【002】幼馴染たち
第二話!
ちょっとだけ小悪魔なやんちゃ娘エキナが、領主邸の宝物庫へ特にこれといった用があるわけでもなく、ただの観光気分で忍び込んだ翌日。
彼女は父カキューに連れられて、年の離れた兄とも言えるアルスの住む魔法城へとお邪魔していた。
これは別に特別な用事があるというわけではなく、父カキューは息子アルスの子供、つまりは孫であるアベルという男の子の様子を見に頻繁に訪れているのだ。
エキナへと諭す父カキューの言い分としては、娘であるエキナがアベルと同年代ということもあり、情操教育的にも親戚で集まり親交を深めるのは良いだろうと言っているが、これはただの言い訳。
本当は自らが溺愛する娘と、同じく溺愛する孫アベルを一緒に愛でたくてしょうがないからこその行動だった。
カキュー本人も情操教育などというのは建前であることは隠すつもりがないのか、息子一家がアベルを連れて姿を現した瞬間に抱き着き高い高いだの、よしよしなでなでだのとやりたい放題である。
毎度のこととはいえ、これにはさすがのアルスも苦笑いを禁じえないし、ハーデスにいたっては息子アベルに邪悪なおっさんがくっついているのを見て、若干イラついた様子で眉間にしわを寄せ溜息を吐いているくらいだ。
ハーデス自身、最愛の夫であるアルスとの間にできた子を大事にされるのは悪い気分ではない。
とはいえ、それにも限度というものがあるらしい。
あまりにも際限なく可愛がるものだから、つい先週など夫に、「あの邪悪なおっさんをなんとかしろ。甘やかし過ぎは教育に悪いっ」と物申したほどである。
これにはさすがの最強勇者アルスとて、ぐうの音も出ない。
だがそれはそれとして、孫を愛してやまない父カキューを止められるかといわれれば、答えは否。
世の中とはそんなものだ。
「おおおよしよしよし……! 元気にしてたかアベル~! 今日もじいちゃんがお土産を持ってきてやったぞ~!」
「え、ええと……。ありがとうじいちゃん。オレすごく嬉しいよ」
「そうだろうそうだろう! 今日はお前の大好きなチョコレートケーキを持って来たぞ! エキナも大好物だから、一緒に食べてきたらどうだ? ……もちろん、二人っきりでな?」
「え!? ホント!!」
孫の好感度を食い物で稼ごうとする下心しかない手口に、さすがに恥ずかしくなってきたエキナは頬を膨らませてゲシゲシと足蹴りする。
だがそんな娘のふてくされ方も父カキューにとっては可愛いもので、むしろ機嫌が良くなっているようにすら見えるのだから手に負えない。
ちなみにここで勘違いしてはいけないのは、孫であるアベルが喜んでいた主な原因が、好物のショートケーキが貰えたからではないということだ。
むしろ、本命は……。
「なあエキナ! あっちで一緒に食べようぜ! お、オレがエキナの分を切り分けてやるよ……! 特別にな!」
「ふんっ! 簡単にとーちゃんの手口に乗せられやがって。だけどオメーがそういうんなら、考えといてやる」
そう、本命はエキナと二人っきりになれる口実ができたことであった。
実はこのアベル少年、態度では何気ない感じを装っているように見えるが、いや、という風に本人は思っているが、本当は幼馴染のエキナが好きでしょうがないピュアボーイ。
エキナ自身もそんなアベルの気持ちには気づいてはいるものの、なんだか知らないけど隠したがっているみたいだから、とりあえず気づかないフリをしてやっている気遣いのできる小悪魔ちゃんなのである。
本人もアベルから好意を抱かれている状況は満更ではないらしく、口では文句を言いつつもその頬はほんのり赤い。
そしてそんな最愛なる五歳児たちの青春ラブコメを見たしょーもない下級悪魔は、ニヤニヤしながら作戦がうまく行ったと写真をパシャパシャと撮っているのであった。
青春をする幼児二人が良い感じになっちゃうと分かってて計画的犯行に及ぶとは、本当に邪悪なおっさんである。
だが、悪とは必ず滅ぶもの。
下級悪魔の完璧すぎる作戦が実を結ぼうとしたタイミングで、勇者アルスが渾身の一撃を放った。
「あっ、でも父さん。今日は珍しくエインがうちに来てるんだよ。いま裏庭にいるんだけどね? なんか、俺とお前の息子も今年で五歳、そろそろ積極的に交流を図るべきだろう、キリッ。とか言ってたよ」
「な、なにっ! む、いや、しかしこれはこれで……」
真面目なアルスにしては珍しく、キリッ、の部分まで再現して場を茶化す。
しかしその効果はてきめんで、情報を正確にリサーチはしていたものの、娘と孫に気を取られてすっかり忘れていたことで虚をつかれたように固まる。
