【012】目にしたもの
黒装束たちが張り巡らせている地下通路の罠を、苦も無くとまではいかずとも次々に突破していくエキナたち。
たまに好奇心旺盛なエキナがわざと罠を起動させて遊んでみたりして、人を捕まえるための網にかかったりするが、ほとんどは冷静なフラダリアの知識と知略を以て攻略している。
エキナから言わせれば罠に引っかかって遊ぶのは、致死性のない安全な罠だと分かった時だからこそ経験を積むのにちょうどいいという言い分があるようだが、それを見ているアベルは幼馴染が無茶をするのでハラハラドキドキと気が気ではないようだ。
またフラダリアからしてみればこの程度の罠など子供騙しに過ぎないようで、妹分が無茶をしたところでいつでも助け出せるという自負があるため特に問題視はしていない。
「ふぅ~遊んだ遊んだ。けっこう面白かった~」
「おいエキナ! お前はもうちょっと慎重にだな……!」
「えぇ~? だっていざってときに罠にかかる体験しておかねーと、本番でやべーじゃんよ」
ぐぬぬ、と歯ぎしりしながら押し黙ってしまうアベルであるが、確かに殺傷力を排除しつつも本気で捕獲を目指す大人の罠や知恵を体験できるのは、こういうタイミングでしか実現不可能だと思い言葉がでない。
だがそうだとしても、どこかでその油断を誘って殺しに来る罠があるかもしれないじゃないかと、そう言いたいのは伝わっているようだ。
そのことを察したエキナは手をフリフリしながらも、以後気を付けるといって話を終わらせる。
基本的にどんな罠なのかをだいたい察してから起動させているため、本来その心配は不要なのだ。
しかし自分のことを心配してくれる幼馴染の気持ちが実はちょっと嬉しいのだろう。
アベルから真っ赤になった顔が見えないように背を向けて、だらしなく緩んでしまいそうになる口元を抑えつつも、その照れ隠しとしてそっけなくあしらっているようだ。
もちろんフラダリアの角度からはバッチリ見えてしまっているため、エルフ耳まで真っ赤にしたエキナの照れ隠しが意外と下手な様子にくすり笑い、二人の仲をフォローをするためにアベルの援護射撃を行う。
「大丈夫ですよアベル君。その優しさはちゃんとエキナちゃんに伝わっています。エキナちゃんがちょっと無茶するのだって、きっとアベル君に自分を見てもらいたいからなんですよ?」
「ばっ!? ち、ちげーし! ねーちゃんテキトーなこというなよな!」
「ふふふっ。そうでしたね、これは少しイジワルが過ぎました」
いつもは飄々としているくせに、フラダリアに釣られて振り返ったエキナが顔を真っ赤にしてる珍しい場面を見れたからなのだろう。
少し意外そうにポカンと口をあけるアベルの顔からは、なんだかいつもとは違うけど、これはこれで可愛いかもという感想が透けて見えていた。
なんとも純粋無垢。
エキナやフラダリア、もしくはいまここには居ないライバルのグランベルトが居ないと、一人では悪い人に騙されそうな少年である。
ただこのほっこりとした感じがワサビには高得点だったのだろう。
水の触手で親指を立て、グッジョブッ、と力強く宣言する姿は実にシュールであった。
もちろんすぐにエキナが照れて触手をはたき落としていたが。
そうして三人と一匹は順調に地下通路を進んでいき、逃げ帰る時のことも踏まえて見える範囲の罠を全て解除しつつゴールに辿り着く。
地下通路の行き止まりには複数人が戦闘できるほどには広い部屋が広がっており、その少し開けた場所には五人の黒装束たちと、以前喧嘩を売ってきた少年が密談していた。
少年たちのリーダーは地面に頭をこすりつけて何かを懇願しているらしいが、見つからないよう少し離れた岩陰から様子を窺っているため、ダークエルフの長耳と悪魔の因子を持つ、聴力の良いエキナしか会話を聞き取れていないようだ。
「おいエキナ。あいつらなんて言ってるんだよ?」
