【135】半年後
……それでは。
世界を救った勇者たちの、その後の話をしようか。
我が息子、勇者アルスが世界の命運を賭けた最終決戦に勝利してから、半年後。
魔界全ての咎を背に立ち上がった誇り高き大魔王と、人々の願いを一身に受けた救世の勇者の一大決戦を見届けた両軍は、一先ずの休戦へと相成った。
当然、お互いに遺恨もある。
だが戦いに勝利した人類連合は意外にも理性的で、これ以上の進軍を善しとはしなかったようだ。
なによりもまず、戦いを勝利へと導いた勇者自身がすぐさま魔界姫ハーデスを連れ、火竜の背に乗り込んで魔界を去って行ってしまったことが大きい。
人類としても勇者一行の戦力を抜きにして魔界と全面衝突するのは分が悪く、引き下がるしかなかった。
もっと言うならば、勇者アルスに多大な恩を感じている南大陸最大の国家、魔法大国ルーランスの第一王子マルスレイが状況を正確に理解していたことも重要な要素だろう。
マルスレイ王子は決して愚かな人物ではない。
天空に映し出された勇者たちの戦いを通じて、魔王が最後に何を望んでいたのか、そして何のために命を賭して戦っていたのかを察した。
故に王子は影響力のある南大陸側の人類に「終戦」を告げたのだ。
勇者が居なくなったことで生じる戦力差の逆転を理解できず、引き際を間違え喚く者も少しはいただろうが、人類連合の半分を掌握する王子にまで終戦を宣言されてはぐうの音もでない。
こうして人類側はこの戦争を一先ず棚上げにし、魔王の言葉の通りにピタリと戦いの手を止め静観する魔族の前から引いて行ったのであった。
俺がこの状況で凄まじいと思ったのは、なによりもこの魔族の対応だ。
これが身勝手極まりないとも言える地獄の悪魔であったなら、悪魔王の決定などなんのその、隙あらば消耗した人類にちょっかいを出して、怒り狂ったアルスに攻め滅ぼされていただろう。
似通った性質を持つ悪魔と魔族ではあるが、やはり世界が違うだけあってその心の在り様には差異があるようであった。
まあ、それもこれも魔王のおっさんが全てを賭して築き上げた勅命あってのものではあるがね。
それだけ、魔族達が目にした王の背中は、願いは、その魂に強く刻まれていたのだ。
こうして両軍は矛を収めるに至り、人類側はこの戦争の落としどころをどうするかを協議するため、対魔族の専門家である西の教国、皇都カラミエラに首脳陣が集った。
最初は聖女であり皇女であるイーシャちゃんを中心に協議が行われていたようだが、肝心の勇者アルスがいずこかへと姿を暗ましてしまったため難航したらしい。
といっても、アルスは魔界から帰ってすぐに南大陸の魔法城へと仲間達と全員で帰還し、母であるエルザに熱烈な歓迎を受けているんだけどもね。
イーシャちゃんたちも当然その時一緒に歓迎を受けていたので真実を知っているのだが、そこはほら、空気を読んで黙っているのだろう。
なにせようやく一つの大きな目標を達成し、アルスはハーデスちゃんを正式に魔王から託されたのだ。
アツアツラブラブな二人の仲を邪魔することの無いよう、エイン君が気を利かせてイーシャちゃんと火竜の背に跨り、すぐさま教国へと出立していた。
まあ、イーシャちゃんに至っては憧れのアルスをハーデスちゃんに取られたからなのか、ハンカチを噛んでキーキー唸っていたみたいだけど。
とはいえ、彼女としても満更ではなかったようだ。
もちろん憧れの人が幸せになっていくのを感じて満たされているのも大きいと思うが、なにより……。
「今日も見事な弁論でした、お嬢様」
「もう、エインったら。二人きりの時は、イーシャと名前で呼んでって言ったじゃない。三ヶ月前の告白はあんなに凛々しかったのに、どうしてそう仕事癖が抜けないのかしらね~」
そう、エイン君は教国に帰還後しばらくして、今まで主であったイーシャちゃんに一世一代の愛の告白を行ったのだ。
その時の彼の勢いといったら、なんかもう魔王戦の時よりも鬼気迫るものがあったよ。
一応デートの雰囲気を意識して場を整え、近衛騎士団副団長という立場と、元来貴族であった肩書きをフルで活用し、貸し切りになったカラミエラ城の一角での告白だったみたいだけどね。
だがそんな鬼気迫る勢いも、元が壮絶なイケメンが行えば絶大な効果を齎す。
