【140】その正体は……
勇者アルスへと視線を向けて言い放った、始まりの地での最終決戦。
そのことが何を意味するのかを考えだす一同であったが、どよめく彼らの話がまとまる前に不敵に笑った父カキューは語り出す。
「ひとぉーつ! ある時は正体不明の三魔将! 暗黒騎士ジョウキュー!」
「ええー!?」
「ふむ」
「……なに?」
いかなる魔法によるものなのか、瞬きする間に暗黒騎士への変身を終えた姿に瞠目する者、納得する者、訝しむ者。
三者三様の反応がそこにはあった。
特にそれが顕著だったのは五歳になったばかりのフラダリアで、なぜここで正体をバラすのか訝しんでいる両親とは反対に、まさか英雄譚に出てきたあの暗黒騎士の正体が目の前の人物だと知り、興奮を抑えられないようであった。
彼女の天才的な頭脳を以てしても、この結果は予測できていなかったらしい。
とはいえ、まだ彼女は五歳なので当たり前ではあるが。
「ふたぁーつ! またある時は神出鬼没の情報屋、いつぞやは無茶をした聖女ちゃんの命を救い出した男、チュウキュー!」
そして次々に暴かれる、いままでの旅に出てきた謎の人物達の正体。
聖女イーシャがまだ旅に出る前、傷ついた街ごと侯爵たちに掛けられた呪いを浄化するために神降ろしをし、命を落としかけたところを救った存在がこの男だ。
このことをようやく知ったイーシャは一歩だけ後ずさりながら口を抑え、エインは目を見開き口を堅く結ぶ。
どうやら完全に予想外の出来事だったらしい。
感謝してもしきれない大恩人が、大親友の父親だったと知った彼らの動揺には凄まじいものがあった。
「みいーっつ! 人魔大戦の最中、最前線の戦場にて補給物資と便利な魔道具を届けまくった、とっても助かる錬金術師、サン・キュー!」
さらに彼は姿を変える。
今度は魔王との最終決戦の手前で人々を物資方面で救いまくった謎の英雄、錬金術師サン・キューであることを明かした。
正直言えばこのことを知っているのは彼の妻であるエルザだけであり、例外的に魔法神オルデミルが天界から正体を暴いていたくらいだろうか。
アルスとメルメルも直感でなんとなく繋がりをイメージしていたようだが、確信へと至るには程遠かったらしい。
これには裏で繋がっていたガイウスすらも顎が外れる勢いで大口を開け、「マジなのかご主人!」と騒ぎ立てているほどだ。
当然、マジなのである。
「そして最後に。そんな数多の試練を陰から見守り、勇者アルスが起こす奇跡の数々を目の当たりにしてきた無敵のお父さんことこの俺。異世界からやってきた最恐の悪魔にして勇者アルスの育ての親。……カキューだ」
再び元の状態に戻った下級悪魔。
いや、この世界を救った勇者アルスを最後まで見守り続けた最高の父が、正体を露わにした。
天界でも魔界でもない、この世界ではないどこか。
異世界から現れた存在。
そんな摩訶不思議なことをすぐに真に受けろというのは難しいのだろう。
事前情報を知っている天界組を除けば、周りの反応はなにを馬鹿なといった雰囲気に包まれている。
ガイウスなど理解すら追いつかず、「おい、嘘だろ?」とか、「異世界ってなんだ?」などとちんぷんかんぷんのようだ。
ただ、父カキューの背中に憧れ、生まれてからずっと追い続けてきた勇者アルスだけは違う。
アルスはいままでの状況証拠から父のような人類も魔族も、そして神もこの世界のどこにも居ないということを理解していた。
小さい頃から疑問に思っていたのだ。
あの魔族のようなデビルモードのことも、魔王すら軽く捻ることのできる絶対的な強さも、人間にはあるまじき技の数々にも。
その答えが、いまここでつながった。
「なにやら腑に落ちたといった顔だな、アルス」
「ええ。僕がいままで感じていた違和感の正体を、ようやくここで理解できました。ですが……」
「んん? なんだ?」
疑問符を浮かべる父に対し一拍置き、納得し伏せていた目を開けて宣言する。
「ですが、全てを知ってもなお。この目に映るあなたが僕の憧れであることは、いまでも変わりません。何も変わらないんですよ、父さん。あなたは僕の、勇者アルスの目指した最強のヒーローにして、最高の父さんなんだ」
「…………ッ」
その正体がなんであれ、勇者の心には一切の揺らぎも、一点の曇りも無かった。
いままで注がれた愛情の全てが、見守り育まれてきたこと全てが、この勇者アルスを形作った全てが。
それらの全てが何一つとして、まやかしではなかったのだと理解しているからだ。
確かに、父カキューと勇者アルスの価値観は大きく異なっているところがある。
仮に弱者を救うために敵へ裁きを与え解決するのが父カキューだとしたならば、弱者を救うために罪を赦し、世界丸ごと全てを救おうとするのが勇者アルスであるように。
