【024】暴走聖女、超特急
二度目の更新になります。
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「はぁ……」
教国の首都で開かれるパレード前の準備にて、その主役である中心人物の聖女は一人溜息を吐いていた。
しかもこの溜息、かれこれすでに三回目である。
自らを祝う祭りの最中であるというのに、彼女は自分専用にあつらえられた特等席でつまらなさそうに周囲を眺めていた。
「退屈ね」
「はあ、そうですか? ではボードゲームでもしますか、お嬢様?」
そして、その幼い聖女の呟きに気の無い返事を返す側近の少年剣士。
彼もまた幼い少年ではあるのだが、聖女が五歳になったばかりの幼女ともいえる年齢であるのに対し、彼の方は十歳ほどには見えるだろうか。
まるで何も知らない者が見れば、仲睦まじい兄妹のようにも見えることだろう。
たとえ、片や幼くして癒しの力に目覚めた回復魔法の使い手であり、片や周辺諸国でも剣の申し子と名高い少年剣士であったとしても、である。
「ねえ」
「なんでしょう、お嬢様」
「何度もいっているでしょ、そのお嬢様っていうのやめなさい」
「と、いわれましても、お嬢様」
「ぐぬぬ……」
そして、そんな関係の二人であるからこそ、ただの護衛剣士とその主君という間柄ながらも、このように気安い会話が繰り広げられていた。
しかしそうはいっても、この会話ではそれほど退屈が紛れなかったらしい彼女は思案する。
どうすればこの面倒なパレードが面白くなるか。
どうやれば自分の退屈が紛れるか。
彼女が大人であったなら到底そんな思考はしなかったであろうが、聖女とはいえしょせんはまだ五歳。
まだまだ我儘盛りの彼女にとっては、周りの迷惑を顧みる人生経験が足りていないのであった。
「そうだ! エイン、あなたが私を連れ戻すために、ここから私を連れて脱出すればいいのよ!」
それからしばらく思案したあと、突拍子もないことを思いついた彼女は、エインと呼ばれる少年剣士に本末転倒な指示を下す。
ようするにこれは、退屈しのぎに聖女である自分がこのパレードを脱出するから、黙って見逃して、ついでに道中の護衛もしなさいという提案であった。
確かにその方法であれば、いつの間にか消えた聖女を連れ戻すために少年剣士は奔走するという名目で、言い訳が成り立つ。
あくまでも、護衛であるエインが納得すれば、という前提つきではあるが。
「はあ、全く意味がわかりませんが、お嬢様。頭のほうは大丈夫ですか? いいえ、大丈夫ではありませんね。まあ、いつものことですが」
「なんで分からないのよバカね! エインはバカだわ! いつも剣ばかり振っているから勉強が足りないのよ? あなたはもっと、私のように賢くなりなさい。それじゃ、いくわよ!」
思い立ったが最後。
護衛であるエインが諭そうとする間もなく、妙に自分の作戦に自信ありげな幼女が準備中のパレードを脱出した。
あまりに躊躇なく、勢いよく飛び出したせいでパレード前の馬車から人間が消えた事に誰も気づかない。
いずれは居なくなったことに気付くだろうが、そもそも聖女の誕生日パレードという名目で開かれた祭りも、馬車の外に出ることのできる人物は教皇である彼女の父親だけだったからだ。
暗殺を警戒するあまり、主役であるはずの聖女は小さな窓のついた馬車の中でにこやかに笑い、ときおり手を振るだけの退屈な仕事であったが故に、今回の事件は起きた。
「ひゃっほぉーーーう!」
「お嬢様、お待ちください」
「いやよ! この爽快な皇都巡りをやめられるものですか! これが私の、五歳の誕生日を賭けた、聖女ダッシュ!」
そうして見事脱出を果たし、ドレスの裾をなびかせながらひた走る、暴走幼女。
