【019】戦士の忠誠
南大陸の森奥深く。
そこに聳え立つ、自然豊かな森には似つかわしくない荘厳な城にて、とある儀式が行われようとしていた。
儀式の中心となるのは水色と白を基調とした竜装具を身に纏う、大男。
巨大な魔法陣が光を放ち、一人の大男を中心として魔界へとつながる扉を開こうとしていたのである。
「がんばってねー! ガイウスー!」
「頑張りなさいガイウス。旦那様とアルスが応援しているのです、我が家の使用人として無様な真似は許しませんよ」
「おう、任せてくれや!」
そう、大男とはガイウスのことである。
一年半前、初めてのおつかいで使用人を購入してからしばらくが経ち、アルスは五歳の誕生日を明日に控える元気な子供に成長していた。
五歳といえば、七五三の、あの五歳である。
こりゃあ気合い入れて誕生パーティを開催しなくてはならん、という事で思いついたのが、これ。
何を隠そう、ガイウスのリベンジ企画であった。
「よし、準備はいいなガイウス!」
「もちろんだご主人よ。これだけの装備を整えてもらって、たかだか魔族の一匹に後れを取るだなんてヘマはしねえ。誰が見ても納得できる勝ち方をしてやるぜ」
「その意気だ!」
既に準備は万端。
庭には視力を失う原因ともなった呪いを逆探知し、魔界からこの城の庭へと魔族を召喚する魔法陣が描かれている。
少しこの陣の制作には手間取ったが、これでピンポイントに呪いの元凶を駆除できるだろう。
いざとなったら俺がその魔族をしとめるつもりであるが、まあよっぽどのことがない限り負ける事はないだろう。
それくらいに今のガイウスは装備によって強化されているし、なによりこの一年半の間に、アルスへの英才教育の傍らで彼には悪魔的特訓を施している。
いまのガイウスは既に人類の限界を軽く超えているはずだ。
目が完治した万全の状態であるのであれば、もしかしたら、スノードラゴンとも一対一であれば互角に戦えるかもしれない。
そのくらいの強さである。
「それではカウントダウンいくぞ! スリー! トゥー! ワン! ────ゴー! ファイト!」
「るぅぅううううぉおおおおおおおお!!!!」
俺が魔法陣を起動すると共に、ガイウスが咆える。
その大声量に含まれた魔力によって空間はビリビリと震え、周囲の地面がひび割れた。
これがこの男の持つ戦闘用スキル、戦士の咆哮だ。
いわば呪文の代わりに魔力を纏った咆哮で行う、特殊な身体強化魔法といった技術なのだろう。
やっていることは呪文でも咆哮でも、なんでもいい。
ようは最初から全力で勝負にあたるという、その意気込みが伝われば十分なのだから。
そうしている間にも魔法陣は正しくその役割を果たし、中心に立つガイウスから少し離れたあたりに、とある一つの人影を創り出していった。
ふむ、この姿は白衣をまとった研究者、といったところだろうか。
なんとなく俺と同じで錬金術が得意そうであるが、あまり戦闘が得意そうには見えない。
まあ、良く言えばサポートタイプ、悪く言えば雑魚だな。
もっとも、雑魚であっても普通の人間には手に負えない程の強さがあるだろうけども。
冒険者ランクでいったらB級くらいか?
三歳の頃のアルスと同じくらいの強さだな。
「三歳と同じレベルの魔族って……。ププッ」
おっといかん、感想が漏れた。
いまはそれどころではない、決闘の観戦に集中しよう。
「……む? ここは、どこだ?」
「突然すまねぇな魔族さんよ。ちょいと数年前の借りを返してもらう為に、こうしてご主人の力を借りてお呼び立てさせてもらっているぜ。さて、それじゃあ、まあ────」
────構えろよ。
ガイウスが殺気の籠った声でそう言うと、魔族の方も目の前の大男に興味を持ったらしい。
まあ、一見するとこの場で一番強そうなのは氷竜装具を身にまとい気合十分なゴリゴリマッチョだろうからね。
自分に向けて殺気を放つ戦士を最初に警戒するのも無理はないか。
「おい、そこの人間。貴様誰に向けて武器を構えている。それにここはどこだ? 人間界ではあるようだが、こんな場所に転移した覚えはない。……もしや魔力実験による事故か? いや、しかし……。ふむ、そうだな。そこの人間よ、特別に楽に殺してやるから、私の質問に答えろ」
うおおおおおおお!
