【029】下級悪魔の手土産的な牽制
本日一話目になります。
今日午後12時に、もう一度お話を投稿させていただきます。
「やるな、あんた。この国の聖騎士団長は歴代で最強だと聞いていたが、その噂は事実だったわけだ」
悪魔たちが使う身体強化について考察を重ねている間にも戦いは進んでいき、お互いに一旦距離を取ったタイミングで、ついにガイウスが奥儀の構えをとりつつ、油断なく隙を窺いながらも会話を挟んだ。
「なんの、そちらこそ。やはりあの時、部下である門兵の無茶を止めて良かった。あなた程の戦士がその気になれば我が国は甚大な被害を受けていただろう。私が見た中でも最強の戦士であるあなたの不興を買う前に収められて、本当によかったと思っているよ。あの高貴なるご夫人も含めてね」
「そりゃ、気を遣わせたようで申し訳ねぇな」
遠く離れているために一般人には聞こえないほどの声量であるが、デビルイヤーを持つ俺には難なくその会話が届く。
やはりというべきか、なんというべきか。
教国に入る手前、街門のところで通行止めされたときに、既に聖騎士団長はこちらの実力をある程度掴んでいたらしい。
もっとも、俺のことはよく分かっていないみたいだけどね。
だがまあ、彼ほどの強者となればそう判断できるのも自然なことかもしれない。
そして、それ程の強者が認めるガイウスとエルザの二人がいたからこそ、門兵に無駄な犠牲が出る前に釘を刺したのだろう。
それに、亜人だ人間だとなんだかんだいっても、魔族という共通の敵を持つ中では結局運命共同体だ。
聖女という存在が表に出るこの時期には、どんな問題が起きるかも分からない。
故に、強き戦士の来訪はそういった意味でも歓迎だったのだろう。
「まあ、だからこそだな。そんな風に俺を高く買ってくれる戦士には、敬意を払わなきゃならん。そろそろ決めに行くぞ」
「むっ!?」
……おっと。
それはそれとして、そろそろ仕掛ける頃合いかな。
ガイウスの魔力が急激に高まっていき、周囲の空間を震わせる。
「試合で使うのは初めてだから、手加減には自信がねぇ。死んでくれるなよ、聖騎士団長殿。それじゃ────」
────究極戦士覚醒奥儀スーパーデビルバットアサルト。
その瞬間、観客の目からガイウスの姿が消えた。
いや、そう見えたであろうという意味なのだが、あながち間違いでもない。
なにせ、既に彼の剣は聖騎士団長の首元に突きつけられ、その水色に輝く氷竜剣の刀身が、試合の終わりを告げていたのだから。
あまりのスピードに対応しきれなかった聖騎士団長の剣は半ばから切断され、カラン、という音を立てて舞台に転がった。
誰が見ても文句のつけようがない、完全な決着である。
「そ、そこまで!」
舞台が緊張感に包まれる中、決着がついたと判断した審判が声をかけ、試合の終わりを告げる。
ふむ、どうやら我らが使用人は無事に優勝を果たしてくれたらしい。
「ん~。油断したな、あの聖騎士団長さん。まあ、初見だったらそうもなるか」
なにせいきなり急加速するんだもんな、あれ。
何かが来ると分かっていても、その速度を体感するまでは対応なんてできないだろう。
「いえ、油断とは少し違うでしょう。途中まではお互いに全力を出し合っていたのですから、油断ならない相手だとは分かっていたはず。ですが、だからこそ対応できなかった」
「つまり、技を発動するまえの実力と、発動したあとの実力で計算が合わず、不意をつかれたということか」
「その通りです。これは私たち暗殺者のやり方にも通ずる、意識の隙間を縫った暗殺術ともいえます」
なるほど、言われてみればその通りだ。
悪魔である俺からすれば、こんな身体強化は標準的な技術すぎて不意打ちにはならない。
しかし、人間の基準ではさきほどまでお互いに全力であったのに、急に何倍もの力と速度で攻められたら小手先とか関係なく不意打ちになるだろう。
納得した。
「だが、これでアルスの優位性が一つ失われたな。たぶん、この試合はあの剣の申し子とかいう子供も見ているだろう。まあ、それも一興だけどな。何事も経験だ」
「ええ。この世にそういう技術が存在すると分かっているのと、そうでないのとでは結果は変わってきます。しかし旦那様の仰る通り、アルスの修行という面で考えるのであれば、このような不意打ちに頼り優勝するよりも有意義な経験になるでしょう」
せっかくライバルや友達に恵まれそうなこの機会で、たかだかこの程度のことで決着をつけてしまったらもったいない。
アルスにはもっと熱いバトルを繰り広げてもらいたいからね。
であれば、ここでガイウスが実力を披露したのはファインプレーといったところだろうか。
よし、旅行が終わったら褒美に新しい技を教えてやるとしよう。
「やっぱりガイウスは強いや。僕も頑張らなきゃ!」
「おう、頑張ってこい。お父さんたちはここから応援してるからな。あの子たちとも友達になれるといいな」
「うん! それじゃ、いってくるね!」
そう言ってアルスは椅子から飛び降り、決勝トーナメントが行われる武術場へと走って行った。
本日も我が息子様はやる気満々である。
「ま、お互いに平等な条件と言う意味では、こんなところでいいかな? 聖女様の親衛隊クン?」
俺はそう独り言ち。
物陰に隠れてこちらを観察していた数名の者たちに向けて、彼らに伝わるギリギリの声量で呟いた。
全く、そんなこわ~い刺客を用意しなくても、正々堂々戦うっての。
いくらガイウスが予想以上の成果を挙げて、途中から無視できなくなってきたからといっても、あまりにも露骨すぎるだろう。
この物陰から観察している彼らはエルザが亜人種であることも警戒のうちに入っているのだろうけど、まったくこれだから人間至上主義の国は嫌なんだ。
そんなに亜人の従者が優勝したのが気に入らないのかねぇ。
「どういたしますか、旦那様。今ならアルスもいませんし、消しますか?」
「いや、いい。好きにさせておこう。どうせ教国も一枚岩じゃなかった、というだけのことなのだから。実害がない内は構うことは無い」
聖騎士団長が一人の戦士として戦いその結果に満足していたとしても、国の威信をかけている、という意味では納得できない輩もいるのだろう。
そういった輩の思惑も理解できないことはないので、手土産として先ほどまでの情報を口に出してやっていたのだ。
ガイウスが使った身体強化を、アルスも使えるという手土産をね。
そして今行った俺の牽制により、既に彼らの気配が散っていくのが確認できているので、もう構うことはない。
これ以上は危険であると、向こうも察していることだろうから。
「さて、それじゃあ次はアルスの勇姿を見学させてもらうとするかね。なぜかあの聖女様に関心をこれでもかというくらいに持たれているようだし、面白い事になりそうだ」
こうしてついに、武術大会子供の部、決勝トーナメントの幕が開いた。