「…………」
「……そうか。だいたい分かった」
聞こえてくるのは、まさしく人類のクズと言える黒装束のボスの台詞と、仲間の助命を懇願する痛々しい少年たちの叫び。
いくら捻くれているとはいえ、まだ人の善意というものに期待が大きい五歳のエキナにとって、あまりにも酷な場面だったのだろう。
怒りに満ちた目をする、いつもの飄々とした態度ではない幼馴染に様子に、アベルとフラダリアは状況を察する。
とはいえまだ幼児である上に基本的には人を疑わないアベルが状況を察した様子に、フラダリアは少しだけ目を見開いた。
だが予想とは違う展開に困惑したのはほんの僅かな時間。
すぐに原因に思い至ったようで、状況に納得した彼女は独り言を呟く。
「……そうですよね。あのエキナちゃんがこれだけ怒っているんです。私ですら何があったのか状況を理解できるのに、誰よりもエキナちゃんのことを考えて信じているアベル君に、なにも伝わらないはずがない」
直接会話を盗み聞きしているエキナと同じか、もしくはそれ以上の怒りを両の瞳に宿したアベルの手は、短剣を強く握り過ぎて真っ白になっていた。
「アベル」
「なんだ、エキナ」
「……いや、なんでもねー。ただ、無茶はするんじゃねーぞ。あたしたちの依頼は、あくまでも調査だ」
冷静になればこれは調査依頼で、目的は別に原因を排除することではない。
ここで引き返せば十分に成果はあげられるし、依頼は達成だ。
あとは騎士団なり、別の高位冒険者なりが出動して問題は解決。
であれば、確かに無茶をする必要もなければ戦う必要もないのだが、それでもアベルは納得がいかないようであった。
「悪い。それは、約束できそうもない」
「そっか。……そうだよな。おめーは、そういうやつだった」
「悪いな」
「いいって。あたしもちょっと、頭にきてるし」
いままでの付き合いから性格を熟知しているエキナは、ここでどう判断するかなど本当は聞かなくても分かっていた。
なぜならアベルは才能が無いくせに誰よりも優しい心を持った、目の前で苦しんでいる人をどうしても見捨てられないお人よしなのだから。
たとえあとは大人に任せるだけで解決する問題であったとしても、いまここで苦しんでいる少年たちを目にしてしまえば、誰が何と言おうと引くことなどしない。
なぜならば大事なことを他人に任せた結果、出動した大人たちが彼らにとって大事な家族を連れ戻してくれるかなど分からないからだ。
大人はきっと、問題となった冒険者狩りの排除だけで満足してしまうだろう。
そうなったとき、アベルが本当に救いたかった少年たちとその家族は、きっと不幸な結末を終えてしまうはずだ。
もしかすると、事情を知ろうとしない大人たちは少年たちも賊の一味として処分してしまうかもしれない。
だから、引かない。
だから、負けられない。
アベル本人は両親から受け継いだものが何もないといつも嘆いているが、本当は違う。
なにせ、いまのアベルの瞳に宿る意志の炎は紛れもない、「勇者の心」なのだから。
またそんな幼馴染が大好きなエキナだからこそ、本当は依頼を達成したあとにとーちゃんにでも問題を投げれば良いと分かっていつつも、頭に来ているなんていうセリフで本質を誤魔化しアベルに加担する。
ちょっと可愛い服を着ながら目薬で瞳をうるうるさせ、とーちゃんお願いっ、とでも言ってしまえば父カキューはころっと騙されたフリをして協力してくれるだろう。
だが、今回はそれではいけないのだ。
なにせ幼馴染のこんなにカッコいいところ、絶対に見逃したくないから。
かくして三人と一匹は戦闘準備を整え、先手必勝の作戦を組み立てつつも奇襲に打って出るのであった。
……という様子をこっそり見守っている下級悪魔と元暗殺者は、子供達の成長ぶりに大興奮であったという。
ま、そうなるよね(`・ω・´)
だってカキューだもの。