【018】父に憧れる息子
「ほらアルス、これが父ちゃんの本気の姿! デビルモードだ!」
「うわー! お父さんすごい! カッコいい!!」
「はははは! そうだろう! そうだろう!」
はい、どうもカキューです。
午前中にエルザママの礼儀作法を一発合格で終わらせた我が愛しの息子のために、午後の野外授業は少し張り切ってスノードラゴンの群れを相手に戦っていた。
背中からは漆黒の翼を生やし、額には二本の巻き角を、そして悪魔の尻尾を生やした俺の本気の姿である。
未だかつてこのデビルモードを家族の前で使ったことは無かったので、これが初のお披露目である。
きっとアルスなら受け入れてくれるだろうと思っていたが、案の定この姿の俺を見た我が愛しの息子様はキラキラした目で応援してくれていた。
うむ、父ちゃん大満足だぞ!
ちなみに、たかだかスノードラゴンの群れを相手するくらいで、俺が本気を出す必要など微塵もない。
人間であればS級を超えるバケモノである最強の魔物、食物連鎖の頂点たる属性竜ではあるけどね。
このスノードラゴン一匹の脅威度は、人間のランクで表せばSS中位、といったところだろうか。
もちろん、SSなんていうランクはこの世に存在しないため、あくまでも暫定である。
そしてそんなバケモノが群れを成しても立ち向かうことすらできない化け物が、悪魔という存在である。
仮にデビルモードをランクで表すなら、SSSをさらに超えて測定不能のEXといったところだろうか?
まあ、そこまでいったらランク付けに意味は無くなってくるんだけどね。
高位の存在になればなるほど、相性とかも影響あるし。
そんな感想を抱きながらもしばし戦闘を続け、スノードラゴンの群れを追い返し一息ついた。
皆殺しにすることはもちろん可能だが、しかし意味もなく生き物を虐殺する価値観は持ち合わせていないので、必要になる素材を回収してからは適当にあしらうように竜たちの相手をしていた。
回収したのはスノードラゴンの牙一本と、多少の鱗だけ。
それでも属性竜ともなればかなりのサイズになるし、大剣と鎧を作るだけなら、これで十分だったりする。
「ふう、終わったか。存外しつこいやつらだったな」
「お父さんすごい! すごい! あはははは! わーーーーーい!」
「ははは。アルスが喜んでくれて父ちゃんも嬉しいぞ。ただ、まだアルスが戦うには早い相手だから、一人で立ち向かってはダメだぞ?」
父親である俺の大活躍を見たからか、すごいすごいと半狂乱になって喜ぶのは見ていて気持ちがいいが、それで僕もやってみるとなってはさすがにマズい。
将来はまだしも、今すぐにはちょっと無理だろうから。
たぶん、アルスが成人するくらいの頃になったら余裕をもって相手ができるかな、といった感じだろう。
そうして一先ずの用事を終え、戦場となったこの場で素材の確認をしていると、さきほどまで半狂乱になって喜んでいたアルスが黙り込み、何かを夢想するかのように空を見上げ呟いた。
「僕も……、いつかお父さんみたいになれるかな……」
それはとても小さな呟きであり、普通の人間であれば聞き取れないほどの声量であっただろう。
だがこの悪魔の標準装備であるデビルイヤーには明瞭に届いてしまい、振り返った俺にはその感情の内まで見えてしまうことになった。
その感情は憧れと、未来への期待。
そして同時に、ほんの少しだけある未来への不安であった。
大きな期待の中にある僅かな不安か……。
そうかそうか、ならばその不安だけ父ちゃんが取り除いてやろう。
「そうか、アルスは父ちゃんみたいになりたいのか」
「うん。なれるかな?」
「ああ、きっとなれるぞ。なんたって、お前は俺の息子だからな」
そう答えると、アルスの表情にはパァっと花が咲き、心の内からは綺麗に不安が取り除かれた。
親としてどう接していいのか、何が正解なのか。
そんな誰もが悩む難題に正しく対応できるほど賢い俺ではないが、二千年生きた地獄の悪魔として、人の心の隙間を知り言葉で埋めるのは悪魔の本能とも言える技術の一つでもある。
今回はそれを使い、アルスの不安を取り除いたに過ぎない。
いわゆる悪魔の囁きとも言われる人心掌握術だが、どんな力も使い方次第だ。
この無駄に使い勝手の良い薄っぺらな力も、アルスの不安を取り除くために行使できるのであれば、価値もあるだろう。
「ほんと!?」
「ああ、本当さ」
「えへへ……。それじゃあ僕も、いつかお父さんみたいな翼と、角と、尻尾が出せるようになるんだね。はやくできるようになりたいなぁ」
「うん、そう……、エッッッッッ!?」
エェッッッッッッ!?
いや、そっち!?
お父さんみたいにカッコよくって、強さじゃなくて、見た目の話!?
それは無理だよアルス!
人間にこんなもの生えてこないよ!
しまった、子供の純粋さを完全に読み違えていた!
そうだよなあ、アルスは俺の実の息子だと思ってるんだから、その血を引いている自分は同じことができるようになるはずだと、そう思っちゃうよなあ。
まだアルスには魔族の知識とかないだろうし、大人になったらみんなこれができると思っていても不思議ではなさそうだ……。
し、しまったぁーーーー!
「い、いや……」
「どうしたの? お父さん」
「な、なんでもないぞ? あははははは!」
「えへへ……」
ダメだぁーーーー!
こんな嬉しそうな顔で信じちゃってるのに、「やっぱムリ」なんて言えないよ!
この俺を軽く会話しただけで追い詰めるなんて、アルス、恐ろしい子!
きっと将来は、悪魔よりも恐ろしいパワーを身に着けるに違いない。
だが、ここで否定できない以上、いまは誤魔化しておくしかない。
いつか大人になれば忘れてくれるだろう。
うん、そうだ、絶対そうだ。
「だ、だけど、このことは内緒だぞ? これはお父さんの必殺技だからな。隠していた方がかっこいいんだ」
「分かった! 僕、誰にも言わないね!」
ヨシッ!
完璧だ!
これで誰にも言わずに黙っていれば、そのうち黙っていた事も忘れていくことだろう。
話題にさえ出さなければ、きっと子供のころの夢なんて、そんなもんである。
ふふふ、ちょっと今のは焦ったぜ。
「それじゃあ帰るか」
「はーい」
その後、やたら機嫌の良いアルスを連れて南大陸の拠点へと戻り、何があったのか訝し気なエルザにひやひやしつつも、ガイウスの装備を整えたり、オフトン様の二度寝が再び失敗したり、家族でお買い物にでかけたりとしながら毎日は過ぎて行った。
そして、それから約一年半後。
ついにアルスが五歳の誕生日を迎えようとした頃、ガイウスのリベンジに向けての準備が完全に整ったのであった。