光と闇。
闇と光。
どちらの考えも正しく、どちらの考えにも手の届かないところがあるのを理解した上で、勇者アルスは自らの父を、子供のころから憧れたヒーローそのものなのだと認めていたのだった。
だが、そうであるからこそ、越えていきたい。
そんな父だからこそ、その背中に追いつき、追い越したい。
その情熱は今もなお、勇者の胸の内で太陽のような光と熱を放ち続けている。
「そうか。……そうだったな。お前は昔から、そういうやつだった」
ったく、敵わねぇなあ。
頭をボリボリと掻き、空を見上げた父カキューは独り言ちる。
そうしてひとしきり感慨にふけったあと、だが、と付け加えた。
「そんなことを言って父さんを感動させちまうなら、こちらにも言いたいことがある」
「……え?」
「え、じゃないだろアルス。父さんは気付いているぞ。お前、魔界での最終決戦で手を抜いていただろう。知ってるんだからな」
父カキューは語る。
五年前のあの日。
勇者アルスが本気の本気で戦えば、魔王にトドメを刺せるタイミングは、本当はいくつもあった。
だが、自らの父が用意した決戦の舞台を最大限に活かすために、そして魔王の命がなんとかして救われるように調整するために、父カキューが物陰から飛び出すのを計算した上でそれに合わせた威力の攻撃を放っていたのだろうと。
そう言ったのだ。
それに舞台が用意されていなかったらそれはそれで、再びを力を調整してなんだかんだで全て丸ごと救っていたのだろうとも推測する。
果たしてその予想は────。
「は、ははは…………。さ、さすが父さんだ……。全てお見通しだったんですね」
「当たり前だろうが。変なところでカキュー父さんを舐めるな。何年お前の父親をやってると思ってやがる」
────ドンピシャで的中していた。
この二人の問答には人間界組のみならず、天界組の魔法神オルデミルやメルメル、母エルザですら驚愕の顔を隠せずにいる。
周りで一番立ち直りが早かったのは母エルザであったようだが、それでもあの凄まじい戦いの裏にそんな信頼関係があったことは驚愕に値したらしい。
「でも、ようやく今日ここに呼び出された訳が僕にも分かりましたよ。父さんが異世界からの来訪者だということと、僕を名指しで呼んだ理由。その全てが繋がりました。……つまり異世界からの異物である父さんを、世界はまだ認め切れていないのですね?」
だからこそ、勇者である自分の生まれた意味がそこにあるのだと。
全てに納得のいった顔で頷き、しかし何も諦めていない表情で今の状況を読み取る。
「ああ、その通りだ。にしてもさすが父さんの息子だな、天才すぎて説明のし甲斐がないぜ。だが俺は、こうも思っている」
そんなことは抜きにして、お前のやりたいようにやれ。
お前の人生は世界から異物を追い出すためだけにあるのではなく、なによりもお前自身が幸せになるためにあるのだ。
父カキューは真剣な瞳で息子を見つめ、決して自分自身を蔑ろにするなと語る。
その真意が何なのか、本当のところ全てをアルスが理解できたわけではない。
だが、それでも父の心が放つ熱意は伝わったらしい。
一度俯いて拳を握りしめると、涙をぬぐい握った手を開き、くすりと笑った。
「……ええ。誰よりも幸せになります。僕の大切な仲間達や、この世界のみんなと。……そして、あなたと」
それだけ語ると、両者は音もなく構える。
もはや問答は必要ないのだろう。
あとは結果を示すのみだと理解した魔法神オルデミルは、下級悪魔と共に半年かけて作り上げた異空間で二人を覆った。
異空間はその内外からの一切の干渉を防ぎ、空間内の二人は大陸一つ分ほどもある広大な世界で雌雄を決することとなるだろう。
万が一が起きないよう、魔法神自身が内部を覗き見る魔法にてスクリーンで監視はしているが、それでも出来ることは多くない。
あとは流れに任せる他なかったのである。
「……うまくやるのだぞ、異界の魔神よ。……いや。我が研鑽の友、カキューよ」
「いや、それは大丈夫だぜ、魔法神の爺さん。あの邪悪なおっさんがどうかは知らないが、俺様の夫がこんなところでしくじるはずがねぇ。どーんと構えて映像でも垂れ流してればいいんだよ」
さすが魔界の姫とでも言おうか、魔法神へと何の忖度もなしにずけずけと物を言い、むしろこの程度の問題は些細なことだと言わんばかりにウインクする姿がそこにあった。
だが、それは集まった他の者達も同じ気持ちだったのだろう。
誰一人として、勇者アルスが起こす奇跡と、その父の実力を疑うものなど皆無であったのだ。
そうして次の瞬間。
黄金の姿になった勇者アルスと、本性を現した悪魔状態の父カキューがぶつかり合ったのだった。