【133】そして世界は刮目する
魔界の中心、魔王城の最上階。
その謁見の間にて行われている運命の最終決戦。
絶大なる力を誇る魔界の王と、人類の希望たる黄金の勇者の戦いが世界中の人々、そして魔族の瞳に映しだされていた。
魔の頂点と人の頂点。
あまりにも高次元な彼等の戦いは幻想的でさえあり、魔界で衝突していた両軍全てが歩みを止め、手を止め、空に浮かぶ映像に我を忘れて見入る。
「聖なる力よ、邪悪なる者を滅する極光を、今ここに……。メガ・ホーリー・シャワー!!」
後方に控え全体の戦況を俯瞰していた聖女イーシャは前衛のつけ入る隙を作る為、自らの祈りを具現化させた銀のオーラで、魔を滅する幾本もの極光を雨のように撃ち放つ。
数十本も放たれた銀の光は、一本一本が上級魔族の体力を半減させるほどの威力を持っており、彼女にとって切り札とも言える攻撃のはず、なのだが……。
「効かぬわ!! ぬぅうううううん!」
魔王が朱色の魔力を閃光へと変え周囲を薙ぎ払ったかと思えば、聖女の切り札とも言える銀の雨を四散させるどころか、余剰威力を以て勇者たちを致死の熱波となって襲った。
もちろんそれをただ見ている彼等ではない。
魔王が纏う朱色の魔力から想定以上の攻撃が来ると予見していた勇者アルスは仲間達に後方へ下がるよう指示を出していたのだ。
そうして仲間達の前に躍り出た彼は、浮遊する黄金の盾をいくつも前方に密集させ防御を固める。
さらに聖女イーシャは全身全霊の結界を仲間や盾に施し、熱波をやり過ごさんとした。
「くっ! 攻撃が、重い……!」
「あわわわわわ! あたち、こんなところで死にたくないのよ! 助けてなのよーーーーー!」
見事な連携で盾の後方に避難していた仲間達であったが、聖女の守護と勇者の盾をもってしても攻撃を防ぎ切れなかったのか、魔王の持つ大魔力を前に各々が甚大なダメージを受け始める。
全身が黄金のオーラによって守られている勇者のダメージは比較的軽微であったが、それでも仲間達全体を守護するために前に出たのが仇となり、四肢に大きな火傷を負ってしまった。
魔力への耐性が低い剣聖エインや超戦士ガイウスなど、余波を盾で防いだ余波の余波とも言えるダメージだけで焼死体一歩手前である。
剣聖エインは聖女イーシャを、超戦士ガイウスはメルメルを背に庇い、それぞれが仁王立ちをして二人のダメージを庇ったのも大きな原因だろう。
おかげで聖女はすぐに意識を切り替え回復にリソースを割けるし、メルメルは「あちちっ、なのよね~」といいつつ汗を拭う程度で済んだのだった。
当然、すぐさま聖女イーシャと勇者アルスが行使する二重の全体回復魔法で完全復活し戦線復帰するが、苦々しいその表情からは戦いの旗色が悪いことがありありと察せられる。
「そんなものか、勇者アルスよ! 世界最強の伝説よ! そんなものでは魔王は倒せん、倒されてやるわけにはいかぬのだぞぉおおおおお!!!!」
この世界全ての空に投影された映像が、魔王が放つ魂の叫びを拾う。
そんなものでは魔界の悪意は再びお前達人類を前にして牙を剝くだろうと。
これだけでは、到底この私は倒せないと。
もしこの程度の力が勇者の全てだというのであれば、お前たちは何を成すこともなく、朽ち果てるがよいと。
この圧倒的な力を持つ魔王の言葉に、魔界は沸いた。
魔界の各地から「魔王! 魔王! 魔王!」と声が上がり始め、この男こそ我らが王、この王こそ我らが力、この力こそ我らが誇りと、人類側に訴えかけるように熱狂する。
魔族は魂から理解したのだ。
この魔王こそが魔界の代表で間違いないのだと。
戦いに勝つにせよ、負けるにせよ、お前の決定に魔族は従うと、彼等の魂はそう告げていた。