突然の告白に感動したイーシャちゃんは動揺が隠しきれず、その瞳から大粒の涙を溢してしまったくらいだ。
「ははは、これはもう俺の本能みたいなものですから。……ね、イーシャ?」
「は、はぅあ……っ!? ふ、不意打ち!? ねえ、それって不意打ちなの!? いまちょっとキュンってしちゃったじゃないのよもーーー!!」
「ふふふ。それは好都合でございます、お嬢様」
という感じで、いままでエイン君を散々手玉にとっていたとは思えない主従逆転ぶり。
裏では常にイチャイチャしてるようであった。
ちなみに、この告白の全容を知っているのは教皇と聖騎士団長のみで、まだ公式には二人が婚約したことにはなっておらず、時を見計らいここぞという時に発表する予定のようだ。
皇族っていうのも、いろいろとしがらみがあるからな。
これも政治の内ということなのだろう。
なお、ガイウスと既に結ばれていたアマンダさんは、ついに先日、第一子の出産を迎えた。
なんとあの超戦士ガイウスには似ても似つかない、実に可愛らしい女の子が生まれている。
きっとアマンダさんの遺伝子が良い具合に作用したのだろう、将来はきっと美人になるぞ、こりゃ。
それに加え、悪魔の知覚で赤子の持つ潜在的な才能を大まかに測定したところ、意外な結果が叩き出された。
なんとこの赤子、人類きっての運動神経を持つ二人の優秀な遺伝子を、それはもう全て、余すことなく知能に全振りしていたのだ。
代わりに極度の運動音痴であり、まさに親とは両極端。
なにが起こったのかはこの俺にも分からないが、おそらく極々低確率で起きる突然変異であろうと思われる。
そのことを二人に伝えると、「そりゃあいい!」と言わんばかりに娘を溺愛しはじめた。
もともと冒険者を引退した二人は戦いの世界がいかに危険かを熟知しており、愛娘にはそんな世界に飛び込んで欲しくない思いもあったそうな。
故に、戦う力の代わりに智に秀でた才能を持つならば、ぜひそちらの方向で育てていきたいと、能力を測定した俺に感謝まで伝えて大喜びしたのである。
まあ、それでも英雄とも言える二人の間に生まれた子が何を望むのかは本人次第なので、どうなるかは分からないけども。
ただ、ここに優しくも暖かい両親に望まれた一つの命が生まれたことだけは、祝福せねばならないだろう。
下級悪魔の祝福がどれほどの糧になるかは分からないが、最後まで尽くしてくれた元部下であるガイウスへの礼も込めて、赤子にはとある魔法的な加護をプレゼントしてやった。
当然、両親からは了承済みである。
加護の内容がどんなものであるのかは、いま語ることではないだろう。
……そうしてこの激動の半年が瞬く間に過ぎていき、魔族との融和を目指すイーシャちゃんやマルスレイ王子、そして彼等の戦いに共感した人々が魔族との戦争の落としどころを見つけつつある、今日この頃。
煌めく星々が夜空のキャンパスを彩り、月の光が南大陸の魔法城を美しく照らし出すことで、一人の少女の悲しみを慰める。
そう。
魔法城の一室では、オッドアイの瞳を持つ赤毛の少女が一筋の涙を流していたのだ。
「しくじるなよ、おっさん」
「わかっておるわ。ずいぶんと我が娘を待たせてしまったからな。最後の最後くらい、きっちり役目を果たしてくるとしよう」
そう言って魔王のおっさんは上空から静かに転移し、悲しみに暮れた少女の部屋で声をかける。
────何を泣いておるのだ、ハーデス。
────お前らしくもない。
「だ、誰だッ!? いや、この声は、……オヤジか!? ……いや、そんなワケねぇ。オヤジはあの時に死んじまったんだ。お、おれ、俺様のオヤジは、オヤジはっ!!」
幻聴の類だと思ってしまったのか、遂に堪えきれなくなったハーデスちゃんは膝を抱えて大泣きしてしまう。
……って、おいおいおい!
おっさんのやつ思いっきりしくじってるじゃねーか!
ハーデスちゃんを余計に泣かせてどうするよ!
こんなの目の前に現れて、ちゃっかり生きてました~!
でいいじゃないか!
生存報告もできねーのかあのおっさん、不器用すぎるだろ。
というより背後から気配を隠して声かけてるんじゃねーよ、照れ屋か。
それに、いまの大泣きで城に居るやつら全員起きちまったじゃねーか!
