【001】悪戯キュートな半人半魔
新章はじまるよー!
時は世界を救った表と裏の救世主たちが雌雄を決した、その五年後。
息子であるアルスに既存の魔法城を譲り渡した下級悪魔は、既に妻であるエルザと子供をもうけた記念に別邸を建設し、それはもう気ままなスローライフを送っていた。
もちろん魔法城を譲り渡したといっても息子の家にお邪魔することはよくあるし、もとはこの下級悪魔が創造した城であるため誰に遠慮することもない。
ただ息子夫婦がゆっくり幸せに暮らせる土地が必要だろうということで、本人が勝手に気を利かせているだけに過ぎない。
さて、ではどこに新居を建設したのかというと、それは奇想天外なこの男にしては意外なことに何の変哲もない街の一角。
一応は魔法大国ルーランス領に属しているというだけの、ラドール子爵という人間種の治めている良くも悪くもフツーな印象を拭えないフツーな感じの、ちょっと繁栄している程度の街だった。
あえて特徴をあげるとするならば、多民族かつ多種族国家であるルーランス王国にしては珍しく人間が治めた街であることが一つ。
もう一つは子爵本人がかつて世界を守ろうと立ち上がった冒険者の勇姿に感銘を受け、この先の世界には冒険者たちの活躍が必要であると、彼らの誘致や優遇に力を入れているところくらいだろうか。
その他、目立った特産品とかは特にない無難な感じの本当にフツーな街である。
しかしそのフツーさが逆に安定を生み、いまのところ際立った危険がないのはむしろ評価されるべきところだろう。
ちなみに、ガイウス一家もここで暮らしていて、下級悪魔一家との交流はよくあるらしい。
というより、それを狙ってこの街にひっこしてきた線が濃厚である。
そんな感じで、一般人に紛れ込むような形で妻子とスローライフを送っている彼であったが、現在ちょっとした問題に頭を悩ましていた。
「こらー! エキナ! お前また領主さんところの宝物庫に勝手に忍び込みやがって! 錬金術を悪さに使っちゃダメだって何度言ったら分かるんだ!?」
「へへーんだ! あたしに破られるあっちのセキュリティが甘いんだよーだ! あたし悪くねーもん!」
実の父であるカキューに叱咤されつつも、まったく堪えた様子のない半人半魔の娘エキナが「あっかんべー」で返事をする。
五歳故にまだ変身が未熟なためか人化ができておらず、魔の血が流れている証であるミニサイズの角や翼を隠せずに自宅中をうろちょろと逃げ回っているようだ。
父カキューもその気になればいつでも捕獲できるのだが、妻であるエルザから受け継いだ銀髪が走り回る度に可愛く揺れる為、もうちょっと遊んでやってもいいかなという気持ちになり中々叱れない。
息子を育てたときから分かっていたことであるが、まったくもって、完全に親バカであった。
ぶっちゃけてしまえば、エキナも父親が自分を本気で叱る事がないのを分かった上で遊んでいるので、余計に手に負えない。
この歳にしては悪戯が大好きでずる賢く神経が図太い、とんでもない小悪魔ちゃんであった。
さすが地獄のナンバーツーに君臨する、最恐の下級悪魔の遺伝子を継いでいるだけはある。
だが、そんな茶番すぎる逃避行もついに終焉を迎えることとなる。
そう、奴が現れたのだ。
「エキナ。そこに直りなさい」
「げぇぇっ!? かーちゃん!?」
「ふんっ!」
「いだぁーーーーいっ!!」
突如、音もなく背後から現れた母エルザが娘の首根っこを掴みあげ、悪さをして帰ってきたお仕置きとして、お尻をぺちりとひっぱたいた。
何を隠そうこの悪戯娘にとって唯一の天敵が、この母なのだ。
夫は娘に甘すぎるが故に役立たずだと理解したエルザは、もう割り切って夫がアメ役で自らはムチ役ということで接しているらしい。
いくらかの下級悪魔の血が流れているとはいっても、しょせんは五歳の幼女。
人類最高峰の暗殺者に抵抗などできるはずもなく、大人しくお仕置きを受けるしかないのであった。
もっとも、それで反省するような性格ではないが。
これには父カキューもやれやれといった様子で頬を掻いていて、「アルスの時はうまくいったんだがなぁ」と、ちょっと自由に育て過ぎたことを猛省している様子。
ただその英才教育だけは今も健在であり、警備が厳重な領主邸の宝物庫に散歩感覚で忍び込んだことからも分かる通り、両親の能力は余すことなく受け継いでいる。
母の暗殺技術を使えば警備の意識を掻い潜り、足音を立てずに隠密行動ができるし、父の錬金術を使えば宝物庫の鍵などあってないようなものだ。
その能力を活かす方向性に問題があるだけで、この二つの分野ではむしろ勇者であったアルスよりも才能があると言わざるを得ない。
そうしてひとしきり叱り終えた母エルザは娘エキナを正面に正座させ、これで何度目になるかも分からない説教を開始した。
「なぜあなたはやって善いことと悪いことの区別がつかないのです。盗みはご法度だと何度も言っているでしょう。まったく、アルスが五歳の頃は……」
ぐちぐちぐちと、無限に続くと思えるほどの説教にエキナは母譲りのエルフ耳をしゅんとさせる。
だが、それはそれとしてエキナにも言い分はあるようだった。
「ちげーよかーちゃん! あたしは宝物庫はどんなところなのかなって、散歩にいってただけだし! ちょっと中身を確認しただけで、なんも盗んでねー! とーちゃんに聞けばわかる!」
母エルザがチラりと父カキューを横目で確認すると、娘の死角で静かに腕でマルを作る姿が見える。
どうやらエキナが語っていることは本当のことのようであった。
とはいえ、そういう問題でもなかった。
「言い訳はそれだけですか?」
「えっ!」
「この母にそんな論点のずらし方が通用すると思っているのなら、舐められたものですね。追加でお尻叩き十回です」
「えぇーーーー!!」
その後、お尻をぺちぺちと叩かれて涙目になった幼女が、「かーちゃん、つええ……」だの、「宝物庫じゃなければいいのかな?」だのと、全く叱られたワケを理解していない様子で街をうろついていたとか、なんとか。
ただ、そうしてひとしきり考え抜いたあと最後に漏らした言葉は……。
「もっと凄いことをしたら、かーちゃんも、とーちゃんも、褒めてくれるかもなぁ。今度はフラダリアの姉ちゃんと、アベルのやつも誘ってみよ~」
という、なんとも子供らしいかまってちゃんな一言であった。
そんなこんなであの最終決戦から五年後。
ラドール子爵が治めるこのラドール街にて、新たな物語の幕が開けようとしていたのであった。
【第二章 捻くれ半魔と無能の英雄】が開始となります!
カキューの娘に主人公が交代!?
アベルってだれなんだー!
というわけで、応援よろしくお願いします!