「分かっているさ。……貴方の言いたいことは、伝えたいことは、誰よりも僕が受け止めなくちゃいけないことだから。でも貴方は一つだけ勘違いをしている」
「……なんだと?」
────かくして、人々は天を仰ぎ、祈りを捧げる。
慧眼の異名を持つ、とある奴隷商人は呟いた。
「はっはっは! そうでしょう、そうでしょう。魔界の王様とやらは、確かにお客様のことを勘違いしておられるご様子。わたくしも、そう思いますよ。そして大きくなられましたな、アルス様」
商人の想いは小さな輝きとなり、空へと向かう。
────一人、また一人。
剣聖に武のなんたるかを叩き込んだ守護者にして父、教国の聖騎士団長は剣を抜き放ち、大声で宣言する。
「……ふっ。私も耄碌したものだ。これだけの劣勢の中、こんなところで息子が負ける光景が、どうしても浮かばん!! ……そして強くなったな、エイン。お前の剣は、もう私の目では捉えることすらできんぞ!!」
聖騎士団長は抜き放った剣を天に向けて掲げると、ありったけの魔力を込めて解き放った。
────あらゆる人々が。
かつて聖女の奇跡によって家族を救われた侯爵は、再び奇跡を願う。
「魔に踊らされ、人の道を外してもなお私は赦された。きっとこれは、聖女イーシャが起こした奇跡なのだろう。ならば、かの聖女を救う奇跡があっても、良いのではないだろうか」
侯爵は胸に拳を当てると、我が心臓を持っていけとでも言うかのように魔力を振り絞った。
────彼等の勝利を信じて。
S級冒険者の名を欲しいままにした超戦士の妻は、お腹をさすりながら夫の戦いを見守る。
「やっちゃいな、ガイウス。アタシには分かるのさ。アンタはまだ、ここで終わるような男じゃないってね。それにアルス坊ちゃんの前でみっともないところ見せてみな、帰ったら飯抜きだからね!」
その言葉に込められた信頼は、まるで敗北など最初から存在しないかのように揺るぎなかった。
ある者は膝を突き、またある者は手を天高く掲げ、自らの祈りを天空に映る英雄たちへと届かさんとする。
そんな人々の想いは魔力となり、魔力は光となって天を伝って大いなる光の大河を生み出し、力の奔流となって英雄たちへの下へと集い輝きを増していった。
世界中から集う光の大河、力の奔流を目の当たりにした魔王は瞠目し、あまりにも圧倒的な奇跡を前に掠れた声で呟く。
「バカな……。なんだ、これは……。こんなことが、あるものなのか……。あり得る、のか……? しかしこれは、どう見てもあの男の仕業ではない……」
「あなたは勘違いしていると、言ったはずだ」
光を一身に浴びた勇者アルスは語る。
勇者とは、力ある者のことではない。
勇者として生まれて来たから、勇者なのではない。
かつて、誰も及ぶことのない偉業を打ち立てた伝説の勇者が、その大いなる功績によって今もなお信仰され、伝承として人々の記憶に残るように……。
かつての英雄が成してきた勇気ある行いが、誰かを守るため、救うために強くなろうとしてきたものであり、その優しさこそが、彼らの本質であったように……。
故に、その勇気ある旅路の結果が人の心に勇気を灯し……。
そして、人々に宿った勇気の灯火が、勇者の心に勇気を灯すからこそ。
「だから勇者は、負けないんだ」
そう言い切ったのである。
奇しくもそれは、聖女たちの前でルーランス王が語った理想と、同じものであった。
「最後の一撃だ、魔王」
「……そうか。……であれば、受けて立とう」
そして世界は刮目する。
魔王と勇者がぶつかる、最後の瞬間を。
この章最後の激突を、お見逃しなく。
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