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【003】勝者と敗者




 大自然に囲まれた南大陸の魔法城の裏庭にて。

 世界を救った勇者の息子アベルと、その盟友たる剣聖の息子グランベルトが木剣を構えて向かい合う。


 そんな幼馴染二人の応援をする大人組と火竜のボールスは試合に興味津々のようだ。

 特にカキューなどこの幼馴染初となる待望の一戦を逃すまいと、魔道カメラを用意して動画まで残すつもりらしい。


 幸い、睨み合い相手の一挙一動に集中している子供たちにはバレてはいないようで、余計な緊張を与えずに済んでいるようだ。

 もっとも、それを知っているからこそ白昼堂々とシャッターを切っているともいえる。


「頑張るんだよアベル。グランベルト君はとても優秀な聖騎士見習いだけど、きっとこの模擬戦はいい経験になるはずさ。思いっきりぶつかってくるといい」

「そうだぞアベル。お前は俺様とアルスの息子だ、結果のことなんて気にせず自信を持て。いつものお前でいいんだぜ」

「う、うん! 絶対に勝ってくる! ……よしっ!」


 模擬戦が始まる直前、両親から声を掛けられたアベルは初めて体験する試合にガチガチになりながらも、この試合に勝利するための助言だと思い込みなんとか返事をする。

 アルスもハーデスも試合結果についてはどうでもよく、この試合を通じて得られるものが何かあればいい程度に思っているようだが、本人には伝わっていないらしい。


 するとこの会話を聞いた瞬間、いままで満面の笑みでニヤニヤしながらシャッターを切っていたカキューの目が、少しだけ真剣に細められた。

 おそらく親と子が感じているもの、望んでいるものの食い違いを察したのだろう。


 そしてそれが何を意味するのか、一度アルスを育て切った経験があるが故に思うところがあるらしい。


「……父さん? どうしましたか?」

「…………。いや、いい。気にせず試合を続けろ。邪魔して悪かったな」


 陽気にシャッターを切ることを止め、真面目な空気になった父カキューの雰囲気に気付いたアルスが反応するも、本人としてはこの場で答える気はないようだ。


 模擬戦が始まろうかというこのタイミングで言ってもしょうがないことではあるし、一人前の大人になり自分を超えたアルスに対して、なんでもかんでも口で言い聞かせて教えるような子供でもないとの判断から無言を貫くつもりなのだろう。


