騎士団長と手段を選ばない戦場で戦って、どれ程の犠牲で彼を討ち取れるのかということを。
決して聖騎士団長単騎を打ち破ることは、自分にとっても無理なことではない。
一対一の正面対決でしか結果が出ない武術大会はともかくとして、戦場であれば罠、魔道具、お互いが抱える部下の有無も考慮に入れる必要があるからである。
ただし、最終的に自分が勝つにしても、相当な犠牲を強いられることだけは確実だった。
だが、そういった戦術的な観点から俯瞰できる計算力も含めて、辺境伯である彼にとっては戦闘力の一部なのである。
彼は僅かな時間に様々なシチュエーションを想定していき、結果的に自分が苦戦するほどの聖騎士団長を打ち破ったとされる、竜装具を纏いしガイウスなる者と、それを駆使した相手貴族の危険度に結論を出す。
「その男、このままでは危険だな。既に他国付きの戦士として懐柔することができないのであれば、消すしかない。でなければ、教国にとっても、そして魔族に対抗しうる人類の宝である聖女にとっても脅威になる。なにせ、単独で国の防衛の要である聖騎士団長を下せるのだからな」
「はっ! 仰せのままに。では我ら暗部は奴らの抹殺に向け────」
「まあ、待て。そう急ぐな。まだ話は終わっていない」
その口ぶりから暗躍を開始しようとした黒装束、もとい教国の暗部組織の者に向けて、ザルーグ辺境伯は待ったをかける。
彼としても確かにガイウスなる者の戦闘力は脅威であるが、ことはそう単純ではないのだ。
武術大会で優勝し注目を浴びてしまった他国の者を消すことによって生まれる国際問題や、その隠蔽はそう簡単ではない。
しかも、先ほどまでの話はあくまでも、懐柔できないのであればという条件付きの話だ。
であれば今後の指針をどうするかじっくり考えるべきだろう。
なにせ大会の優勝者ともなれば、少なくとも今回の注目選手として王城に呼ばれる。
今夜開かれる上位選手向けの夜会には、必ず出席することになるだろう。
つまり考える時間はまだまだあるのだ。
故に、何もそう急ぐことはあるまいと、焦燥感にかられる暗部に向けて溜息を吐いた。
「まずは比較的対応が容易で、戦士ガイウスの弱点であるだろうその子供の対処からだな。……ふむ、話によると、その子供は既に決勝の手前まで来ているのだったか?」
「はっ! このままいけば恐らく、聖騎士団長殿の息子である剣の申し子エインとの優勝争いになるでしょう。実力的にはこの二人が群を抜いており、ほぼ間違いなく現実のものになるかと」
なるほど、と彼は納得し思案する。
その報告が事実なのであれば、戦士と同じ特異な戦闘スキルを持つ子供が剣の申し子と決勝で体力を削り合うことになる。
そうすればどちらが勝つにしても体力は大きく削られるだろうし、なにより……。
「その戦士の使った戦闘スキルが、何の反動もなく運用できるとは思えん。一撃であの聖騎士団長に土をつけるなど、人間業ではないからな。となれば、武術大会にて子供がそのスキルを使うことを想定して、体力を失いつつある夜会で襲撃をかけるのが得策か……。そして、その上で我々が子供を救出する演出を加えれば、向こうの貴族は強くでることができまい」
いくらガイウスとやらが強くとも、しょせん彼を動かすのは主人である貴族。
その貴族に対し貸しが作れるのであれば、どうとでもなるという判断を下したのだ。
よって、ザルーグの中では既に子供を利用してガイウスに対する交渉札とすることが決定しており、一度優位な立場で交渉にさえ持ち込めれば、彼を懐柔する手段を用意できる自信があった。
そもそも、まず交渉というのは、準備の段階でどちらが優位に立っているかで結果が決まる。
その後の言葉で行う競り合いなど小手先の話で、本質ではないのだ。
最初に決まった力関係を覆せる交渉人など、そうそう存在しない。
「はっ! では、そのように……。ただちに襲撃班と救出班を分け、チームを作成いたします」
「うむ。だが、決して誰にも悟られるな。もし子供を狙ったのが悟られれば、全てが無に帰す。誰が、いつ何を、どこに手札を用意しているか分からないからこそ有効なのだ」
「承知いたしましたっ」
そう言って暗部は辺境伯の前から姿を消し、この国防の任を背負う大役を全うすべく散っていった。
そしてそれは辺境伯も同じ気持ちであり、この交渉が失敗すれば、教国最強の手札である聖騎士団長が敗れた我が国は威信を大きく落とし、聖女の存在すらも他国に揺さぶられる結果になるであろうことを理解していたのであった。
これは彼にとっても当然リスクのある賭けだ。
だが、武術大会が終わりかの貴族がこの国を離れてしまえば、もはや手遅れとなる。
この人間至上主義の教国に、わざわざダークエルフの妻と来訪するような国だ。
ここで手をこまねいているということは、どうしてもできなかった。
「しかし、ここまで全く、何の足取りも掴めないとは……。これほどにこちらの調査をすり抜けられてしまうと、もはや笑いも出ぬわ。まさか本当は、お忍びで来訪した貴族の、ただの物見遊山だったりしないだろうな……」
暗部が立ち去ったあと、報告を聞いているときからかすかに感じていた違和感。
その答えの一つとして、物見遊山という可能性を思い浮かべるが、そうであればどれだけ気楽なことかと思わずにはいられない、そんな辺境伯であった。
◇
「ん~、な~るほどね。そう来たか……」
「どうしましたか、旦那様?」
「いや、なんでもないよエルザ。こっちの話」
ちょっと聖女親衛隊、もといこの国の過激派クンたちの動向を探るべく、俺の下級悪魔百八の特技である、分身ミニカキューを彼らにつけて飛ばしていたのだが、ミニカキューから受けた報告を聞いていろいろ納得した。
どうやらあの暗部組織は諦めが悪く、今後アルスを狙って行動を起こすつもりのようであったのだ。
まったく、せっかく息子様が友達と仲良くなる気分の良いイベントだったのに、ここで水を差すとか言語道断である。
……だが。
「だが、これは使えるな」
「はい?」
「エルザ、ちょっと俺は用事ができた。少し離席するから椅子は確保しておいてくれ。まあ、アルスの決勝戦までには戻って来るよ」
「ああ、なるほど、また旦那様の悪巧みでございますね? なにかは分かりませんが、アルスのためになることであるなら詳しくはお聞きしません。それでは、お気をつけて」
はいよー。
エルザに分身ミニカキューのことを話したことはないので、何が起きているかは理解していないだろうが、俺がまたなにか突拍子もない事をしようとしていることは伝わったらしい。
勘の鋭い女らしいな。
さて、それじゃあ俺の方も準備に取り掛かるとしますかね。
せっかくアルスに友達ができそうなのだ。
であるならば、とことんこのイベントを盛り上げてやろうじゃないか。
次は深夜0時の投稿となります。