泣き叫ぶハーデスちゃんの声を聞きつけ、完全にブチギレたアルスのやつが飛び起きてこっちへ向かって来るぞ!?
ついでに居候していたチビスケまで、棚に置いてあったサングラスをチャキッと装備してすっ飛んできやがった!
や、やべーーー!!
「ストーーーーップ!! ストップストップ! いまいいところだから待てアルス! チビスケも! な? ハーデスちゃんは大丈夫だから、父さんの顔に免じてここはいったん落ち着け!」
「と、父さん!?」
「BOOOOOO!」
く、くそがぁ!
チビスケのやつ、あの時のお菓子セットバラバラ事件のことをまだ根にもってやがるっ!
こいつ、絶対にいま飛び起きたのって、ここぞとばかりにブーイング飛ばすためだろ!
俺が下手に出てくるタイミングを見計らってやがったな、ちくしょうめ!
どうやったら再びおやつが貰えるか、完全に理解してやがるぞ!
「ほらっ、もってけチビスケ! 前回のおやつの十倍セットだ! だから落ち着け。な?」
「FHOOOOO!」
FHOOOOO、じゃねぇーよ!
……ったく、世話のやけるちびっこだ。
あとで天界に抗議してやる。
「遊んでいる場合ですか父さん! いまの声は!? ハーデスの叫びが……!!」
「それについては心配するな。あの時お前も気づいていただろう。父さんの助けた魔王のおっさんが、ちょっくら娘に顔を見せにいっただけだ。だから安心しろ」
そう答えると、一気に安堵したアルスのやつは脱力し床にへたり込む。
きっと、よっぽど心配だったんだろうな。
いくら普段はイチャイチャラブラブカップルだといっても、この世界を救った人類最高の男が恋人の悲しみに気付けないはずがない。
おそらく魔王のおっさんは生きているのだという確信はありつつも、証明するだけの証拠がないためにハーデスちゃんに切り出すことができなかったのだろう。
これは俺たち大人のミスだ。
息子には心配をかけてしまったし、ハーデスちゃんには余計なストレスを与え、本当に申し訳ないことをしたと思っている。
「悪いな。父さんも状況が落ち着くまではと思って、様子見をしすぎたようだ」
「もちゃもちゃもちゃもちゃ。別にいいのよ。これは本来、勇者たちが乗り越えなくてはならないことだもの。いつまでも……もちゃもちゃ。親に頼ってばかりではいられないのよね~。もちゃもちゃ」
な、なんだおい。
急に達観したことを言うじゃないかチビスケ。
あと、おやつをもちゃもちゃしながら喋るのは行儀が悪いからやめなさい。
……というか、え?
もしかしていま、このカキューさんがチビスケにフォローされたのか?
は、はああああああああああああ!?
うっそだろ!?
み、認められねぇーー!!
「うん。確かにメルメルの言う通りだね。……そういうわけですよ、父さん。これは元々、僕達が乗り越えなければならない問題だったんです。ですが、それでも安心しました。思った通りあの時飛び出したのは父さんだったんですね。はははっ! やっぱり敵わないや」
そういうアルスの表情は目下最大の悩みが解決したことで晴れ晴れとしており、恋人の父親を殺さずに済んだことが何よりも嬉しいといった感情を隠しきれていない。
それにもともと、アルスは俺が隠れて様子見しているのを感知していた。
本気で魔王に挑んでもなんとかなるという確信があったからこそ、あそこまでの大技を放ったのだ。
もちろんそんな息子の信頼に気付かないカキュー父さんではないので、有言実行で魔王のおっさんは救いきってやったがな。
だが、心配をかけてしまったことは事実なので明日は反省会だな。
いやはや、父親やるっていうのは難しいものだ。
そんなこんなでアルスとチビスケを足止めしていると、寝起きで少し目がしょぼしょぼしているエルザも到着した。
まあエルザに至っては俺も隠れてちょこちょこと会っていたので、いまさらという感じだ。
本人も「あら、旦那様ではないですか」といったいつも通りの感じ。
これだけの騒ぎにも拘わらず、全く動じていないようである。
妻からの信頼というものはいいものだね。
そして、この城にいるハーデスちゃんとおっさん以外の全員が揃ってからしばらくすると、急に魔法城の一角から────。
────ギャハハハハハハ!!
────オ、オヤジ、なんだよそのアホみたいな姿!!
────わ、わわ、笑わすんじゃねぇよ!!
という大爆笑が聞こえて来たのであった。
やれやれ、あちらの方も、どうにかなったみたいだな。
まったく、おっさんのドジのせいでヒヤヒヤさせられたぜ。