【022】家族旅行
アルス五歳の誕生日におけるサプライズプレゼントとして、家族旅行を決行してから一週間。
本日も我が息子様は見知らぬ世界に興味津々で、胸をときめかせていた。
家族旅行は一応、いつもは特に用事のない西大陸の主要都市を一周するまで続けるつもりだが、どこかでアルスの興味を引くような何かがあれば長く留まってもいいと考えている。
まあ、特に何かに追われている訳でもないし、時間はあるのだ。
ゆっくり数ヶ月くらいかけて西大陸を一周すればいいだろう。
「あははははは! ガイウス、みてみて! 茶色いトカゲが馬車をひいてるよ! すごいすごい!」
「おう。あれは地属性の最下級亜竜に属する、レッサーコドラだな。野生のC級魔物を卵から飼育して、人間の言う事を聞くように調教されているんだ。南大陸じゃ見ない生き物だが、教国の隣国である、この竜騎士を擁する王国ならではの騎乗生物だぞ」
「へぇー! じゃあ、あれは?」
「ああ、あれはな……」
などなど、街中をかけずり回るアルスに、護衛のガイウスが連れ添い逐一解説を挟んでいた。
改めて思うが、やはりそれ相応の経験と冒険を積んだだけあって、高位冒険者の知識は侮れない。
戦士としての技量はもちろん高いが、それだけでは冒険者の最高位にまで上り詰めることはできなかっただろう。
彼はただの筋肉バカなどでは、決してないのだ。
そして、そんなガイウスの知識にアルスも感心しきりだ。
五歳になる今までは、基本的に南大陸の決まった街にしかお遣いに行かせていなかったから、こうして色々な街を見学させることはとても息子の好奇心を刺激するのに役立ってくれているらしい。
いやあ、この旅行を計画してよかった。
「あんなに喜ぶなら、もうちょっと早くこの計画は実行するべきだった。う~む、子育ては難しいねぇ」
まあ、だからこそ俺以外の者にも手伝ってもらっている訳だけどね。
俺一人じゃ、どんな風に育てたら良いかなど分からなかったから。
しかしそんな事を言ったあと、隣で微笑ましくアルスのことを見守っていたエルザが首を振った。
「いいえ。そんな事はありません、旦那様。アルスがあれほど感受性豊かに喜びを得られているのは、私たちの教育が正しい方向に実を結んでいるからです。世界を美しくみるためには、その者の心も美しくなくてはいけないのですよ? 故に、この家族旅行計画を実行するタイミングは、ある程度の教養が得られた今だからこそ効果的なものでありました」
と、そんな事を言う。
確かに、言われてみればその通りだ。
この好奇心も、興味も、喜びも、全てはそれを感じ取れるだけの下地があったからこそ得られるものだ。
まったく、この女には敵わないな。
父ちゃんとして頑張っているつもりであるが、母として、親としての能力は俺などでは到底及びもつかない。
だが、そうだからこそ、俺は彼女のことを認めているのだけどね。
「ああ、そうだな。エルザの言う通りだ」
「ええ、当然でございますとも」
ちなみに、今巡回している旅行ルートは以下の通りだ。
まず最初に訪れたのはアルスの真の故郷、開拓村。
あれから五年が経ち、今では廃村として誰も立ち寄らない区域ではあるが、それでも一度はアルスを連れて墓参りはせんとなということで立ち寄った。
とはいえ、俺が世話になった村の人々が幸せにくらしていた跡地だ。
当然その管理はおろそかにはしていない。
村人たちの墓を用意したあと年に一回程この村に一人で墓参りに訪れ、そしてその墓が魔獣や野盗に荒らされないよう、誰にも知られないように結界を張り巡らせ村を守っている。
当初アルスやエルザはなぜこんな何もない場所に訪れたのか理解していなかったようだが、今までの冒険で仲間を失う機会も幾度かあっただろうガイウスだけは、この真意を察してくれた。
きっと顔に出ていたのだろう、彼は困惑し墓の前で立ち尽くすアルスに向けて肩を叩き、「いずれ分かる時が来る。今はただ、お前のオヤジの覚悟を見守ってやるんだ」と言ったのだ。
当然ガイウスとて、ここでアルスを拾ったことを理解した訳ではない。
ただ、ここに大切な何かがあったことだけは、伝わったということなのだろう。
そしてその後はかつての開拓村から近い順に各国の王都を巡っていき、たまに趣味で野宿をしながらもこの竜騎士を擁する竜王国に辿り着いたのであった。
「でもって、次の国となるといよいよ教国か。あそこはなぁ、差別が酷いんだよ」
この世界にどういった国があるか、見分を広めるためにも一度は連れて行きたい場所ではあるが、人間至上主義を掲げる国にはなるべく近づきたくない。
なんせウチにはダークエルフの女性であるエルザママがいるのだ。
亜人である彼女が近づけばどうなるかなど、語るまでもないことだろう。
それにもし教国で自らの母が侮辱されたとなれば、まだ自制心の利かないアルスが暴走してしまうかもしれない。
まあ、そうなったらそうなった、だけどね。
俺も聖騎士たちには一杯食わされているんだ、少しはお灸をすえてあげることになるだろう。
「私のことはお気になさらず、旦那様。もしアルスに悪影響を及ぼしそうな害虫が出現しましたら、虫語を話す前に威圧で失神させますので。教育にはなんの問題もありません」
「いや、それはそれでどうなんだ」
それって、あとで問題にならないか?
ま、まあ、王侯貴族に詳しいエルザが自信をもって対応すると言っているのだから、大丈夫なのだろう。
うん、きっとそうだ。
「じゃあ予定通り、次は教国だな。明日までにここを出発しよう」
さて、何もなければいいのだが……。
そう思った所で、エルザから待ったがかかった。
「承知いたしました。それと旦那様に少々ご報告が……」
「ん? なに?」
「どうやら次に向かう教国で、聖女五歳のお誕生日パレードなるものが開かれるらしいのです」
ん?
それが?
というか、あの国に聖女なんて生まれていたのか。
しばらく西大陸には開拓村にしか用事がなかったから、知らなかった。
「へー、アルスと同い年ねぇ」
「はい。そこで、聖女五歳のお誕生日を記念して武術大会が開かれるらしいので、旦那様とアルス、ガイウスも出場なされてはいかがでしょう? 大人と子供の部で別れて開催されるそうですよ。なんでも、子供の部には剣の申し子と呼ばれる天才も参加するのだとか、なんとか」
へー。
え……、それで?
「本音は?」
「私の息子であるアルスを差し置いて、たかだか少年剣士ごときが天才などとおこがましい。身の程を分からせてあげます。旦那様とガイウスはアルスのついでですね。興味がないので、目立たない程度に好きになさればよろしいかと」
「急に辛辣ッッッ!!」
辛辣すぎる!
さっきまでの、「一緒に歩んでいきましょう旦那様」みたいな空気はどこへいったのエルザさん!?
いやまあ、アルスを応援したいのは分かるけど!
俺やガイウスが目立ったら邪魔なのは分かるけど!
「はぁ……。分かった。出ればいいんだろ、出れば。アルスにも伝えておこう」
「フッ。それでは私は、外野で応援しております」
だが、悪くない提案ではある。
こうしてアルスに経験を積ませることは、さらなる成長につながることだろう。
アルスは強いが、対人戦の経験は浅いからね。
なら、ここで大会に出場するのも、一興というものだ。




