【015】とある下級悪魔の日常と、ガイウスの目
あー、暇だ。
いや、ちがった、平和だ。
本日も世界は平和なり。
「そしてなぜ星はめぐり、朝が来るのだろうか」
「阿呆なことを仰らないで、そこお退き下さいませ旦那様。掃除の邪魔です」
「あっ、ちょっ! 俺のオフトン様が! ぬくぬくしてたのに!」
「フンッ!」
アッーーーーー!
ちょうどこの世界の真理を悟り、満足した感じで二度寝を遂行しようとしていたのに!
鬼に布団をひっぺがされてしまった!
なんということだ、この世界に慈悲はないのか!?
くっ、もう怒ったぞ。
こうなったらアレだ。
アレをやってやる。
鬼に対抗できる存在に泣きついてやるんだ!
さあ、愛しの我が息子よ、この哀れな父ちゃんを癒しておくれ!
「アルスゥ~。お前のお母様が、お父さんをいじめてくるよ~」
「ダメだよお父さん。朝はちゃんと起きないと。もうお母さまもガイウスも起きて、仕事をはじめてるよ?」
「なっ!?」
ア、アルスが俺を裏切っただとーーー!?
……いや、違うか。
別に裏切ってはいない、ただの正論だった。
だが、あのエルザの勝ち誇ったような顔だけが気に入らん!
くっ、超がつく美人だからって何でも許されると思うなよ!
いつかぜったいお仕置きしてやる!
オフトンの罪は重い!
「しょうがない、せっかく起きたんだし、メシ食ったらガイウスのところに行くか。視力回復の件もあるしな」
「えっ! ガイウスの目が治るの!? お父さん、僕もいくよ!」
アルスが初めてのおつかいを成功させてから数日が経つが、まだ視力のことについて触れてはいない。
最初は向こうから言い出すものかと思って待っていたんだが、その素振りが一切ないのが気になったのだ。
アルス自身もこの話題については気になっていたらしく、毎日そわそわしながら様子を窺っていた。
そうして二人で軽めの朝食を食べて庭へと向かう。
ちなみに、今日の朝食はエルザの担当ではなくガイウスの担当だ。
いや、今日というか、このところ毎日だな。
彼は高位の戦士としてアルスに気に入られ購入された奴隷であるが、その使用人としての能力も申し分ない程に優秀であった。
今までの役割分担の名残りとして、掃除・洗濯といった雑用はエルザが気分次第で担当しているのだが、基本的に料理は全てガイウスのお手製なのである。
というか、日に日に彼の家事能力が目立ち、いまやこの城にはなくてはならない存在になりつつあるくらいだ。
雑用としては、アルスの世話を熟しながらも城の管理をするエルザの負担が強かった分、非常に助かる結果となっている。
というのも、現在ちょうど三十歳の彼は二十代になるくらいまで弟や妹といった、家族の面倒を見ながら冒険者として生活していたらしい。
もともと貧乏農家の長男として生きてきた故に、冒険者として活動しはじめた動機も家族の生活の面倒をみるためなのだとか。
その後、なんやかんやあって才能が開花し、戦士として最上位の階級まで上り詰めたらしいが、若い頃は苦労したんだろうなという部分が垣間見えることが多々あるのだ。
それに視力を失い戦闘力が下がった自分を売ったのも、成人し結婚を控えた家族に対しての最後の兄孝行といった感じらしいしな。
セバス氏に条件をつきつけていたとはいえ、よくやるよ。
まったく、情に厚い男である。
「よう、ガイウス。精が出るな。それは戦士として独自に開発した鍛錬法か? ふむ、意外と理に適っている」
「おう、ご主人。庭で邪魔させてもらってるぜ。いや、ちょっと仕事の合間にな。戦士の勘を衰えさせないためだが、悪いな」
「いや、全然かまわんよ。続けてくれ」
仕事の合間にな、と彼は言っているが、実際はそんなことはない。
朝早くから料理や洗濯といった仕事をいち早く終わらせたのは分かっているし、既に今日の分の仕事は終わったといっても過言ではないのだ。
あとは昼食、夕食の準備だけだが、それすらもすぐに取り掛かれるよう、既に下準備は終えている。
真面目で働き者のこの男に対して、何も文句など出ようはずもないのだ。
まったく、高位の戦士は魔力感知や気配察知といった技術である程度視野を補えるとは言っても、人間の能力には限度があるんだからな。
無理をしていないといいのだが。
そうしてしばらく大剣を振り回すガイウスの鍛錬を見学し、一息ついたところで再び声をかけた。
余談だが、この大剣は俺が錬金術で用意した、即興の訓練用武器だ。
いずれ業物の剣は用意してやろうと思っている。
「なあ、つかぬことを聞くが」
「なんだよご主人、改まって。俺はただの使用人だ、遠慮することはないですぜ」
「いや、そうなんだが。これは性分だから気にしないでくれ。で、本題だが、お前のその目の呪い、俺なら解呪できるがどうする? 呪いなどとはいってもしょせん、魔力を用いた魔法の一種でしかないからな。解呪など造作もない」
そんな問い掛けに彼は肩をピクリと震わせ、しばらく熟考した。
ふむ、ぜひ治したいと飛びついて来る気配はないな。
……うーむ、やっぱ何か事情があるのかね?
正直に言えば解呪はいつでもできるし、俺も気軽に聞いただけだからそこまで重く受け止めてもらっても困るのだが。
とりあえずその魂の色を覗いてみるが、感情の揺れとしては「闘志」からの「決意」といったところだろうか。
うむ、これではよくわからんな。
悪魔としての特性で、ある程度心情を察することができるとはいえ、この能力は別に万能ではない。
「………いや。気持ちはありがたいが、要らぬ世話だご主人よ」
「理由を聞いてもいいか?」
「構わねぇ。だがその前に、端的に言えばこれは俺のワガママだ。ご主人が戦力として、アルスのやつの護衛として俺を求めているのであれば、無視してもらってもいい。それが俺の仕事だ」
己の立場をわきまえ、要望は要望、仕事は仕事として捉える彼の姿勢は大変好ましい。
目が見えた方が戦闘奴隷としての価値が上がる以上、こういうのは主人の判断次第ではあるからね。
しかしそれでも、俺がこの要望を断ることはないだろう。
この律儀で誠実な戦士を相手に、たかだかそのくらいのことで心象を悪くするなど、ただの愚策だろうからだ。
本当に必要になったら自分から申し出てくるだろうし、無理に彼の意志を曲げさせるなど趣味じゃない。
「理由にもよるが、基本お前の意志を尊重するぞ。あまり舐めてくれるな」
「くくくっ、そう言うと思っていた。さすがアルスのオヤジだ。大した器だぜ。何、治さない理由などあんたが思っている程の理由ではない。単純に、こいつは俺の戒めでもあるんだよ。戦士としてのな」
そして彼はその目の過去について、ぽつぽつと語り出した。