これでは二人のラブラブ青春シーンを写真に収められないではないかと思うものの、だがむしろライバルの登場という意味では、これはこれでありかと思案しはじめているようだ。
どう転んでもダメージを吸収し良い方向に捉えてしまう、ある意味でゾンビみたいな精神性だ。
きっとこの邪悪なおっさんは不死身なのだろう。
そうに違いない。
すると案の定、この騒がしいリビングでのやり取りを聞きつけた、勇者の息子アベルがもっともライバル視している五歳の天才幼馴染が、知性と品位を感じる足取りで父と並んで現れた。
「お久しぶりですね、カキュー殿。もうご存じかと思いますが、幼馴染であるこの子たちにも、そろそろ切磋琢磨する機会が必要かと思い、こうしてあなたたちの城にお邪魔しているところなのです。ほらグランベルト、ご挨拶を」
先に現れたエインに促されるようにして、母譲りの青い髪に父から継いだ紫の瞳をした美幼児が優雅にお辞儀をする。
美幼児っぷりでは父であるアルスに瓜二つなアベルも負けてはいないが、こちらはどちかというと元気っ子というイメージが拭えないため、気品という意味ではグランベルトと呼ばれた子に軍配が上がるだろう。
さすがは皇族である。
「お久しぶりですカキュー殿。改めまして、カラミエラ教国、第一皇子。グランベルト・グレース・ド・カラミエラと申します。母である猊下と父からはお噂はかねがね。そして……」
「ん?」
「そして、エキナ嬢。以前お会いした時よりもさらにお美しくなられた貴女に、私に出来得る最大限の敬意を」
「は……?」
皇族の礼なのかなんなのか、淀みない動作でエキナの手を取り、跪くような姿勢でその甲にかるくキスをしたグランベルト。
あまりにも唐突すぎて一瞬呆けたエキナであったが、すぐに気を取り直した小悪魔ちゃんは顔を真っ赤にしてわなわなと震えだし……。
「ばっかやろーーーー!! い、いきなりなにすんだおめーー!! ぶっとばすぞ!」
「ぶべらっ!」
という感じで、ぶっ飛ばすぞといいつつ実際に平手打ちでぶっ飛ばす。
さすが腐っても悪魔の血が流れるやんちゃな幼女。
五歳とはいえ、一般人のそれよりは圧倒的に強烈なビンタをもらったグランベルトは錐揉みしながら吹っ飛んでいき、数メートルほど床をすべりようやく止まった。
これには父であるエインも、なにやってんだこのバカは、と目を抑えて天を仰いでいる。
ちなみに毎回アプローチは違うものの、彼がエキナにこういった行動を起こすのはこれが初めてではない。
「じょ、情熱的な挨拶ですね、エキナ嬢」
「ば、バカいってんじゃねー! くそっ、調子が狂うやつだなーもー!」
地べたに這いつくばりながらも女性への敬意を忘れないグランベルト皇子は、あっぱれといっていいのか、なんなのか。
しかしエキナ自身、突然のことに平手打ちしてしまったものの、そう悪い気はしてないようだった。
まあ、毎度のことなのでもう慣れたというのもあるかもしれないが。
ただこの一連の流れを見ていて気分の良く無い者も当然いる。
それはもちろん、アベルだ。
せっかく二人きりでケーキを食べようとしていたのに、好きな子とのデートを邪魔されたあげく目の前でキザったらしいキスまでされているのだ。
それはもう不機嫌になり、というより自分でさえそんな大胆なことをしたことないのにと憤っているご様子。
床に這いつくばるライバルを睨み飛ばし、がるるっ、と唸り声をあげていた。
アベルは基本的に善性の存在だが、父であるアルスほど純粋無垢で大らかな聖人君子というわけでもない、普通の感性を持ったごく一般的な少年なのだ。
ここらへんの性格は、すぐにムキになるハーデスの感性と足して二で割っている感じがある。
ともあれ、そうして集まった一同であったが、こうしていても始まらないと感じたエインは当初の目的を果たすべく声を掛けた。
「か、カキュー殿への挨拶はこのくらいにしてですね……。おい、アルス」
「ん? なんだいエイン」
「せっかくの交流会だ。お前の息子と、俺の息子で、挨拶代わりに一度くらい模擬戦でもしてみないか?」
と、言い出したのであった。
また、そんな彼らの様子をリビング近くの窓から眺めていた謎のちびっこが。
「久しぶりに下界へきてみれば、いきなりな感じの修羅場、なのかしら。でもあたち的には、ちょっとおもしろくなりそうな展開だったりして……」
これもエリートな直感なのよね~、と意味不明なことを呟き、翼をパタパタとさせてなるべく見つからないように城の屋根へと飛んでいくのであった。
ちなみに、もちろんこの謎のちびっこのことは下級悪魔からは完全に把握されているため、既に見つかっているのだということは本人には分かっていない。
次回、アベルの実力が明らかに…!?
エキナはどちらを応援するのか!
お楽しみに!