【007】憧れと期待、そしてワサビ
【注意】
本日二度目の投稿です。
読む順番にお気を付けください。
グランベルトとアベルの一戦から数日後。
いつものようにラドール子爵が治める街でダラダラと毎日を過ごし、なついてしまったホタテを連れ帰ったエキナは両親からその世話役を命じられていた。
というのも、なぜか一度なついてしまったホタテ精霊は既にエキナと魔力による繋がりのようなものができてしまっていて、魔法による契約が成されている状態であるらしいのだ。
おそらく水の触手でお互いに宿る魔力をやり取りしたことと、暴走しかけたアベルを心から救いたいと願い止めた姿を見て、精霊自身が感銘を受けてしまったのが原因だろうと父カキューは語っている。
精霊と親和性の高いダークエルフの母エルザも、このような上位の精霊が娘と契約してくれるのであれば、それに越したことはないと最近は常に気分が良いらしい。
ダークエルフの血は半分に薄まったとはいえ、上位精霊に気に入られるほどの親和性を見せる優秀な娘を持てたようでなによりである。
なお、この精霊は地と水の属性を半々で兼ねているらしく、微小精霊・下位精霊・中位精霊・上位精霊・精霊王と続く精霊たちの中でも、上から二番目の格を持っているとのこと。
本来ならハーフになつくどころか、光・風・地・水に親和性のあるエルフにすらなつかないのが普通。
それが闇と火がメインの適性であるダークエルフの、さらにハーフになつくなど前代未聞の快挙。
エルフと比べて身体能力が高いダークエルフは魔法への適性が劣っていることが多いためか、母エルザなどずいぶんと興奮した様子で、知り合いのいけ好かない年増エルフに連絡してマウントを取りたくてしょうがないようだ。
「私と旦那様の娘ですもの。いつかはやってのけると信じておりました」
とは、ホタテ精霊を連れ帰ったエキナに対する、母エルザの第一声である。
なんだかよく分からないが親に褒められたのが相当嬉しかったのだろう、あの捻くれまくった小悪魔ちゃんが、まさかまさかの素直さ全開の笑みを見せてしまう異常事態が発生したほどだ。
当然のように父カキューにレアな笑顔を撮影されまくっていたが、さすがにそこまでは許せなかったのか、怒ったエキナが頬を膨らませて足のスネをげしげしと蹴っていた。
そして本日。
父カキューが娘のために気合を入れて用意した裏庭のため池にて、巨大な身体を十分の一ほどに縮めてお手軽サイズになったホタテに、自作の錬金ジョウロで水を与えていたエキナが仲の良いフラダリアを連れて鑑賞会を開いていたのであった。
「なるほど、それではこの魔力係数が……。ふむふむ、では、それでこちらの公式に代入することにより、自然界のバランスを……」
「ふぁ~あ……。朝からずっとこのホタテだけ見ていて、よく飽きねーよなフラダリアのねーちゃんはさ。まあ、あたしは別にかまわね~けど~」
熱心に精霊の研究を続けるフラダリアに対し、投げやりな感じで時々ジョウロの水をまくエキナ。
女子会にしてはあまりにフィールドワークが過ぎるが、まあ、お互いに特殊な性格をしているのでこんなものだろう。
ちなみに、自分のことを年下の幼馴染三人組をまとめるべきお姉ちゃんだと思っているフラダリアなど、妹分だと認識しているエキナから精霊を捕まえてきたから研究しようぜと言われた時は耳を疑っていた。
大切な妹分がついに悪に手を染めてしまい人の道を踏み外したのかと思ったようで、自分が身を挺してでも悪の道から救わねばと、意味不明な使命感に燃えていたくらいである。
まあ、誤解だったわけだが。
かくして誤解が解けた今、その天才的な頭脳を以て精霊の生態を研究し分析している学者肌の少女が、下級悪魔一家の裏庭にて爆誕しているのであった。
「ちなみに、この子には名前はあるのですか?」
「えっ、なまえ~? う~ん。…………。…………。ワサビジョーユとか? いやあ、やっぱりワサビ、かなぁ」
なぜ、ワサビ。
そう思うフラダリアであったが、妹分の様子を見るにかなり気に入ったようで、たった今決定された名前を繰り返し連呼してワサビワサビと嬉しそうに呼びかける姿を見て、まあいいかと思い直す。
ただちょっと心に引っかかることが一つ。
海辺で採取される貝などの魚介類は、地元の人達がよくバターやワサビといった調味料で美味しくいただいているという知識があることだ。
