【132】激突!!
「ようやく来たな、勇者達よ。待っていたぞ」
「ああ、ようやくだね。本当にようやく、ここまで辿り着くことができたよ」
魔王城のエントランスホールから、最上階の謁見の間まで吹っ飛ばされた勇者たちを視界に捉え、今まさに決戦とも言える最高の舞台が整ったことを魔王は理解した。
そして謁見の間の惨状をぐるりと見まわし、しばし考える。
視線の先には、例のあの男が放った凄まじい魔力の奔流によって、謁見の間の一部が天井を突き抜け粉々になっているのだ。
まだまだ実力を隠し持っているとは思っていたが、よもやこれ程かと。
魔界最強たる魔王の目から見ても、一度敵対してしまえば魔界など一撃で蒸発してしまうかのような無茶苦茶な力を一瞬だけ感じ取ってしまったのだ。
とはいえ、魔力の感知能力すらも大幅に強化された現在の魔王ですら、一瞬だけしか感知できなかった程度のわずかな空間の歪み。
周囲の魔族に、この恐ろしさが理解できている者などいないだろう。
しかし、そんな恐ろしい力を秘めている人間でも魔族でもない男に畏怖すると同時、確かな信頼と確信を得ていた。
もし仮に自らが勇者に敗れ命を落としてしまったとしても、あの男であればその後の魔界を悪いようにはしないだろうと。
これで妃である妻や信頼のおける部下、そして娘にとって最悪の結末は免れたのだと、そのような未来を幻視したのだ。
故に全力。
己の全て。
魔王が持ち得るなにもかもを以て勇者にぶつかり、事を成すことができる。
そして、このような奇跡的状況を作り出してくれたあの男と、目の前の勇者には感謝しかないと思ったのであった。
「あたちのお菓子がバラバラになっちゃったのよーーーーー!?」
一方、人類代表の勇者サイドにて。
はっちゃけた下級悪魔の魔力によって大事なおやつが消し飛んだメルメルは、あまりにも絶望的なこの現実に涙を流し崩れ落ちていた。
もはやおやつは修復不可能なレベルで散ってしまい、空気の流れに混ざってどこかへと飛んで行ってしまったため、取り戻すことはできない。
さらばお菓子詰め合わせ、また会う日まで。
ちびっこ天使が毎日つけている今日の日記にはそう書こうと心に決めている。
「まって、メルメル。その話は後にしよう」
「う、うぃ……。ぐすん」
緊張感のある決戦の舞台にて、一人だけ空気感の違う小さな仲間に喝を入れた勇者は、油断なく周囲を見据える。
天井は魔力で形成された丸い檻にハーデスが吊るされ、魔王の両隣にはただ見守るだけで動く様子の無い力のある魔族が数体。
どうやらこの戦いに手出しをするつもりは無いようだが、されど決して最後まで目を離すつもりは無いという決意のようなものが感じられた。
恐らく彼等は自らの頂点に君臨し、今まさに魔王としての責任を果たそうとしている男の勇姿を見届けるためだけに集まっているのだろう。
特にゴキブリのような姿をした魔族と、道化師のような姿をした魔族にはよく見覚えがある。
前者は勇者アルスが五歳の誕生日前に父カキューの手でボコボコにされた四天王と名乗る魔族。
後者は迷宮王国ガラードにて出現し、勇者たちを手玉にとるように翻弄した魔族だ。
勇者の脳裏には、ゴキブリの四天王に至っては人間をムシだのゴミだのと宣っていた記憶があるが、現在はそのような見下した雰囲気を感じられない。
それどころか勇者アルスを視界に入れた彼はかつての子供が成長した姿だと理解したのか、軽く会釈をして紳士的に対応したのだ。
少しだけ不思議に思うアルスだったが、すぐに理由に思い至る。
魔族とは元来、実力が全て。
で、あるならば。
父カキューの本気の姿であるデビルモードを見た時に、「私にも人間がゴミだと思ってた、そんな時期もありました」と反省し、人間に対する評価を改めたのだろうことが容易に想像できたのである。
なお、天井で魔力の檻に囚われているハーデスも何かをずっと喚いているが、あいにくと結界によって音が通らない仕組みなのか、こちらまで声が届くことが無い。
