【014】皇子の悩み
西大陸の中心国家、カラミエラ教国の皇城にて。
半月前アベルとの模擬戦を終えたグランベルトは何かに悩むように、いや、むしろその悩みを振り払うかのように勉学と鍛錬に励んでいた。
彼の変化は家庭教師や側近からしてみれば皇子として相応しいものではあったが、決して晴れない心のモヤを見透かしていた父エインは、政務で忙しい現教皇イーシャに代わり接触を図る。
息子の部屋ということで一応はノックをしつつも、控えていたメイドを部屋の外に追い出して一対一で語り掛けるのであった。
「どうした、そんなに険しい顔をして。五歳の子供がする表情じゃないぞ。それとも、まだあの模擬戦の結果に納得がいかないか、グランベルト」
「父上……。いえ、その……」
図星だったのだろう。
普段は尊敬する父エインの顔を見れば笑顔になり、そこまでするかという程に完璧なマナーで対応する彼にしては、現在は誰が見ても分かるほどにキレがない。
一応、立場上は親子である以上に教皇の配偶者であり近衛騎士団長でもある父に敬意を払い、片膝をついた上で礼節を守るが、その顔にはありありと悩みがありますと書いてある。
そのことを自分でも理解しているグランベルトは隠してもしょうがないと思ったのだろう。
尊敬している父エインならば答えが見つかると信じ、思いきって悩みを打ち明けてみることにしたようだ。
あの模擬戦で感じたアベルの不甲斐なさ。
そして、それを善しとする勇者アルスや魔界姫ハーデスの教育方針。
母上や父上を尊敬し、いつか未来を安心して任せられる次世代になるべく努力を続ける自分は、果たして正しいのか。
そういった悩みをひとしきり語った息子の苦しみを理解した父エインは、やはりそうだったかと思いつつも、半月もの間グランベルトに辛い思いをさせてしまったことを不甲斐なく思う。
自分こそ父親失格だと悔やみたくなるが、しかし今は自分を責めている場合ではない。
本当に今やるべきことは息子であるグランベルトの心を救い、前を向かせることなのだから。
「なあグランベルト。なぜ父さんのライバルは、人類最強の英雄にして最高の伝説と称される勇者アルスは、この世界を救えたと思う?」
「そ、それは勇者の力が魔王を超えるほどに、世界で一番強かったから……」
「それは違う」
ピシャリと言い切った父エインは、息子の目を見て想いを込める。
父のそんな感情的な姿を見たのは初めてだったのだろう。
いままで信じていた強さへの価値観が揺らぐような前後不覚に陥ったグランベルトは、少しよろめきながらも続く言葉に耳を傾けた。
「個の強さだけであれば、間違いなく魔王の方が上だった。もちろん父さんたちのパーティーにはまだ取れる手段があったし、いざとなれば勇者アルスは別の方法で魔王を止めていただろう。だがどちらにせよ、それは決して勇者一人で、魔王城で決戦を繰り広げた父さんたちだけで成し得ることではなかった」
では、なにが決め手になったのか。
その答えを父エインは語る。
あの局面で勇者が魔王に勝てたのは、人間界と魔界まるごとひっくるめて全てを救えたのは、勇者アルスの旅路が世界中の人々の心を動かし一つにできたから。
その世界中の人々には魔界の魔王すらも含まれていて、誰かを守ろうと力の限りを尽くした優しい勇気が人の心に勇気を灯し、その勇気の炎が勇者に力を与えたから魔界の悪意に勝てたのだと彼は言う。
あの場面までに魔王の心を動かせていなければ、人々の心を一つにできていなければ、この平和な世界を実現することはできなかったのだ。
一つの仮説ではあるが、魔王の心を動かせないまま敵として倒して人間界を救えても、いつかまた魔界からの攻撃があっただろう。
もしくは人々の心を一つに出来なければ、人間界側にも多大なる被害が出て恨みと憎しみの連鎖は続いてしまっただろう。
それら全ての不幸な結末を蹴散らし、この平和な愛ある時代に到達できたのはひとえに勇者の心が持つ優しい勇気の力なのである。