まさか、そこから名前を取ったのではと予感しつつも、いやいやそんなはずはないと頭を振って邪悪な考えを振り払う。
愛すべき妹分が精霊様に対し食欲から名前を付けるなど、あるはずがない。
そう思い込むことにしたようである。
「そーいやさ」
「なんでしょう」
「フラダリアのねーちゃんは、学校いかなくていーわけ? なんだっけ、王立魔導学院の特待生なんでしょ。サボるのはよくないよー」
などと、サボりまくっているサボりの第一人者が自分を棚に上げて正論を宣う。
しかしそこはさすがの知能全振り超天才少女、そのような愚を犯すようなヤワなエリートではなかった。
「ああ、あそこなら既に飛び級で卒業していますよ。現ルーランス王、マルスレイ・ルーランス陛下と学院長が直々に判断し、認めてくれたんです。いまは卒業したてなので、宮廷魔導士として国に雇われるか、フリーの研究者としてさらに才能を磨くか、進路に悩んでいるところです」
……ということらしい。
このあまりの天才ぶりに、さすがの捻くれ半魔エキナも開いた口が塞がらない。
頭が良いことは前々から知っていたが、まさかここまでとは思わなかったようである。
というのも、そもそも王立魔導学院というのは南大陸でも入試難易度最高の超エリート学府であり、しかも卒業はどんなに急いでも十六歳からなのだ。
それをあまりにも天才すぎて国王と学園長直々に推薦され十歳で卒業って、超人たちの中でもある程度賢いエキナですら、六年も飛び級したフラダリアが勉学のバケモノにしか見えなかった。
もはや、なんなんだこいつ状態である。
「フラダリアねーちゃん、すっげー……」
「そ、そうでしょうか? 私からしてみれば、五歳で私よりも錬金術に明るいエキナちゃんや、同じく五歳で剣聖の技を体得してしまったグランベルトきゅん、ン、ンンッ! ……ではなく、グランベルト殿下、そしてその殿下と渡り合うアベル君のほうが凄いと思いますが……」
確かに言われてみればそれも一理あるなと思ったエキナは、う~ん、と悩みながら「すごいって、結局なんなんだろうな~」とワサビに語り掛けて哲学に浸る。
齢五歳にしてこの哲学、やはりエキナも自覚がないだけで十分超人の遺伝子を継いだ超人なのであった。
ちなみに、フラダリアは数日前のグランベルトとアベルが行った模擬戦のことを知っており、なぜその時に自分を呼んでくれなかったのかと、帰ってきた次の日にはエキナへ二時間ほど言葉攻めで困らせた過去を持つ。
その時のフラダリアの剣幕にさすがのエキナも困惑しており、そこまで試合が見たかったのかなあと、ちょっとだけ仲間外れにしちゃったことを後悔しているようである。
まあ、二時間もの言葉攻めの中で常にメガネを光らせ、表情の変わらない真顔で説教をされては本気の想いを感じざるを得ないということなのだろう。
また、エキナからあの日の後日談を聞いたフラダリアは、グランベルトが活躍するたびににズイっと顔を近づけて「そこをもっと詳しく」とか、アベルが覚醒したときには「こ、これはまさかアベル君×グランベルトきゅんの構図が……、いえ、なんでもありません、続けてください」だのと、少し挙動不審だったとか。
だが話を聞き終えると何事もなかったかのようにけろっとして、「では、私は少し書き留めることができましたので」といって去って行ったようだ。
その一部始終を見たエキナは、やっぱねーちゃんは大人だなぁと、子供ながらに過去を水に流すという高度な精神性を覚えてしまうのであった。
本当は全く違う意味での行動だったのだとしても、エキナがそう思えばそうなのである。
それが本人にとっての真実というものだ。
「でさぁ、ねーちゃん」
「はい、なんでしょう」
「あたしちょっと、アベルと一緒に冒険者ってやつをやってみたいんだけど、どうやったらなれるか教えてくんない?」
突然語られたその目には、数日前のあの冒険が忘れられないと顔に書いているかのように。
いや、それ以上の興奮と羨望を未知の世界に抱いているかのように。
いつもやる気の無さそうな捻くれ者にしては、とびっきりの憧れを両の瞳に映して問いかけたのであった。
フラダリアちゃんは順調に腐〇子への階段をのぼっています。
作者のイメージとしては、三つ編みメガネの白衣を着た実はかわいい地味子ちゃん。