【005】冒険の先にあった景色
朝方に魔法城を飛び出したアベルに追いつき、ついでとばかりに森の中で探索を続けるエキナは奥へ奥へと進んでいく。
彷徨い出てくる魔物は進むごとに強くなっていき、少し前までは珍しかったC級魔物の出現も、いまではそう珍しいものではなくなってきていた。
「アベル、そっちにでけーイノシシがくるぞ! ちょい足止めしておいて」
「か、簡単に言うなよ!? くそっ、突っ込んできた! ……いや、でも意外といけそうだな?」
グレーターマンティスと同格であるC級の魔物、戦車もかくやという巨体と突進力を兼ねたビッグボアの足止めを前衛として依頼されるアベル。
戦闘力のランク差的に言って正直彼には荷が重い役割ではあるが、その一直線に走り抜けてくる動きを見た瞬間全てを悟る。
相手を見極めることに関しては素晴らしいものを秘めた目を持つが故に、巨大なビッグボアの動きから直線でしかその威力を発揮できないことに気付いたのだ。
いくら突進力と体力がズバ抜けていても、方向転換ができないのであれば対処は容易。
たとえ自らが傷を負わせることができなかったとしても、言われた通り時間を稼ぐだけならなんとでもなりそうであった。
その後しばらくして、ビッグボア以外の魔物に対処していたエキナが爆弾石と暗殺のコンボで無双を終えると、闘牛士のようにヒラリヒラリと躱していたアベルのもとへ加勢に向かう。
「おっ、まっ、たっ、せ~」
「お、おそい! 遊んでる場合かよ!」
「えへへ。わり~わり~。ちょっと、目の前の誰かさんがカッコよく戦うのを見て、見惚れちゃってたのかもねえ~?」
本当はそんなこと全くなかったのだが、憤る幼馴染をなだめるために舌をちょろっと出してテキトーなことを宣う。
さすがいつも父カキューを翻弄する小悪魔ちゃんだ、男の扱い方をよく分かっているようである。
しかし、そこは付き合いの長い幼馴染同士。
アベル自身もエキナが本心で言ってないのをよく理解しているのか、ちょっとだけ照れつつ、またテキトーなこと言いやがってという雰囲気で呆れ顔をさらしていた。
「ま、結果的によゆーだったんだから、いーじゃん。……そら、よっと!」
軽口を叩きながら地面に手をつけると、いつもどおり錬金術を扱う要領で魔力を流し込み巨大な落とし穴を生み出す。
おそらく宝物庫の鍵開けと同様に、錬金術においては初歩でもあり奥儀でもある、物体の形を変形させる技術をもって地面の形を操作したのだろう。
本来ここまで大がかりな落とし穴を生み出すのには大量の魔力が必要で、悪魔の血を引いているとはいえ五歳のエキナには少しきつい状況だ。
故に、それを計算していた彼女はまず周囲の魔物を一掃することで魔石を収集し、無双で使用した爆弾石以上の魔力源を確保し終えていたのである。
魔物を片付けるのに消費した練習用の魔石、つまりは最低品質の爆弾石の出費は三つほどだが、終わってみれば獲得した採取したての高品質な魔石は十個以上。
これだけあれば、魔石から引き出す魔力がタンクの役割を果たし、落とし穴を創造するだけのエネルギーを満たすことができるという理屈。
さすが正面戦闘は苦手なだけあって、知略戦略で工夫しながら戦うのがずいぶんと得意なタイプのようだった。
そうして見事、急に足場が無くなったことで落下したビッグボアをやり過ごした二人は、何事もなかったかのように探索を再開する。
穴の深さは数メートルほどもあり、幅も暴れられるほど大きくはないため、前に進むことしかできないビッグボアがここから急に抜け出すのは不可能だろう。
いずれ他の魔物が群がって来るか、その前に抜け出せるかは分からないが、脅威が去ったことだけは間違いない。
「つーかさー」
「なんだよ?」
「おめーなんか、戦うたびに、ちょっとずつ動きがよくなってきてるような気がするんだよなー」
やっぱ、おかしいよなー。
そう呟くエキナを見て思い返してみるが、アベル自身そういった実感は特にない。
