【008】冒険者ギルドにて
「どーしてだよ! あたしとアベルなら、そこらへんの魔物くらい簡単にぶっ飛ばせるのに!」
「なんと言われようともダメなものはダメです。王立魔導学院を主席で卒業したフラダリアさんはともかく、エキナちゃんはまだ学校にすら入学できないおこちゃまでしょう」
ラドール街の冒険者ギルドの受付にて。
未知の世界への期待を抑えきれない小悪魔ちゃんが次なる冒険に挑むため、なにやらまた新しいことに挑戦しようとしているようだ。
その手始めとして、冒険者ギルドへと赴き幼馴染のアベルとフラダリアを強引に連行してきたみたいだが、結果は芳しくないようである。
主な原因はギルド会員として正式登録を行うための年齢制限に引っかかっているだけのようだが、受付嬢である二十代前半の女性は何が何でも登録させるつもりはないご様子。
いまだ幼児から抜け出せない五歳のエキナは仮登録までは可能であるものの、正式にギルド会員としてみなされる冒険者見習いのE級にすら許可が下りないことに腹を立てているようだ。
ちなみにこれはギルドルールにも明確に記載されていることで、自己責任で命をかける冒険者といえども、人類種の存続という目的のため最低限の安全を確保するために、本登録は平民が学校に入学できる八歳からだと決まっているのだとか。
仮登録でも薬草の採取や街中での掃除や配達等の雑用が任されるため、まずはそこから経験を積めというのが方針らしい。
もちろん仮登録中に達成した依頼や貢献してきたことなどは、全て本登録時に反映され八歳になった瞬間にいきなりD級への昇格試験となるパターンも多い。
もっとも、八歳の子供がいくら社会やギルドに貢献しようとも、魔物退治のプロでありある程度訓練した兵士とも渡り合えるD級の試験に合格できるものは一握り。
だが、それを踏まえても実に隙のない、よくできたシステムだ。
聞けば納得するような正論ばかりなのだが、それでもこんな正論で捻くれ半魔の心が動くかと言えば、答えは当然否。
むしろ火に油を注ぐ結果になるのは明らかであった。
「でも、アベルだけは特例とかいって、試験もしないで許可だしてんじゃん! なんだよいきなりD級って!」
「それは当然ですよね? まだ幼いとはいえ、アベル君はこの世界を救った救世主、勇者アルス様を父親に持つ期待の超新星なのですし……。次代の英雄をこんなところで足踏みさせておくなど、人類の損失です」
受付嬢のあまりにもあんまりな言い分に、マジかこのオバさんといった表情で大口を開ける。
そうして美人な受付嬢に英雄として期待されてちょっと鼻の下を伸ばすアベルの顔と、そんなアホ面の幼馴染をキラキラした羨望の眼差しで見つめる受付嬢を交互に見て、よりいっそう信じられないといった顔になったエキナは絶叫した。
「はぁ~~~~!? このポン……、こいつが~~!?」
「おい、いまポンコツって言っただろ。言ったよな!?」
「………………いってねーし!」
「うそつけ! なんだよその間は!? 泣くぞ! いいんだな!? 泣くぞ!?」
ギャーギャーギャーと、収拾のつかなくなりそうな五歳児二人の痴話げんかがはじまり、いつもならピリピリとした血なまぐさい冒険者ギルド内部はほっこりと和む。
これには付き添いとしてやってきたフラダリアも苦笑いで、騒がしくしたことに対し周りの冒険者や受付嬢にペコペコと頭を下げつつも、笑って許してもらえる状況に内心くすりとしていた。
ちなみに、王立魔導学院という最高学府を主席で卒業したフラダリアは既にB級冒険者の資格を持っている。
これは学院に冒険者として活動する授業や課題がカリキュラムとして組み込まれていて、卒業生ならだれでもC級の冒険者証を与えられるからだ。
主席だからそのワンランク上の資格を持っているというだけなのだが、実のところ実戦経験が浅い彼女にB級冒険者としての仕事が務まるかは未知数。
確かに知識や魔法技能といった、授業で発揮される範囲の実力、という条件ならば冒険者でもB級の力はあるだろう。
だが学校でのフィールドワークでは優秀なクラスメイトとパーティーを組んでいたし、万が一が起きないように不足の事態に備えて教師が監視していた。
そのような状況で実践での力が見切れるわけがないし、本当に窮地に陥った時の対応力にも不安が残る。
とはいえ、王都で学んだ訓練が完全に無駄というわけでもないために、どう判断するかは難しいところだ。
そんなこんなで、たまに魔法城から一家丸ごとハーデスの転移で遊びにくるアベルを引っ張り出し、ついでに先輩冒険者であるフラダリアまで連れ出したエキナの計画は、このタイミングでとん挫しつつあるのであった。
「ちぇっ、オバさんのケチ!!」
「お、オバ……!?」
人間種の三十代が行き遅れとされるこの世界においても、さすがに二十代前半の美人さんをオバさん扱いはしないのだが、子供から見たら二十も三十も変わらない。
質が悪いのは、そこを分かっていて子供の立場を利用し毒を吐いているところなのだが、そんな小悪魔ちゃんの捻くれ具合を周りの大人が理解できるはずもない。
よって、純粋だと思っている子供に精神的なダメージを与えられた受付嬢は、石化したように固まり微動だにしなくなってしまうのであった。
そうこうして。
エキナだけは見習いですらない、木くずのようなプレートに名前とランクだけが記載されている仮登録の冒険者証を握りしめて受付を後にする。
アベルがD級の銅製プレート、フラダリアはB級の金製プレートを首から下げているのを見て、ちょっと納得がいっていない様子のエキナだが、なにはともあれ誰かが依頼を受けられるなら同じことかと判断したらしい。
