【009】初依頼へ向けて出発
「うう~……。も、申し訳ありません。私だけワサビちゃんに乗せてもらって……」
「いいのいいの。ねーちゃんは運動とかからっきしなんだから、そこで大人しくしてて」
「はいぃ……」
ラドールの街を出てオーノス遺跡へと向かう道すがら、浮遊するホタテの上にちょこんと座らせられたフラダリアが情けなくうなだれる。
本当は妹分と弟分をまとめるリーダーとしてカッコいいところを見せたかったようなのだが、街とは違い不安定な道が多いむき出しの自然に遭遇した瞬間、早々に体力は尽きるわ何度もコケるわでいきなり迷惑をかけまくってしまったのだ。
その度にスタミナやケガを魔法で回復していては魔力がいくらあっても足りないので、こうしてワサビを馬代わりにすることで問題を解決したらしい。
もっとも、そんなフラダリアの体力の無さを踏まえてもなお、道案内や出現する魔物の情報などはここまでずっと大活躍しているため、エキナやアベルとしてはむしろ尊敬するお姉ちゃんのダメな部分を見れてほっとしているくらいである。
特に安定した乗り心地であるワサビの上から放たれるフラダリアの魔法は、その辺の低級魔物をまとめて蹴散らすほどの威力。
五歳児二人組にとってはあまりにも出番が無さ過ぎて、もうねーちゃん一人でよくね、と思ってしまうほどの有能ぶりであった。
名誉挽回のため必死に役立とうとする彼女の魔力も無尽蔵ではないので、エキナやアベルが対処できそうなE級程度の魔物はなるべく物理攻撃で対処しているようだが、後衛が頼もしいことには変わりない。
「しかしお前、よくそんな大荷物をしょって身軽に動けるよな。めちゃくちゃ重いだろそれ。なんかコツとかあるの?」
「あ~、これ?」
アベルが問いかけたのは、エキナが背負っている自分の身体よりも大きいパンパンに膨らんだリュックのことだ。
膨らんだリュックからは中身がちょろっと見えていて、おそらくは万が一の時のために野営のセットとか、今回の冒険のために用意したと思われる自作の錬金道具とかが詰まっていると思われる。
ただ、そんな巨大な荷物を悠々と背負いながらも、アベルよりも身軽で素早い身のこなしと、一切衰えることのない暗殺者としての気配の隠蔽技術に舌を巻くしかない。
下級悪魔の遺伝子を継いだことで、五歳児とはいえ腕力は大人の農民ほどには高いエキナではあるが、そう考えても動きに乱れがないというのはおかしいと思ったのだろう。
「そうですね。運動が苦手な私が言うのも説得力がないかもしれませんが、現時点でエキナちゃんの身のこなしは王立魔導学院でも優秀だった生徒と比べて遜色がないです。腕力を想定すればその巨大な荷物が邪魔をして、多少は精度が落ちると思っていたのですが……」
運動音痴ではあるが、別に相手の考察が苦手なわけではない彼女の見解も同じ結論のようである。
では必ずカラクリがあるはずだと思って注意深く観察してみると、さすがに様々な分野に深い理解と知識を持つフラダリアは答えに行きつく。
「ああ、なるほど……。複雑すぎて詳細は理解できませんが、それはもしかすると錬金術で重量軽減の魔法が付与された魔法鞄なのではないでしょうか?」
「へへへ、気づいた? 当ったりぃ~」
「やはりそうでしたか、どうりで……」
フラダリアの予想を聞いて、悪戯が成功したかのようなニンマリ笑顔でネタバラシをするエキナ。
だがこの世界において重力を操る魔法というのは闇魔法に分類され、ほとんど研究が進んでいない上に、適性のある使い手すらほぼいない超高難易度の魔法技術だ。
それをさらに錬金術でただのリュックに魔法陣を刻み、魔道具として錬成しなおすなど、この世界の基準ではもはや人智の及ぶ領域ではない。
あまりのオーパーツぶりに、エキナの錬金技術を評価している二人ですら開いた口が塞がらないようであった。
アベルなど周囲を警戒することも忘れて、大森林の浅瀬で魔導リュックを凝視しているくらいである。
なにせただ魔石の魔力が爆発するだけの爆弾石と比べて、錬金に必要とされる魔力量もコントロールも知識も、まるで別次元と言わざるを得ない代物なのだから。
「お、おまえ、それマジで作ったの? うそだろ……」
「はあ? そんなわけねーじゃん。これはとーちゃんの部屋から借りてきたんだよ。冒険にはこういうものが必要だろ? えへへ」
どう、偉い?