しかもこの幼女、五歳のわりには異様に素早い。
その小さい体躯も相まって、こうなってしまえば一般人で捕まえられるものは中々いないだろう。
「やれやれ……。この馬鹿聖女、無駄に足が速いんだから……」
「何か言ったかしら?」
「いえ、なにも」
そしてそんな暴走幼女に何食わぬ顔で並走する彼もまた、剣の申し子と呼ばれるだけの実力が十分にある護衛であった。
これがただの兵士どころか、そこらの標準的な聖騎士レベルであっても既に姿を見失っていたことだろう。
「右! 左! 右! 左、左、左! 次が急カーブよ!」
「もう勝手にしてください。あとで教皇様に怒られても知りませんからね」
「大丈夫! お父様は私にとても甘いから! 怒られるのはエインだけよ!」
しかも、この幼女は意味もなく計算高い。
このようなヤバい幼女が聖女で大丈夫なのかと、護衛であり幼馴染でもあるエイン少年は疑問に思うのであった。
そうしてしばらく嵐のように爆走した後、とりあえず満足したのか、一息ついた聖女は言った。
「あれ、ここはどこかしら?」
「俺が知る訳ないんだが?」
エイン少年、若干キレ気味である。
「むぅ。それにしても、汚い場所ね。皇都にこんな場所があったなんて、知らなかったわ。まるでゴミ捨て場じゃない」
「…………」
いわゆるスラム街と呼ばれる場所に辿り着いた暴走幼女は、あたりを見回して、その場所の嫌な臭いに鼻をつまんだ。
この世界ではどこの国、どこの町にもこういった場所は存在するのだが、いままで蝶よ花よと育てられてきた聖女はもちろん、護衛の任につくまではひたすら訓練を積んでいたエイン少年も、こういった場所への知識は存在していなかった。
故にエイン少年はすぐさま警戒し、この場所の空気感を察知した。
「……いけません、お嬢様。ここからは暴力や悪意といった負の気配が感じられます。急いで脱出しましょう」
「んぁ?」
さすがは幼くして剣の申し子と呼ばれ続けた天才剣士。
戦いの気配に敏感な彼は、こういった空気感を察知する天性の勘を備えていたらしい。
だが、その判断は少しばかり遅かったようだ。
「おいおい、貴族のガキ共が二人も揃って、こんな場所になんの用だぁ? へっへっへ」
「そうだぜお前ら。ここはちょぉ~っと、危ない場所だからよぉ、俺たちがここから先は案内してやる。なに、騒がなければ痛い思いはしないで済む。じっとしてな」
既に金の匂いを嗅ぎつけた荒くれ者、ゴロツキといった連中が二人を取り囲みニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていたのである。
「な、なによあんたら! やる気!?」
「おうおうおう。活きの良いお嬢ちゃんだ。こりゃ楽しめそうだぜ」
「おい、やめとけロリコン。せっかくの獲物に傷をつけてどうすんだ」
「ガハハハ! 違いねえ!」
荒くれ者たちに囲まれてなお、少しばかり驚きつつも負ける気のない暴走幼女が、シュッシュッシュ、と幼女パンチで威嚇をはじめる。
だが、そんなものが脅しになる訳もなく、荒くれ者たちを盛り上げるだけにとどまってしまうのだった。
「ぐ、ぐぬぬ……! なんでビビらないの!? 仕方ないわ。こうなったら、エイン! やっておしまいなさい!」
「やれやれ……、仕方ありませんね。これでも俺、お嬢様の護衛ですし」
「お、やるのかボウズ? こりゃいい! 傑作だ!」
「ふふん! 逃げるのならいまのうちよ? 私の護衛は、つよいんだから!」
そうして睨み合う両者陣営。
片や荒くれ者数人に、片や少年剣士一人。
いままさに、両者が激突しようとした、────その瞬間。
「あれ? おじさんたち、暴漢、ですか?」
何も事情を理解していない、金髪の五歳児が、現れたのだった。
その五歳児の名を、アルスという。