【011】フラダリアのメガネ
エキナに喧嘩を売り、見事返り討ちになった少年たちが移動した先。
おそらくは遺跡の地下通路だろうと思われる薄暗い細道と、そこかしこに張り巡らされた侵入者対策の罠を悠々と潜り抜けた彼らは、全身が黒で統一された覆面の男たちと対談していた。
なぜこの場所の罠を良くてD級程度の冒険者が容易く潜り抜けられるのか、そしてなぜ他の冒険者すらも知らないような隠し通路を知っているのか。
それらの答えは、対談に応じる黒装束のボスと思わしき男の第一声で明らかとなる。
「でぇ? 闇ギルドの連中にまわす為の新人冒険者一匹すら誘導もできず、逃げ帰ってきたってのか、お前らは」
「ご、ごめんなさいボス! カモになりそうなガキ共は見つけたんですが、あいつら意外に知恵が回るようで、周りの冒険者の意識を誘導するような対話をされてしまい……」
ボスと呼ばれるガタイの良い黒装束に、さきほど言い掛かりをつけてきたリーダー格の少年が土下座をしながら弁明する。
闇ギルドにまわす冒険者というのが何を指すのかを明確に語っているわけではないが、その行為が人身売買に繋がっているだろうことだけは推察できる会話内容だ。
このことから、いままでの新人狩りはそれを生業とするプロが直接襲い掛かるのではなく、その犯罪に加担する新人冒険者たちを利用して行われていたことが明白となった。
「くそがぁ! てめぇの言い訳なんざどうでもいい! 相手がガキならいくらでもやりようはあったよな? 保護するフリをするなり、ガキの狩りに横やりを入れるなりだ。ガキが優秀だと分かってんなら、それこそ俺らのおこぼれに与るてめぇらにとっても、一攫千金のチャンスじゃねぇのか!」
「すみませんすみませんすみません……!」
頭をこすりつけて謝罪する少年に対し、虫の居所が悪いボスの八つ当たりが木霊する。
犯罪者からすれば立派な言い分だが、冷静に考えるとただのクズである。
少年らがなぜこのボスに加担するのかは分からないが、自分たちのために頭を下げるリーダーを見て、申し訳なさそうな顔をして歯を食いしばる仲間達から察するに、何か事情がありそうだ。
それに、ボスに謝罪を続ける情けないはずのリーダーの背中は、仲間たちの目にはやけに大きく見えているらしい。
今この瞬間も目に涙を溜めた仲間の一人が武器に手をかけようとして、それでもリーダーの想いを無駄にしないために寸前のところで堪え拳を握りしめているのが見て取れるからだ。
この様子をこっそりと視界に収めていた下級かつミニな感じの悪魔は、もういっそ娘が問題を片付ける前に、教育に悪そうな腐った組織の全てを一撃で終わらせてやろうかと考えるくらいは腹に据えかねている。
どんなに強大な力があっても、自分の考えを押しつけて世界の何もかもを自由にする気など興味すらないといったスタンスの、実に淡泊な下級悪魔ではあるが、唯一家族の行動に関わりがあると思考が切り替わり能動性が増すらしい。
これは余談だが……。
もうこの時点ですでに、闇ギルドも少年たちにしょうもない命令を下すこのボスも、その命運は潰えている。
仮に下級悪魔の娘が冒険者ギルドの依頼を失敗したとしても、直後に彼の怒りが降り注ぐことだけは確実だからだ。
「あ~あ~あ~。てめぇらが何でも言うことを聞くし、どうしてもっていうから、そこのボンクラの妹を売らずに保留にしてやってんのにな~。こんな失敗を繰り返すなら、もうアイツは売っちまおうかなぁ~」
「…………っ! そ、それだけは! それだけはどうか勘弁願いますボス! 全ての責任はリーダーである俺にあります、俺はどうなっても構いません! だからどうか仲間の家族だけは……っ!」
頭をこすりつけるどころか、ゴンゴンと叩きつける勢いで謝罪を繰り返し、ボンクラと呼ばれた仲間の家族の身を案じるリーダーの少年。
