【010】少年たち
入り口からだいぶ進んだオーノス遺跡の中央部にて。
上級精霊としてそこらへんの魔物には引けを取らないワサビの活躍もあり、これといった危機も無く安定感のある探索を進めるエキナたちは、コロッセオのような場所にシートを敷いてお昼休憩を取っていた。
はたから見れば子供たちが遠足かピクニックに来ているとしか思えない光景に、遺跡で狩りを続ける新人冒険者たちはなんとも言えない気持ちでそれを眺める。
一応コロッセオ内部は大きく開かれた空間であるため、他の冒険者たちも狩りの合間に休憩所として利用することが多い。
そのため冒険者が多いこの場所には低級の魔物が警戒して入ってこれないか、もしくは入ってきた瞬間に周りからタコ殴りにされて始末される極めて安全な地帯。
休憩にはもってこいのセーフティーゾーンなのだが、それを踏まえたとしてもパーティメンバーのうち二人が五歳児で、最年長が十歳、残り一匹はそのうちの誰かがテイムしているであろう謎のホタテでは悪目立ちするのも致し方なしだ。
新人冒険者の中にはまだ登録して間もない子供たちも含まれていて、さすがに一般人の八歳が正式登録してすぐに狩場にできるほど魔物はヤワではないが、それでもギリギリ成人はしていないだろう未熟な冒険者がたむろしていることもある。
今回のエキナたちのように悪目立ちするパーティーがそばにいて、シートを敷いて和気あいあいと遠足気分で屋台で買ったお弁当を食べていれば、目をつけられるのも必然なのであった。
なにせ未熟な新人の彼らは日々の依頼で食つなぐのにも精一杯で、はやいところ新人を卒業しなければいつまでたっても余裕のある暮らしなどできない社会の最下層に位置する人種だ。
もちろん、それ自体は悪いことではない。
手に職をつけることもできず冒険者になろうなんて人種は両親を小さいころから亡くしていたり、様々なやむを得ない事情があって幼いころから大人に混じり仕事をして、舐められないように背伸びしなければ生きていけない環境だったのだから。
そう考えれば、最初は財産も何もない最下層からスタートするのだって当然のことだし、今後活躍を続ければ冒険者ランクがあがり栄光の未来に手が届くと思えば、全部が全部悪い事ばかりでもない。
もっとも、そんな栄光を手に出来るのは一握りの可能性を掴み取れる天才のみであるが、その可能性を他人が決めつけて彼らの未来を否定することなど、たとえ神や勇者であってもできるはずがないのだ。
だがそうはいっても、そんな毎日が限界ギリギリで生きる彼らの前で、表情からなんの憂いも感じない身ぎれいな子供達がピクニックをしていたらどう思うだろうか。
答えは当然、いけ好かない、となるのである。
「おい、なんでガキ共がこの神聖な冒険者の狩場にピクニックしにきてるんだ? ここはいつからお子様が遊ぶための公園になった? 聞いてんのか、おい」
エキナたちの前に現れた成人間近ほどの少年たちが五人、その中でも体格の良い一人が前に出て、武器に手をかけながら眉間にシワを寄せて威嚇する。
よく見れば彼らの胸元には鉄製で出来たE級のプレートが掲げられており、リーダー格の子はD級の銅製プレートを見せつけつつ、わざわざ自分達の力を子供組に誇示するように威圧していた。
だが悲しきかな。
この中で一番弱いアベルですら訓練された兵士と同格のD級クラスの実力があるのだ。
新人冒険者ご用達の遺跡で狩りを続けるような駆け出しのE級D級が、アベルよりも強いエキナやフラダリア、もっといえば上級精霊のワサビを相手に脅しをしたところで滑稽なだけである。
もっとも、普段は首からさげたプレートを服の中に隠して、戦いになった時の動きを阻害しないように工夫している子供組の冒険者証は見えないため、ただのガキがなぜか魔物を掻い潜って遠足に来ていると誤解するのも無理はない。
そんな彼らの意図を察しているのだろう、この状況にちょっと面白さを感じている小悪魔ちゃんは、ニヤニヤした悪だくみの表情でお弁当を食べつつ相手の煽り方を考える。
「で、なんだこのバカそうなやつら。ねーちゃんの学校での知り合い? なら知り合いの知り合いってことで、弁当が欲しいならちょっとくらい恵んであげてもいいけど?」
もきゅもきゅもきゅ、ごくん。
そんな感じでわざと美味しそうにお昼ご飯を楽しみ、手に持った屋台の牛串をふりふりと見せつける。
しかしそんなニヤニヤと煽るエキナの目はよく見ると真剣で、口元はへらへらと笑いつつも、視線だけは僅かな挙動も見逃さないという意志の光が見え隠れしていた。
普段より意地悪度合が極めて高い小悪魔ちゃんには何か考えがあるようだが、エキナよりも人の感情の機微に疎いアベルはただ遊んでいるだけだと思ったようで、冷静に止めに入る。
「おいエキナやめろって……。依頼と関係のないところで変なのを相手にしないほうがいい」
「アベル君の言う通りです。こういった輩は学院にも居ましたが、結局文句を言いたいだけですから、放っておけば勝手に満足して消えていきますよ」
「…………言わせておけば、舐めてんじゃねぇぞ、ガキ」
