【016】ホタテのポーチ
天界を飛び出したメルメルがタマゴの孵化作業に目覚め、下界にあるどこかしらの火山へと旅立った頃。
初めての冒険から三年が経ち、エキナたち子供世代にも若干の成長が見られた頃合いにて。
この三年間で様々な技術を習得したエキナはついに冒険者として正式登録をすべく、フラダリアに連れられて冒険者ギルドへとやってきていた。
現在は最近仲良くしている先輩冒険者である、前の冒険で助けた少年のパーティーとなにやら雑談をしているようだ。
エキナがベルトに取り付けられたホタテ型のポーチを自慢して、どうみても収納できそうのないサイズの錬金グッズを取り出し手品を披露しているところである。
小型のホタテポーチから次々に出てくるアイテムの量や重さを想像し、少年たちのリーダーが代表してアーティファクトなのかどうか質問しているくらい、本来はありえない現象。
しかしネタを知っているフラダリアからすれば、凄いのはアーティファクトそのものよりも、そんなものをポンポン作っては娘のエキナに渡す下級悪魔のアイテム製造力だと思っていた。
実物を見てどうにか重量軽減の魔法陣を盗めないか試行錯誤しているようだが、知能に全振りしているフラダリアをもってしても難解すぎて理解不能。
描かれている魔法陣はまさに複雑怪奇で、なにをどうやったらこの小さなポーチに重力を制御する術式を組み込めるのか全くの謎であった。
恐るべし下級悪魔。
地球の科学と魔法が融合した地獄歴二千年の英知は、決して伊達ではなかった。
「へへへ、どうよこれ。あたしのポーチかわいいだろ? 昨日とーちゃんにもらったんだぜ」
「と、とーちゃんに……?」
「そっ! ほ~し~い~?」
自分のお尻方面に取り付けられているポーチを見せつけて、フリフリと腰を振って挑発するエキナ。
見た目は八歳のガキンチョがただ遊んでいるだけなので、既に成人を迎え十七歳になった少年たちに欲情するような趣味趣向は無いが、このアーティファクトを欲しいかといわれて正気を保てるかはまた別の話。
少年たち、……いや、もう成人しているので青年だろうか。
青年たちが食い入るように腰のホタテポーチを見つめていれば、はたから見た時に八歳の少女に冒険者の男集団が欲情して、性的に襲おうとしている現場にも見えてしまう。
それを知っていてあえて挑発するエキナも相変わらずの小悪魔っぷりだ。
周囲からヒソヒソという声が聞こえてきたタイミングで青年たちも乗せられていたことに気付き、覚えてやがれ、といういかにもな捨て台詞と共に去って行くのであった。
「あっはっはっは! あいつらマヌケでやんの~!」
「ダメですよエキナちゃん、誤解を招くような悪戯をしちゃ……」
「い~のい~の。あいつらとはこんくらいの距離感でちょうどいいんよ~」
三年前に助けてからというもの、よく会話する彼らとはいつも仲良くしているので気ごころが知れている仲でもある。
そんな彼らだからこそ遊んだという面もあるが、しかし今回ばかりはよほどホタテポーチが気に入ったのだろう。
悪戯くらいでは誤魔化し切れないその笑みからは、嬉しくてたまらないという感情が透けて見えていた。
それを知っているフラダリアだからこそ強く咎めたりはしないが、この現場を母エルザが目撃していれば、間違いなくおしりぺんぺんされる案件ではある。
「しかしそれにしても、エキナちゃんの道具はどのようにして収納されているのでしょうか? 私が観察した限りでは重力制御の術式だろうと予想しているもの以外、これといって魔法陣が刻まれていないように見えますが」
実のところフラダリアの鑑定結果はまさに正解。
確かにこのホタテポーチには重量がゼロになる効果しか付与されておらず、小さな収納スペースにリアカー二台か三台ほども入るような空間はないのだ。
だが現に、パフォーマンスとして取り出したアイテムを見ればそのくらいの容量があってもおかしくない。
ではどうやって収納しているのかというと……。
「そりゃもちろん、あたしが収納魔法で拡大縮小しているだけ~」
「しゅ、収納魔法……」
「うん。錬金術の応用だとかいって、去年とーちゃんに教えてもらった! これを覚えるまでは冒険者しちゃいけませんっ、なんて言っててさ~。だるいのなんのって。まあ、合格祝いでもらったのがワサビの人形みたいで可愛いから、覚えてよかったけど」
ニシシッ、と笑う無自覚の天才小悪魔ちゃんであるが、フラダリアからしてみれば覚えてよかったけどでは済まされない超魔法だ。