どうやら彼らがこの犯罪に加担していた理由は、ひとえに人質に取られている家族がいるかららしい。
これは結果論であるが、失敗を繰り返すという発言からも分かる通り、彼らはわざと冒険者狩りの命令を失敗して時間を稼ぎ、どうにか家族を取り戻せるチャンスがないのかと探っているのかもしれない。
リーダーの後ろに控えている仲間達の目に強い意志の光が宿っていることからも、何かを諦めていないことだけは見て取れるので、あながち間違いでもないだろう。
そうして少年たちと黒装束の集団の邂逅を見守っていた下級悪魔は、一緒にこの光景を見ていたことで殺意満々の元暗殺者、下級悪魔よりも絶対零度の視線でスタンバっている妻のエルザと共に娘たちの到着を待つのであった。
◇
「ふむふむ。……この罠はおそらく、ガラード王国の砂漠地帯に生息する人食いサソリの毒を、人が死なない程度に濾過しつつ濃度を調整して、失神程度で済ませるためのものですね。確実に殺せる毒を人の捕獲用に切り替えるということは、冒険者狩りの目的は人身売買かもしれません。どうあれ、この地下通路が彼らの根城であることだけは変わらないでしょう。……聞いてますかエキナちゃん?」
張り巡らされた糸の罠に付着する毒をビーカーに採取して、その効果の傾向から色々と推察するフラダリア。
ただエキナは別に学者でもなんでもないので、このあまりにも長いフラダリアのコメントに辟易としているようだ。
アベルはその親切心から、内容が全く分かっていないのにもかかわらず、うんうんフラダリア姉ちゃんは凄いよと頷き気を遣っているのだが、エキナはというと……。
「ねーちゃんの話は長すぎてわかんない。つまんない」
「うっ!? そ、そう、……ですか」
と、ド直球に子供としての感想を述べて、フラダリアの精神にわずかばかりのダメージを入れる。
まあ正直いってここまで詳細にコメントしなくても、罠を発見してそれをエキナが錬金術で形状を変化させ安全に解除すればいいだけなので、何々サソリの何々毒とか言われても、知らんとしか言えないのは事実だ。
地下通路の壁際でフラダリアの精神と連動するかのようにメガネが曇り、ガラス部分がピキッと音をならしてヒビが入ったのは錯覚ではないだろう。
そんな頼れるお姉ちゃんのことを案じたアベルが急いで割って入り、姉ちゃんはすごいよとか、いやー俺尊敬しちゃうなぁーとか、将来は姉ちゃんみたいなお嫁さんがいいかも、といった様子でフォローを入れてくれるのでなんとか持ち直しているようだ。
「うぅ……。アベル君はとっても優しいいい子ですぅ。私、こんな優しいアベル君となら将来を誓い合ってもいいかもしれません、ぐすん」
「なぁっ!? わ、悪かったってねーちゃん! ごめんごめん。あたしだって、そんなつもりじゃねーって! なっ? 元気出そうぜっ」
アベルの必死のフォローとメガネのダメージから、フラダリアの精神状態を察したのだろう。
話が変な方向に転がらないうちに態度をガラリと変え、慌てて年上をなだめる幼児の姿は、もはやどちらが姉なのか分からない状況であった。
ちなみにこれは、エキナに仕返しをするための演技とかそういう話ではなく、本当の本気でへこんだフラダリアの素の反応であるのが恐ろしいところだ。
もし演技であれば、ズル賢い悪知恵の塊であるエキナにとってはいくらでも返しようがあった。
だが何の悪意もない純粋な気持ちで落ち込まれてしまうと、むしろ小悪魔ちゃんはどうしていいか分からずに動揺してしまうのだ。
純粋な想いというのは捻くれ半魔にとってどう対応していいか分からない、なんとなくで雑に対応してはいけない綺麗な部分なのだろう。
そんなこんなで、それぞれの得意分野を活かしたエキナたちは、着々と罠を解除しつつも冒険者狩りの目論見を推察していき、気づかれないように気配を隠しつつもこの地下通路を軽々と攻略していくのであった。