【136】全ての始まり
「それでは、新郎新婦による誓いのキスを」
場所は西大陸に位置する《《元開拓村》》。
何よりも強力な結界で覆われた、彼らが眠る墓の近郊にて。
とある下級悪魔ことこの俺カキューが気合を入れ過ぎて、いつの間にか王城よりも立派に作ってしまった大聖堂で、世界一盛大な結婚式は行われていた。
新郎新婦の両親以外で集まっているのは、新郎の幼馴染にして新婦の大親友である、教国の《《現教皇》》イーシャちゃん。
そして彼女を守る最強の剣聖にして勇者のライバル、近衛騎士団長、エイン君。
なにより忘れてはいけないのが勇者の師匠にして俺の元部下、ガイウスであった。
他にも魔法大国ルーランスの王族が、他国の重鎮が、世界各地から集う大勢の人々が……。
世界を救った黄金の勇者アルスと、人と魔が融和へと進む架け橋となる魔界姫ハーデスの結婚を祝福しに、また、この世界の新たな時代の幕開けを見届けるために足を運んでいる。
若干一名、二人の結婚をしっかりと祝福しつつも「他人の幸せを横目に食べるケーキは、何よりもおいしいのよね~」とかいってお腹をパンパンにし、宙に浮かんで横になっているちびっこがいるようだが、まあいいだろう。
食道楽に夢中なちびっこの一人や二人で食いきれる量の料理じゃないからな。
どうということもない。
それに今日は特別な日だ。
食べ過ぎた結果「もう無理かも?」とか言ってお腹をさすり、「まだいけるかも」と悟り次のケーキに手を出すくらい許してやる。
なんだかんだで、こいつもアルスたちの旅を支えた大事なメンバーだ。
ここで幸せにケーキをむさぼるくらいの権利はあってしかるべきだろう。
ちなみのこの、世界一幸せな二人の結婚式のためだけに用意された荘厳な大聖堂。
名を、約束の大聖堂という、世界最大規模の教会である。
ただ恐らく、この世界で意味を知る者は誰一人としていないだろう。
開拓村の人達との約束だからな、そりゃあ当然だ。
……うん?
なぜそんな名前にしたのかって?
決まっているだろう。
あの時、あの場所、全ての始まりとも言えるこの村で、俺がついに村人たちとの約束を果たしたのだ、ということを教えてやるためだよ。
昔、言っただろう。
将来アルスを、優しくイケメンな、この世界を救うくらいの最強の男にしてやろうじゃないか。
……ってね。
その上でアルスを世界一幸せな男にするくらいでないと、村の皆に合わせる顔がないのだと、俺が勝手に約束をしていたんだよ。
その約束がいまここで、果たされたのだ。
おっと、そうこう回想を巡らせている間に、ついに新郎新婦のキスシーンだ。
しっかりと記憶に刻み、録画にも収めなければ。
「ハーデス、いくよ」
「ア、アルスぅ……。ま、まだ心の準備が、んぅ……」
ヒューヒュー!
わーわーわー!
FHOOOOO!
魔王との最終決戦から五年。
十九歳になった最強のイケメンことアルスのキスで、今や豊満な胸と肢体を持つに至った絶世の美女、ハーデスちゃんの顔がトロける。
そしてアルスが肩に手を回し抱きしめたことで、ピクリと身体を震わせたかと思うと、幸せすぎて涙を溢してしまったようだ。
いまの彼女の思考は、全てがアルスとのキスで埋め尽くされているだろう。
なんとも幸せそうで、何よりである。
「なあ……。よかったな、おっさん。あんたの娘、あんなに幸せそうだぜ」
「ぐ、ぐぉぉおおお……っ。ハーデス、ハーデスよぉおおおお!! 幸せに……、幸せになるのだぞぉおおおおおおお!! お、おぉぉおおおおん!!」
いや、さすがに泣きすぎだろ……。
涙腺脆すぎないか。
俺が遮音結界と遮光結界を用いておっさんを隠蔽しているからいいものの、気合を入れ過ぎてマスコット姿から一時的に解放されている偉丈夫がギャン泣きしているのがバレたら、威厳もクソもないぞ。
少しは気を付けて欲しいものだ。
ちなみにこの場には俺とエルザ、そして魔王のおっさんとその妃であるヒルダさんが陰から見守っていたりする。
魔界組はもちろん、ここにいるのがバレたら大騒ぎになるため、アルスとハーデスちゃん以外には内緒ということで見学中だ。
いまや現教皇イーシャちゃんの活躍により、魔界と人間界の融和はかなりの浸透度を以て進んでいる。
俺が南大陸に建設した一キロにも及ぶ転移門はそのまま現在も稼働しており、二つの世界は自由な行き来ができるようになっているのだ。
当初、人類は魔界と直接繋がるあの転移門を恐れてすらいた。
だが魔界側から敵意を持ったアクションが一切無く、一ヶ月経っても、一年経っても静かなまま。
魔法大国ルーランスの騎士団が魔界に調査に向かったり、当時はまだ皇女であったイーシャちゃん率いる教国の皆さまが訪れたりしても、攻撃的な姿勢は見受けられなかったのだ。
故に人類はようやく安堵し、理解する。
死の間際に放った魔王の宣言は、真実だったのだと。
こうして五年経ったいまでは魔族との交流も徐々に進んでいき、下級魔族の中には冒険者になる者まで出てきたようだ。
まさに、新たな時代の幕開け。
勇者アルスの起こした奇跡によって誕生した、全ての始まりなのであった。
「なあ、見てるか。老兵のじっちゃん、道具屋のばあさん。村のみんな。アルスのやつ、あんなに立派になったんだぞ……」
そう呟いた時。
俺の背中に、温かな何かがそっと触れた。
……そうか。
みんなは認めてくれるのか、この結末を。
わかったよ。
それじゃあ、俺も最後の一仕事をしますかね。
アルスが生まれた本当の理由。
その決着をつけに。
「……旦那様?」
「心配するな、エルザ。俺はずっと君の傍にいる」
そうとも、俺はエルザの夫だ。
心配そうな瞳で見つめなくても、俺はどこにもいかないさ。
ただちょっとだけ、ほんの少しだけ、親子喧嘩ってものをしたくなっただけに過ぎない。
この五年の月日でさらに大きく、強く、優しく。
そして頼もしくなった息子の力を確かめるだけのことだ。
なにせ世界の意志とやらは、異界からの異物である俺をどうにか排除する術を見出したいみたいだからな。
ようするに、それが可能であると証明されれば良いんだろう?
そんなの、簡単なことなんだよ。
何も心配することはない。
「さて。それじゃあ一仕事の前に、天界の魔法神にでも会って来るか。当然エルザも来るよな?」
「あたりまえでございます。この私が旦那様の傍を離れるなど、世界が滅んでもありえないのですから」
おうおう。
言ってくれるね。
ならばこの俺も期待に応えるとしようか。
待ってろよアルス。
最後の最後に、父さんから「挑戦状」を送りつけてやるからよ。
次回。
最恐からの挑戦状。
お楽しみに!