とはいえ確かに、グランベルトと模擬戦をしていた時の自分があのビッグボアを相手にできていたかと言われれば、首を傾げてしまうくらいには納得のいく疑問だった。
これがなぜそうなったのか、ただ実戦経験を積んで強くなっているのか、それともたまたま調子が良いだけなのか、全く分からないところが不気味である。
そうしてしばらく、う~ん、と唸っていたエキナは思いついたことを口に出す。
「もしかしたらさ、アベルってピンチになってた方が強いんじゃね?」
「はあ? なんでだよ」
「いや、なんていうか。さっきみたいに弱いと生き残れないじょーきょーだと、戦うしかないじゃん? 心さえ折れてなければ、本当は眠っていたちからが~、みたいな」
両手を掲げた大げさなポーズを取り、ゴゴゴゴ、という効果音を口に出して表現するエキナ。
アベル本人もそんな訳ないじゃんと思いつつ、あながち間違っているとも言えない状況に唸り声をあげるくらいには引っかかりを覚える推察だ。
これは結果論であるが、言われてみればさきほどエキナに足止めを頼まれたとき、もしここで自分が失敗すれば幼馴染が危険にさらされると思い、いつもよりもかなり集中して頭を働かせられたのは事実だ。
するとどうだろうか、自分では無理だと思っていた前衛としての役割を、身体が回答を教えてくれるかのように最善の選択肢を導き出した。
目が良いだけであれば巨体の勢いに呑まれてまともな思考ができず、落ち着いて対応することはできなかっただろう。
なのに実際は一瞬で弱点を見破り、心が自分の意志に反して急激に落ち着いていった。
これが眠っていた力なのかと言われると疑問を感じざるを得ないが、なんだか少しだけ、自分にもなんらかの才能がある気がして良い気分なのは確かだ。
「そうだといいな」
「ま、しらねーけど。……おっ、なんか見えてきたぞ!」
あれだけ考えておいて、最後の方はどうでも良さげに流すエキナにむっとしつつも、言われた方向を見てみると確かにそこには見慣れない光景が広がっていた。
まるで人工的に作られたかのように、ぽっかりと綺麗な円形を描いた巨大な湖。
周囲はまるっきりいつも通りの森なのに、そこだけ別世界であるかのように澄んだ水が太陽の光を反射しているのだ。
幻想的な光景に圧倒される二人であったが、その上空ではちびっこい天使が「なんだか、見覚えのある場所なのよね~」と首を傾げている。
そう。
なにを隠そう、ここはかつてキャンプファイヤーをしていたメルメルが龍脈の力を暴走させ、子供時代のアルスとハーデスが邪竜と戦っていたときに、周囲まるごと焼き払ったことで誕生した湖なのだ。
ちびっこ天使のせいで太陽のような大火球が降り注ぐとき、危険を察したカキューが環境への被害を押し止めるため、円柱状に結界を張り巡らせることで内部だけが蒸発し陥没したのがこの場所。
その後、高熱からガラス状になった地面へ徐々に雨水が溜まることで湖へと様変わりし、今では森の生き物たちの水飲み場になっているのであった。
「すっげー…………」
このような幻想的な光景を見たのは初めてだったのだろう。
自分の意志で冒険をした先には素晴らしい未知の世界が広がっていることを知り、感動した面持ちで呆けてしまうエキナ。
アベルもそれなりに綺麗な湖だなとは思っているようだが、エキナほどではないらしい。
この冒険がもたらした成功体験が今後何を意味するのか、それはまだ分からない。
少なくとも、いままで街の中が世界の全てだった捻くれ半魔の心に、とても綺麗な何かが映り込んだのだけは確かであった。
だが、冒険にはいつだって試練がつきもの。
感動の面持ちで湖を眺めていた二人の前に、湖から巨大な何かが浮上してきたのであった。
覚えていますでしょうか。
第一章の【071】メルメルの打ち上げ花火にて、邪竜がメルメルに消し炭にされたあの場所です。
懐かしいですね(`・ω・´)