アベルは狙ったわけではないのだろうが、エキナをフォローするつもりでむしろ煽りの追加になっている状況に、ざわりと空気がヒリつく。
ただエキナはこうなることを見越していたようで、自分の暴走を止めに入ることが煽りになるように仕向けていたようだ。
思惑がうまくいっていることにより一層笑みを深めながらも、追加で作戦の仕上げに入る。
「ほら、どうしたにーちゃんたち。武器を抜きたいなら抜いてもいいんだぜ。休憩してる周りの冒険者たちの前で、抜けるもんなら、な?」
「…………」
この煽りかたはどうかと思うが、言っていることは事実だ。
確かにヒリついた空気に反応した周囲の冒険者がわずかに視線を動かし、ここで武器を抜くのであれば盗賊として処分すると語るかのように、注意深く見守っている。
ほとんどは周りの空気にあてられたE級のヒヨッコであるが、中にはもう少し近場で訓練を積もうと冒険に慎重なD級のランク帯も混じっている。
E級のヒヨッコだけであればそこまで警戒することもなかったかもしれないが、D級ともなるとそれなりに経験を積み戦いの空気に敏感になるのだ。
無抵抗な子供に向けて、彼らが一度でも剣を抜けてばすぐにでも駆け付け制圧することだろう。
思ったよりも分が悪い事を察したのだろう。
エキナの煽りに舌打ちをしたリーダー格の少年は、機嫌が悪そうな態度を取りつつ去って行くのであった。
「ふぅ、行ったようだな。ていうかエキナ! なんであんな煽り方するんだよ、もう少しで殴りかかって来てたかもしれないんだぞ!」
そう、武器さえ抜かなければしょせん冒険者同士で起こるいつもの喧嘩だ。
多少年齢差はあるが、殴りかかる程度でいちいち周りが反応していたら冒険者など務まらない。
むしろ子供達にとってもいい社会勉強になっただろう程度の扱いで、見逃されていたくらいなのである。
だがエキナはむしろ殴りかかってこなかったのを残念に思っているような、なんとも言えない表情で目を細め去って行く少年たちの背中を視線で追う。
「うーん。それならもう少し救いはあったんだけどなー」
「……え?」
「よしっ! だいたい目星はついたから、さっそくあいつらの跡を追うぞ~」
さささっ、とシートや弁当を片付けながら冒険の準備を始めるエキナに、理解の追い付いていないアベルはおろおろとするしかない。
フラダリアは最初からエキナの思惑を察しているらしく、指示を出す前から片付けの準備をしているので、おそらく先ほどのフォローのフリをした煽りは意図的に実行したものだったのだろう。
「え、え……? あれ、もしかして俺だけ状況分かってない?」
「アベルはポンコツだな~」
「ポ、ポンコツじゃねーし!? もっと優しく言えし!」
いつもと変わらない、人を疑うことを知らない良心の塊のような幼馴染にほっこりしつつも毒を吐くが、そんな彼の挙動に心を温められて少しだけ視線が柔らかくなる。
どうやらエキナは、幼馴染のこういうところを気に入っているようだ。
「大丈夫ですよアベル君。むしろそういうところが私やエキナちゃん的にポイントが高いですから。どうかいつまでもいつものアベル君でいてください。そちらのほうが美味しいです」
「美味しいってなにが!? というか今どういう状況なのっ!?」
「そうですね~……。分かりやすく言えば、調査依頼の手がかりが見つかった、ということですよ。まだその可能性がある、というだけですけどね。ですがあの冷静さを鑑みるに、可能性は極めて高いです」
人差し指を唇に当てウインクするフラダリアが噛み砕いた答えを説明した。
噛み砕かずにもっと詳しく説明するのであれば、もし感情に任せて殴りかかって来るような者たちであれば、動機は本当に自分たちが気に入らなくて襲い掛かってきたということになる。
そうでないということは、難癖をつけてきたのは目的を持った演技の可能性が高く、裏で糸を引いている者がいるかもしれない、ということを言っているのだ。
気に入らないという動機のわりに、煽られた上でもすんなり引いたのを見て、彼女も確信に至ったのだろう。
なんにせよこの若さで彼らに鎌をかけるエキナの推察力は、妹分の行動で察しがついたフラダリアの感覚をもっても異常という他なかった。
エキナとしては別に教えなくてもよかったのにと、もう少しあたふたするアベルを見てニマニマしていたかったらしいが、いまは仕事に集中するためあえて表情を切り替えて話に乗りだす。
「まー、そういうことだから。あいつらに見つからないくらいの距離感を保って尾行するぞ」
「……お、お? ……おぉー!」
「ふふふっ。お~っ」
食事を切り上げ、全員の理解が行きわたったところで調査依頼の核心へと迫る三人。
その様子をこっそり見守っている下級悪魔や、凍てつくような視線は変わらずとも、娘の優秀さに嬉しくなり耳がピコピコと動くダークエルフが居たようだが、彼らの出番もう少し先の話である。
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