 唯一子供組で模擬戦に参加していないエキナだけは、なぜかやる気の無さそうな顔で白けて小さく愚痴をこぼす。


「なんかアルス兄ちゃんたちって、器の大きさをアベルのやつにも重ねちゃってるよなぁ。あいつは才能とか全然ねーんだから、少しは気をつかえってのに……」


 誰にも聞こえないように言ったその小言は、優しく空気に溶け込み消えていく。

 変な方向に賢いエキナは、自身が置かれている状況を自覚しているのだ。

 まだガキんちょである自分がこんなことを言っても、大人が真面目に取り合ってくれるはずがないのだと。


 そしてそれは、この愚痴を聞き逃さなかった唯一の例外を除いて、ある意味では正しかった。


「優しいやつだな、お前は」

「と、とーちゃんに言ったんじゃねーし……。てーか、盗み聞きすんなよっ」

「照れるな照れるな。可愛いやつめ」


 家族や仲間の心を案じ、大切にする娘の気持ちが嬉しかったのだろう。

 この状況を正確に読み取っている父カキューは娘の頭をぐりぐりと撫で、鋭かった目つきから一転、さきほどとは打って変わって優しい目でこの模擬戦を見守るのであった。


「準備はいいか? そろそろいくぞ、アベル」

「お、おう! いつでも来いグランベルト!」


 そして始まる第一戦。


 剣聖である父の剣才を受け継いでいるグランベルトは、スゥ……、と流れるような動作で木剣を滑らせ相手に切り込む。


 当然これが幼馴染と初めての模擬戦である彼は、相手も自分と同格かそれ以上の実力を持っていると想定して動いていた。

 自分が聖女である母と剣聖である父から才能を受け継いでいることは知っているし、それが同年代では敵なしと言えるほどに優秀であることも自覚してはいる。


 だが、模擬戦の相手はあの伝説の勇者と魔界姫の息子、アベルなのだ。

 誰よりも尊敬している父エインからは、今の勇者アルスに正面から勝てるやつなど、この世界には存在しないとまで言わせるほどの評価を受ける大英雄の息子である。

 舐めて攻撃できるわけがない。


 世界を救った勇者の息子。

 それがどれほどの重圧なのか、どれほどの責任と意味を持つのか。

 同じく教国の第一皇子にして英雄の両親を持つグランベルトには、幼いながらも身に染みて理解できていた。


 だからこその、全力の一撃。

 もしかするとこの全力ですらこのアベルには通用しないかもしれない。


 だがそれでも全力を以て、胸を借りるつもりでかつて最強の剣士である父が再現した剣聖の技。

 剣聖流第一歩目の型、無拍子を放ったのであった。


「────無拍子」

「なっ、は、はや」


 瞬間、グランベルトの放った神速の木剣がアベルの胴を打ち払い、もの凄い勢いで吹き飛ばす。

 飛ばされていったアベルは何が起こったのかすらわからずに地面に倒れ込み、負けたと自覚する間もなく意識を手放すのであった。


 完全に、勝負ありである。


「ふっ。どうやら現時点での実力は、俺の息子が一歩上のようだな、アルス」

「あ、あはははは……」

「まあ、あの分だと次は俺の息子が負ける番かもしれんがな」


 かつて、お互いに幾度となく模擬戦で鍛え合った間柄だからこそ、この一時の勝ち負け程度で息子たちになんらかの評価を下したりはしない。

 こんなものは勝ったり負けたりだし、なにより大事なのは勝敗ではなくその試合の中で見えてくるものがあるかどうかだからだ。


 しかし、それはそれとして一勝は一勝である。

 息子が活躍したことを嬉しく思ったのか、エインは柄にもなくいつものクソ真面目な表情を崩してニヤリとするのであった。


「おい、大丈夫かアベル」

「うっ……。じいちゃん……」

「良い試合だったな。最後の瞬間、グランベルト君の剣を目では完全に見切っていただろ? じいちゃんびっくりしたぞ。アベル、お前はやっぱり凄いやつだ」

「そ、そうかな? へへ、でもちょっと油断しちゃったよ」


 気絶したアベルを抱きおこし、励ましつつも元気が出る程度の軽い魔法をかけて一瞬で完全復活させる。

 カキューのみならず、大人組はあの無拍子を完全にアベルが見切っていることに気付いていたのだ。


 まだその目の良さに肉体がついてきておらず、反応できる間もなくやられてしまっただけ。

 今回は負けたけど、この経験を糧に努力を続ければ次はどうなるか分からない。

 だから落ち込むことはないということをカキューは言いたかったのだが、そのことを理解できなかった者もこの中にはいた。


「なんだ……。その体たらくは……」

「え?」

「アベル、貴様……。分かっているのか? この模擬戦は単なる交流試合ではない。お前や私の父上、そして母上が守ったこの世界の未来のため、この先を託すに値するかを見極めるための試合だったのだぞ! それを、油断しちゃったよ、だと……!?」


 烈火のごとく怒り、幼馴染に詰め寄るグランベルト。

 ぶっちゃけそこまで重く考えてたわけではないアルスやエインは、それはもう気まずそうに顔を逸らしている。

 ハーデスに至っては、アルスを肘でつついて、この空気どうすんだよと目で語っているくらいだ。


 しかし、グランベルトの言い分も一理ある。

 皇族という立場に重圧を感じながらも、偉大な両親の顔にドロを塗らぬよう、あの憧れにいつか手が届くと信じて日々限界まで自らを鍛え上げるこの子の覚悟があるからこその発言だ。


 五歳児である本人がそこまで理路整然と意識できていなくとも、なんとなくという形で心に眠る気持ちは同じものだ。

 それにカラミエラ教国の重鎮たちや家庭教師からは常に、「そんなグランベルト殿下であるからこそ、未来を託すに値するのです」と言われてきた。


 彼が父から話を受け、周りからの期待に応えるため、この模擬戦に挑むために準備をしてきたものは数多くある。


 だから本気で戦ったし、同じように未来を背負う仲間だと思っているアベルのことも心から認めているのだ。

 だというのに、この大事な交流戦で「油断して負けちゃった」などと言われては、到底納得がいかないのもまた事実であった。


 これは教育方針の違いなのだろう。

 生まれたときから責任重大な皇族であるグランベルトに対し、アルスとハーデスは息子に過度な重荷を背負わせることなく、日々幸せに普通の家族として育ててきた。


 だからこの交流戦だってかつて盟友エインと競い合ったように、気軽にやればいいじゃないかと思っている節があったのだ。

 もちろん、試合をふっかけたエインすらもそう思っていた。


 この認識の食い違いが彼の怒りを刺激する結果になったということである。


 もちろん誰も悪くない。

 一試合ごとに責任を感じている側と、絶対勝とうとは思いつつも、切磋琢磨するくらいの気持ちで挑んだ側。

 どちらの言い分にも一理あるからだ。


 ただ、グランベルトと同じように両親を尊敬しているアベルには、皇子の責任と怒りがよほど堪えてしまったらしい。


「…………ッ」

「あっ、おい! どこいくんだよアベル! ……ったく、しゃーねーな。あたし、ちょっとアベルのやつを連れ戻してくっから、とーちゃんたちはそこで待ってて」

「おう、気をつけてな」


 突然駆け出し、魔法城を飛び出して森へと走り去って行ったアベルを追って、エキナが追従するように駆けて行った。

 カキューと同じく、エキナ自身こうなることは半ば予想できていて、「だから言わんこっちゃないってーの!」と悪態を吐きながらも心配しているようだ。


 さすが、毎日のように自分の可愛さを利用して父カキューを翻弄する小悪魔ちゃんだ。

 人が持つ心の機微には、五歳とは思えぬほどに聡い幼女である。


 これは余談であるが、気を付けてなと言いつつ送り出した下級悪魔が、実は陰からこっそりあとをつけていたり、屋根上で寝そべりながら見学していたちびっこが「FHOOOOO!」とかいいながら追いかけて行ったことは、二人の少年少女たちは知らない。


 知らないというか、知られないように動いている。

 なぜなら、いつだって子供達の冒険は、こうやって始まるものなのだから。





いよいよストーリーが動き出しました(`・ω・´)


次回からはエキナちゃんが無双したり、アベル君が本気出しちゃうお話!

ちょい重い話は、ここらへんで一旦終わりです。

アベル君だってエキナちゃんのためなら、やるときにはやるんです。


お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 親が偉大すぎると子供は苦労しますね
[一言] どちらの親子も少し行き違いがあるんですね。
[一言] これさらっとメルメルも子供扱いされてるよなてかメルメルは何歳だ?
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