いきなり壮絶な煽り来ましたわ!
これだよこれ!
こういう展開を待ってたんだよ!
人間をムシだのニクだのゴミだのとしか思わない、期待を裏切らないこの傲慢さ!
懐かしの地獄界を思い出すね!
さて、どう出るガイウス!
「……そうか、そうか。まさかとは思っていたが、お前は俺のことすらまともに覚えちゃいねぇようだな。くくっ、こりゃあ傑作だぜ。多対一とはいえ、一度は土をつけられた戦士の矜持としてお前が構えるのを待ってやるつもりだったが、やめだ」
「なに? 何を言っている人間! 質問に答え────」
「────死ね」
一閃。
たったの一閃で、勝負が決した。
氷竜の牙から錬金された大剣は魔族の肉体を易々と引き裂き、左肩から斜めにバッサリと、その身体を真っ二つに両断したのだ。
まさに戦士として極限まで研ぎ澄まされた能力から発せられる、一切の油断も、驕りも、躊躇もない最強の一太刀であった。
完璧な勝利である。
「はっや。もう終わったんだが?」
「あれっ!? あれっ! どうなったの? 前が見えないよお母さま」
「見てはなりませんアルス。まだあなたには刺激が強すぎます」
とはいえ、人型の種族が両断されるというあまりにもショッキングな映像であるため、エルザは情操教育上で問題があるとしてアルスの目を両手で塞いでいる。
いや~、まあ昔のガイウスが一人で複数を相手にして引き分けたといったくらいだから、まず負ける事は無いと思っていたけど、結構あっさり終わったね。
いいことなんだけど、熱いデュエルを期待していた俺としては肩透かしである。
まあ、それでも勝ちは勝ちだ。
相手が油断していたとか、最初からガイウスが戦闘モードだったとか、そういうのは関係ない。
それがこの戦いの結果であり、全てだろう。
「おつかれガイウス。死体は放っておけば向こうに返送されるから、放置でいい。それよりも目はどうだ? 治ったか?」
「……ああ、見える。見えるぞ、ご主人よ! うおおおおおおおおおお!!!」
呪いをかけた対象が消えることにより、徐々に視力を取り戻してきたことで実感がわいたらしい。
庭で獣のように雄叫びを上げるガイウスはしばらく歓喜に打ち震え、大剣を手放し膝立ちで空を仰いでいた。
いくら戦士としての強靭な精神力で耐えていたとはいえ、かつて見えていた光が見えないというのは相当なストレスだったはずだ。
こうして自分の力でそれを取り戻した事が、戦士としてとても誇らしいのであろう。
そうしてしばらく経ち、魔法陣の効果により魔族が向こうに返送された頃くらいを見計らって、エルザの手から脱出したアルスが声をかけた。
「目が見えるようになったの!? よかったねガイウス!」
「ありがとう! ありがとうアルス! そしてご主人、エルザ夫人! 俺は、この恩を一生忘れないぞ! いまここで、再びあなたたち家族に忠誠を誓おう!」
一々大げさなやつである。
だが、このクソマジメなところも彼のいいところなので、あえて言うまい。
「えへへ。なんだかよく分からないけど、ガイウスが嬉しいならよかった!」
「そうだな、その通りだ」
そう、こいつらが嬉しいならそれでいいのだ。
言ってしまえばこれはアルスの誕生日プレゼントなのだから、合理性など求めたら負けと言うものだ。
……と、そう考えていた時、魔法陣の方で何かが蠢いたのであった。
「あ、やべ。送還したまま魔法陣消すの忘れてたわ」
もしかして、送り返した先の魔界から、またなんか来るのか?
やっば、やらかした。