みたいな顔で訴えかけてくる幼馴染を見て、あちゃ~、という顔で天を仰ぐアベル。
何を隠そう、いや、隠すまでもなくそれってパクったんじゃんと言わざるを得ない状況に、きっと帰ったらエルザばあちゃんに叱られてギャン泣きするんだろうなと、いまから幼馴染の境遇に同情してしまうのであった。
ちなみに祖父カキューが叱りつける想定はしていない。
むしろ自分達に甘々なじいちゃんのことだから、ばあちゃんを止められるのはじいちゃんだけだな、というくらいの認識だろう。
そうこうしているとようやく森が開けてきて、大森林の浅瀬にあるというオーノス遺跡の入り口が見えてくる。
さすがに五歳児の体力で魔物と連戦するのは厳しかったのか、途中からはエキナが魔物避けのドラゴンの匂いスプレーを使用したり、それでも効果がない好戦的な魔物にはワサビが水の触手でワンパンチからのノックアウトをしていたようだ。
このドラゴンの匂いスプレーというのは、前回の冒険でボールスの匂いが染みついたアベルが魔物に襲われにくいのを察したエキナが作り出したもの。
具体的には魔法城で昼寝しているボールスの鱗をピカピカに磨いて、そこから採取したタオルの匂いを持ち前の錬金術で水と配合しスプレーにしたものらしい。
純粋な良心からペットの世話をやいてくれていると思ったのだろう。
現場を見ていたアルスやハーデスからはずいぶんと感謝され、エキナ自身の評価がグンと高まったのは同じように見学していたアベルの記憶に新しい。
その時はアベルとしても、なんかエキナらしくない慈善活動だなと不思議に思っていたようだが、今回ドラゴンの匂いスプレーとか言い出したのを見て、「やっぱりこういうことかよ……!」とツッコミを入れてしまったのは仕方のないことだろう。
ただそんな悪戯が大好きな小悪魔ちゃんの悪知恵が毎回役に立ちまくるので、良心の塊といってもいいアベルも強くは注意できないようだ。
「はあ~……。なんていうか、エキナがもうちょっと女の子っぽかったら、きっとモテモテだと思うんだけどなあ。グランベルトのやつが惚れるくらいには見た目が良いんだし」
「へんっ! あんなキザやろーの口車で尻尾を振るほど、あたしは安くねーっての! それにあたしは既にモテモテだもん」
幼馴染のグランベルトを含め、同年代からはちやほやされる傾向にあるのを理解しているアベルは、そう言われてみればそうかもと思いつつ納得はいかない。
彼の言うモテモテというのは、もうちょっとお淑やかな方向でモテモテになることを言っているからだ。
しかしそれは悲しいことに、現実を知らない少年の幻想である。
まだ恋というものがなんなのかも、女の子が何を望んでいるかも知らない男の子のアベルに、モテるということがどういうことなのかを知るのは早すぎたようだ。
ぶっちゃけていえば、青臭い方向で美化しすぎているともいう。
ただフラダリアはむしろアベルのそういう青臭いところが好きなようで、必死に今のセリフをメモってメガネを光らせている。
これはこれで別の界隈では需要があるのかもしれない。
もちろんメモ書きは運動音痴であるフラダリアとは思えないほどの高速書記で行われているため、その現場を見ていたものは誰もいないし、気づいていない。
唯一、五歳にしては人の感情を見抜く力が高い小悪魔ちゃんが、フラダリアのねーちゃんがなんか嬉しそうにしてる、という心の機微を捕らえたくらいであろう。
なんで嬉しそうなのかまでは分からないみたいだが。
「さて、ここからは調査依頼の本番です。新人狩りの出現報告もあるので、なるべく単独行動は控えて固まって動きましょう。基本的に魔物はワサビちゃんが倒し、気配に鋭いエキナちゃんは警戒、アベル君はそのエキナちゃんを守り、私はいざというときのために魔法を待機状態にしておきます。異論はありますか?」
そうこうして、いろんな~し、という二人の声と共に本格的な依頼がスタートしたのであった。
いまのアベル君の発言は、たぶん帰ったらフラダリアちゃんの創作活動に使われます(`・ω・´)