なにせ物体の大きさをある程度自在に変えられるのだから、どれだけぶっとんだ技術なのかは想像に難くない。
その後に問い詰めた限りでは、動きのあるものや生物などは術式の計算が難し過ぎて不可能だということが分かったが、それにしたってである。
ちょっと収納魔法のさわりを聞いただけでも、勉学モンスターのフラダリアが匙を投げるレベルのヤバイ魔法なのであった。
そんな魔法を感覚で覚えてしまうエキナは、まさに錬金術の申し子、天才、神童と呼ぶにふさわしい超人。
こと得意分野に関しては、下級悪魔を除き他の追随を許さない次元にまで到達しているらしい。
もっとも、興味のある技術じゃない限り、よっぽどじゃないと正しい運用をしようとしないのもまたエキナの特徴。
せっかく父カキューが様々な技術を伝授しても、治療用のポーションを悪用して目がめちゃくちゃ痒くなるスプレーに変えたり、水の中でも呼吸ができるスライムのジェルで作った無限酸素コンニャクを、起動すると直径数十センチの範囲だけ酸素を取り込んで消えていく窒息コンニャクに改造するなどなど。
これでもかというくらいに嫌がらせに特化していた。
まあ冒険するという視点から見れば、目が痒くなるスプレーは長時間続けば相手の集中力と視界を封じるアイテムになる。
そして窒息コンニャクに関して言えば、起動後その範囲にいる人型の生物は一撃で失神させるほどの威力を秘めた必殺技だろう。
そう考えればあながち間違った成長ではないので、父カキューもまあ狙ったものが作れるなら、それはそれで一つの才能かと思っている様子。
実際アレンジを加える前の本物も作ろうと思えば作れるので、いざとなれば使いこなすだろう。
……まあ、この捻くれ半魔の性格的に、よっぽどじゃないと真っすぐな錬金術には頼らないとは思うが。
そうしてなんやかんやで自慢が終わり、冒険者ギルドの受付で正式登録の手続きを進めたエキナは、カウンターの上に置かれたE級の鉄製プレートをまじまじと眺めて真顔になっていた。
「あの~? こ、こちらがエキナさんのE級プレートになりますが……?」
「いらない」
「ええ……?」
「いらねーし」
「ええ~~!?」
なんとエキナ、正式登録をしたのにも関わらず受付嬢さんが手渡そうとするE級のプレートを、ぺしっ、とはたいて頬を膨らませてしまう。
いままで本人も忘れていたが、どうやら過去にアベルだけがD級で試験もなく承認されたことを根に持っていたようだ。
前は一人だけF級の木製プレート、というのもおこがましい木製の木くずだったため、ちょっとだけ拗ねているらしい。
今も意地になった小悪魔ちゃんがそっぽを向きながらいらねーしと宣うが、見かねたフラダリアが妹分の頭を撫でてよしよしと宥める。
「ほらエキナちゃん、ちゃんと受け取りましょう? 正式な冒険者として認めてもらえれば、パーティーを組むアベル君やグランベルト君の評価だってあがるんです。二人の笑顔、みたくありませんか?」
「む、むむっ……!」
ちなみに、第一皇子のグランベルトは最近一緒に訓練に混ざるようになっている。
冒険は八歳になるこの時まで父カキューに禁止されていたため身動きが取れなかったが、ちょくちょく幼馴染四人が魔法城へと集まり修行の日々を送っていたようだ。
最近はグランベルトも模擬戦で熱くなりすぎることもなくなり、むしろアベルからは別の何か、模擬戦だけでは計れない本質的な強さをライバルから学ぼうと必死のようだ。
あの第一皇子に何があったのかはエキナには分からなかったが、なんにせよ平和でなによりだなー、というのが小悪魔ちゃんの本音。
「見たいですよね? 二人の笑顔?」
「み、みた、く」
「見たくないのですか?」
「…………。……ふ、ふんっ!! このE級証はもらっていってやろーじゃんっ!」
小悪魔ちゃん陥落。
最後に負け惜しみのあっかんべーをして受付嬢さんに苦笑いされつつも、大人の包容力を持つフラダリアの話術と、アベルやグランベルトが喜ぶという謳い文句に逆らえずに冒険者証を受け取るのであった。
いや、受け取るというよりはぶんどる勢いでひったくり、尻尾をまいて逃げ帰る小悪魔ちゃんの姿が見えたとかなんとか。
今日は付き添いのフラダリアしか連れて来ていないため、冒険はまた明日にする予定のようだ。
なんにせよ、こうして無事に冒険者登録を終えたエキナは晴れて正式な依頼に手を出せるようになったのであった。
更新遅れてすみません!(`・ω・´)