「いいかグランベルト。勇者が倒すのは悪い誰かじゃない。勇者の剣が本当に切り裂くのは、誰かが泣く悲しい未来だ。父さんの盟友は、世界一の大英雄は、勇者アルスはそのために力を振り絞って皆の未来を守ったんだよ。そして────」
────そんな勇者と魔界姫の間に生まれた平和の象徴。
────お前の幼馴染にして友達のアベル君にも、また同じように、誰よりも優しい勇気が宿っている。
そう締め括った父エインは、ちょっと子供には難し過ぎたかもしれない……、と反省しつつも伝えるべきことを伝えきったのであった。
確かに父の言いたい事が全て伝わったわけではない。
だがその想いだけは、熱意だけは確かに受け取っていた。
話を聞き終えて何か思うところがあったのだろう、次世代を担うものとして鍛え、親友を圧倒した自らの手を見つめたグランベルトは何かに気付き、さきほどまでには無かった強い意志を宿した瞳で拳を握った。
「何か掴めたようだな、グランベルト」
「そうか……。だから、アベルのやつは……。そしてエキナさんは……」
「ふっ……、もう大丈夫そうだな。まあ、あとはゆっくり考えておくといい」
何かを掴んだと理解した父エインは踵を返し、息子の部屋を出る。
しかしその後ろでグランベルトが、人には人の役割がとか、アベルのやつにしかできないこと、私にしかできないことが、とか言っているのはきっと気のせいだろう。
あまりにも早熟で天才すぎる息子に苦笑いしながらも、正しく成長してくれていることに満足しながら未来に期待を馳せる。
きっと世界を救った自分達よりも、さらに大きな何か、価値のある何かを次の世代を担うこの子たちなら見つけてくるのかもしれない。
そう、父エインは思うのであった。
……そして、次の日。
「母上!! 父上!! 折り入ってお願いがございます!!」
「あら、なにかしらグランベルト。今日はとても元気がいいわね。ねぇエイン? 私に隠れて何かした?」
「いえ、きっと気のせいでしょうイーシャ。なんでもかんでも自分も混ざりたがるのは、君の悪い癖だ」
朝の食事中。
急に立ち上がった息子の様子に何かを勘ぐるイーシャであったが、その疑いの目をどうということもなく受け流すエイン。
もはやカラミエラ城では恒例ともなった、二人の痴話げんかである。
もっとも、そのことを指摘する者はいままでいなかったが。
「あのっ!! 痴話げんか中に失礼しますが、どうか聞いてくださいっ!!」
「ぶふぅっ!? い、いまなんて言いいましたかグランベルト。ち、ちわ……っ!?」
「クククク……。いいぞグランベルト。お前も一皮むけたようだ」
礼儀正しく育った息子の、いままでにはないツッコミにちょっとだけ飲み物を吹き出すイーシャ。
その目は驚愕に見開かれていて、やはり昨日何かあったのだろうと理解するものの、とりあえず息子の言い分を聞く事にした。
「どうかお願いです! 私の自由時間を増やし、アベルとエキナ嬢の冒険に同行する許可をいただけないでしょうかっ!!」
「あら? 冒険? あなた、そんな情報をどこで仕入れて来たの?」
「昨日の深夜です。エキナ嬢の御父上であるカキュー殿が、寝室に訪れだいたいのことを語ってくれました!!」
なんでも彼の言い分では深夜に訪れた下級悪魔が、「ちょうど良いタイミングみたいだから、面白い情報を教えてやろう。フハハハハハッ!」とかいって色々語って去って行ったらしい。
そのことを知ったイーシャとエインは額に手を当て、またあの人か……、という雰囲気で納得した様子。
その様子にグランベルトは首を傾げるものの、大事で大切な気になるエキナの情報を伝えてくれたおせっかいな下級悪魔に対し悪感情は無い。
エキナ嬢の御父上はなんて素晴らしい人なんだと思っているほどである。
「ま、まあ、あの人が息子の旅を推奨するなら、良い経験にはなりそうね……」
「だ、だな。まあ、思ったのとは違う方向で良い経験になり過ぎるような気がしなくもないところが、ちょっと不安だが……」
そうこうして、パフォーマンスとして重鎮と会議を挟んだカラミエラ皇家は第一皇子の自由時間を増やす事に決めた。
今後の彼の成長に期待である。
第一皇子グランベルト、参戦ッ!!