【017】アメとムチ
ガイウスの装備を錬金すると決めた翌日、俺はさっそく必要となる素材集めを開始することにした。
そうだな……。
最初は北大陸のスノードラゴンあたりを探ってみようか。
あそこに生息する氷竜の牙はこの世界の素材の中でも硬度と魔力親和性に富んでいて、装備素材としての価値に優れている。
硬度だけならば地竜からとれるものが最適解なのだが、錬金術は腐っても魔法だ。
故に魔力親和性という要素を無視することはできない。
ここらへんが鍛冶で作る武器と、魔法で創造する武器の差といってもいいかもしれない。
「ま、何はともあれまずはメシだ、メシ」
今日の俺は暇ではないので、寝坊せずに起床し家族であるアルスやエルザと一緒に食事をとっている。
本当はここにガイウスのやつも混ぜてやりたいのだが、本人は使用人でしかない自分がそこまで規律を緩めたらおしまいだと言って譲らないので、仕方なくこの三人で一家団欒という訳だ。
エルザも昔は使用人としての立ち振る舞いを厳かとしていたが、一応奴隷からも解放されたアルスの母親なので、本人には線引きとして、あくまで家族という位置づけで俺が納得させた。
はやくこの頑固な男を席に座らせてやりたいものである。
まあ、本人は自分の料理をおいしく食べてくれる俺たち家族を眺めているだけで満足みたいだから、なかなか難しいかもしれないけどね。
「旦那様。本日のご予定は?」
「ああ、今日はガイウスの装備を錬金するために北大陸に素材集めをしにいく。主な狙いは氷竜だな。あいつは素材としては超一級だ」
「承知いたしました。では、私は旦那様が留守の間、アルスに礼儀作法の教育を施しておくことに致します」
エルザはそう聞くと、すぐさま予定を頭の中で組み立て始める。
おそろしく簡単に礼儀作法とか言っているが、その内容は計算されつくし、内容もかなりハードなのだろう。
アルスがとても嫌そうな顔をしてしまっている。
しかしこれは元々、王族貴族と接することの多い国仕えであった彼女だからこそできる教育である。
将来アルスを立派な男にするためにも、欠かす事のできない要素なのだ。
こればっかりは、駄々をこねられても妥協する訳にはいかない。
「で、でも僕、お父さんのお仕事についていきたいな~? え、えへへ」
「うっ!?」
「くっ!?」
そして繰り出される超ド級のエンジェルスマイル。
駄々をこねても無駄、なんて思っていた時期が俺にもありました。
その天使の微笑みに俺とエルザの決意は一瞬で吹き飛び、もはや抵抗も許されずに瓦解しようとしていた。
もはや敗北寸前である。
まさか微笑み一つでこの状況を覆すなんて、アルス、恐ろしい子!
これでは礼儀作法の教育など、どうでもよくなってしまうではないか!
しかしそう思った直後、思わぬところから援軍が舞い降りた。
「ダメだアルス」
「ガイウス?」
なんとガイウスが会話に割って入り、釘を刺したのだ。
家族の会話に割り込んだことを詫びているのか、こちらに向けて一礼しているので決して失礼な態度ではないのだが、珍しいこともあるもんだ。
「……まず、お前のオヤジとオフクロの教育方針は正しい。将来アルスが何を目指すのかは知らないが、お前程のやつならいずれ王侯貴族といった連中と接する機会もあるだろう。その時に礼儀作法を身に着けていなかったら、恥をかくのはお前だけではない。……お前の大切な家族が周りから冷笑され、馬鹿にされるのだ。お前はそれに、耐えられるのか? それで、いいのか? お前はそれで、納得できるのか?」
まくしたてるようなガイウスの言葉にアルスは瞠目する。
いくら能力が高くともまだ三歳児なのだから、きっと王族や貴族がどういったものかは正しく認識していないだろう。
きっととても偉いんだろう、くらいの感覚のはずだ。
だがそれでも、状況は理解できたらしい。
俺とエルザが自分のせいで周りから馬鹿にされると知った時のアルスの心には、焦り、そして怒りの感情が見え隠れしていた。
「いやだ!」
「そうだな。それは嫌だな。……だからアルス、お前はちゃんとエルザさんの教育を受け、立派に育て。ここでわがままを言ってはいけない。この局面でそれを言うのは、違う。分かるな?」
「うん、分かったよガイウス。……ありがとう」
「ふっ、いいってことよ」
これは驚いた。
基本的に息子に激甘な俺とエルザだが、こうしてわがままを言おうとしたアルスにしっかりモノを言ってくれる存在は大変にありがたい。
たとえアルスが三歳児にしては賢くとも、どれだけ純粋で素直な良い子でも、どこかで道を踏み外してしまいそうになるときはあるだろう。
しかしそんな時に、このような男が傍に居れば必ず踏みとどまれるに違いない。
いや、これは本当にいい買い物をした。
これはより一層気合を入れて錬金に力を入れなければならないな。
もはや俺は、この男を完全に認めていたのである。
だが、そうだな。
それならこうしようか。
「……そうだな、ガイウスの言っていることは正しい。だから、もしアルスが今日の課題を全て一発クリアできたら、午後から素材集めに連れて行ってやる。それまでは待っておいてやるから、ちゃんと勉強しろよ?」
そう言うと先ほどにもまして表情が明るくなり、アルスは満面の笑みを見せる。
まあ、このくらいの褒美はむしろ与えてあげるべきだろう。
その方が勉強の効率もあがるし、なにより仕事には報酬が必要だ。
それこそがモチベーションに繋がるんだからな。
「やれやれ、甘いなご主人は」
「いいんだよ。これも役割分担。適材適所ってやつさ」
こうして午前中はエルザママによる礼儀作法のお時間、午後は俺による野外実習ということで方針が決定したのであった。
ちなみに、アルスが課題を一発合格したのは言うまでもないことだろう。
評価や感想などあれば、モチベーションとてもあがります。