なんとも合理的で、五歳のくせに目的がなんなのかを履き違えることのない優秀なお子様である。
なにせ、エキナの当初の目的はこの世界の知らない様々なことを体験し、冒険し、その先にある何かを自分の目で見つけることなのだから。
別に自分が正式登録できずとも、アベルやフラダリアが自由に動けるなら大した問題ではなかったのだ。
余談ではあるが、F級は木製、E級は鉄製、D級は銅製、C級は銀製、B級は金製、A級はミスリル製、S級はオリハルコン製のプレートが支給される。
ガイウスやアマンダは当然のようにオリハルコン製のS級プレートで、冒険者を引退してからもこの街の領主であるラドール子爵に懇願され、どうかいざという時のために冒険者証だけは返還しないでくれと言われているらしい。
あの人魔大戦で冒険者の働きに感銘を受けたラドール子爵にとっては、引退し小さな宿屋を営みつつもこの街に残ってくれる勇者の仲間は、それはもう何よりも価値のある人材に見えたのだろう。
実際に彼は心からガイウスとアマンダを尊敬しているし、もし再びこの世界に危機が訪れた時は、彼らと彼らが残した子供が世界を救う鍵になると思っているようだ。
その心酔ぶりはもはやラドール子爵の揺るぎない信念にもなっていて、フラダリアが特待生候補として王立魔導学院の入試を受けられたのも、彼が貴族としての全権を駆使して猛プッシュしたからだ。
そうでなければ、いくらS級冒険者であり英雄の子であるといっても、たかが平民の間に生まれた子が、基本的に特権階級しか入学することのできない貴族の包囲網を掻い潜って入学できるはずがない。
高い実力は当然必要だが、その実力を証明するための入試に辿り着くためには、それなりの肩書きというものが必要なのだ。
つまりそれほどまでに、世界を救った勇者の盾にして師匠、S級冒険者の超戦士ガイウスという男はラドール子爵にとっての切り札なのであった。
もちろん冒険者はピンキリで、ガイウスのような英雄もいれば盗賊まがいのゴミもいる。
ラドール子爵が行う冒険者支援がどこまで正しい行いなのかは、本当の意味では誰も分からないだろう。
だが現時点の結果だけを見るのであれば、彼が推薦したフラダリアは十歳という若さで最高学府を主席で飛び級しているので、その判断は間違いなく正解であったと言わざるを得ない。
なにせこの飛び級によってラドール子爵に対する世間での評判はうなぎのぼりであり、現ルーランス王からの信頼も厚く、もしかすると陞爵するかもという段階まできているのだから。
まあ、そんな彼の成功に嫉妬した貴族からの妨害もあるので、そう簡単な話ではないとは思うが。
話が逸れたが、そんな感じに巷で噂のアベルとフラダリアを引き連れたエキナは、掲示板に張り出された依頼書を物色しつつも一つの依頼に目をつけたのであった。
「オーノス遺跡に出現する、新人冒険者狩りの調査依頼ねぇ……」
「なんだそれ? エキナはオーノス遺跡のこと知ってんの?」
ドヤ顔で手に取ったのは、ラドール街にほど近い最寄りの遺跡に出現する、冒険者狩りに対する調査依頼だった。
このオーノス遺跡というのは既に宝などは掘りつくされ、これといった研究対象がある訳でもないかなり昔に滅んだとされる文明の跡地なのだが、問題はそのうま味の無い土地に多様な魔物がよく住み着いてしまうことにあった。
南大陸を代表する大森林の中にあるため、魔物が住み着いたとしても街の被害は皆無なのだが、大森林で取れる素材やレアな魔物の素材をてっとり早く探すのであれば、逆に魔物が住み着きやすいこの遺跡はよい狩場なのである。
街から近いし、魔物も浅瀬だからそれほど強くないし、ということで新人冒険者の登竜門となっているようだ。
今回の新人狩りも、そういった傾向を狙って行われたものなのだろう。
「遺跡のこと? そんなの知らねーけど?」
「え?」
「えって、なにが?」
「いや、なんでもない」
じゃあなんでドヤ顔だったんだよと、そうツッコミたくなるアベルであったが、そんなことを言ってもエキナが拗ねるだけなので言わない。
気になる女の子にちょっかいをかけたくなるのが男の子の性というものであるが、アベルはこういうところで妙に優しい良い子なのであった。
しかしエキナとて無策であったわけでもないらしい。
「まあ、こういうのはフラダリアねーちゃんなら全部知ってるでしょ。問題ないって」
「そういうもんなのか?」
「そーいうもんなのっ! でしょ、ねーちゃん」
「はい。一応場所や地形、冒険者の傾向や周辺の環境などは知識として持っていますよ」
ほらねーといった感じで、フラダリアの知識に絶対の信頼を置くエキナは心配している様子もなくテキトーに流す。
小悪魔ちゃんが持つこの妙な信頼感はともかくとして、感性も一般人の域を出ないアベルとしてはこのあり得ない知識量に混乱せざるを得ない。
まるで数日前に王立魔導学院を主席で飛び級したと聞いて驚愕したエキナと同じように、なんなんだこのねーちゃんは、という感じで理解の及ばない勉学モンスターに驚愕するのであった。
「よしっ! じゃあ今回の依頼はこれで、ねーちゃんが受理している間にあたしたちはワサビを連れてこよー」
「お、おー!」
かくして、方針のまとまった三人組は初めての冒険に出かけるため、B級の冒険者証を持つフラダリアに依頼の受理を任せて、追加メンバーである上級精霊のワサビを裏庭から連れて行くのであった。
そして、その様子をこっそりと陰から見守るカキューパパと、内緒で街から出ようとする娘を凍てつく眼差しで眺めるエルザママ……。
ひぇっ……。