雰囲気から察するに、おそらく「頑固オヤジをどうにかしろ」とか、「アルスきゅんがんばれ!」とか言っているのだろう。
なにせ、若干頬が赤らんでいる。
そうして魔王側と勇者側、お互いがそれぞれの考察を終えると同時に、ついに決戦の火蓋が落とされたのであった。
「先手は譲ってやる。……心して掛かって来い」
魔王がそう宣言するや否や、黄金の光が空間を照らす。
そう、勇者アルスのブレイブエンジンがしょっぱなから全力全開で作動したのだ。
それだけではない。
彼の変化はいままでのように瞳の色だけに留まらず、その手には黄金の剣を、全身には黄金の鎧を、頭部には二本の巻き角を模した黄金の兜を、周囲には浮遊する黄金の円盾を、背中には金色に縁どられた純白の翼を。
いままで仲間にすら見せたことのない、完全体になった勇者の姿が、そこにはあった。
この変化の秘密は、幼き頃より父カキューに憧れて習得に勤しんでいた、デビルモード・オルタナティブが極まり、さらにそれがブレイブエンジンに影響を受けたことが大きい。
もとより人の身には収まりきらない悪魔の力を行使するため、自らの本性を現すという意味が強いこの力は、技というより力の解放という概念に近いのだ。
故にそもそも普通は本性など持たない人間にとっては、習得したところでなんの意味もないどころか、むしろ解放する本性が無いために習得ができなかったりする。
だが、ブレイブエンジンという勇者の力を持つアルスだけは別であった。
無限とも言える潜在能力を人の器に無理やり押し込み、力が解放されるのをいまかいまかと待っている勇者因子にとっては、相性抜群とも言える必殺技足りえるのだ。
いままで黄金の力を完全には引き出し切れていなかったが故に、デビルモードとブレイブエンジンは相互作用することがなかった。
しかし、父カキューの試練を乗り越え、そして十万以上の敵を一瞬にして焼き尽くすほどの黄金の力を行使した今となっては、条件は満たしたも同然。
こうしてアルスは今、勇者としての真の力を手に入れたのであった。
◇
「すっげーーーー!! アルス、おい、お前すげーーーー!! ちょっと父さんびっくりした!!」
どうも!
こちらアルスとハーデスちゃんの結婚式に使う予定の家族ビデオを収集中の、暗黒騎士を引退したカキューさんです。
いやいや、もうなんというか、凄まじい戦いがはじまりましたわ。
ついに伝説の勇者としての力を完全に引き出し切り、黄金の光に包まれたアルスが強いのなんのって。
あれだけ無茶苦茶に強化した魔王のおっさんを相手に、正面からガリガリ体力を削っているようだ。
もはや持久戦など不要とばかりの猛攻に、魔界という世界そのものが揺れ動いているかのようだった。
とはいえ、魔王のおっさんも負けてはいない。
むちゃくちゃな攻撃力を持つ勇者アルスの剣とか黄金のビームとかを捌きつつも、時折死角から這いよる剣聖エインを足払いだけでぶっとばし壁に打ち付けたり、聖女イーシャが回復に向かう隙に、ガイウスのやつをオッドアイである片方の魔眼で麻痺状態にしたりと大立ち回りだ。
チビスケは直接的な戦闘力が低くこの激闘に混ざれない為、運命や因果を操作しているとしか思えない謎の「FHOOOOO!」で逃げ回りながら援護している。
というかあのチビスケ、ちょっとおやつが散ったことの逆恨みとか入ってるだろ。
度々隠れている俺の方に視線を向けては、「BOOOOOO!」とブーイングを飛ばしてくる。
そのせいで謎の「BOOOOOO!」が飛んでくる度、魔王城の天井から瓦礫が頭の上に落ちてきたり、踏み込んだ床が脆くなって抜けたりする。
ブーイングだけでこのカキューさんの行動を若干でも阻害するとは、何て恐ろしいやつだ、全く。
というかあいつ、直感だけで俺が隠れている場所を理解しているだろ。
運命力の操作といい、直感といい、あ、ありえねぇ……、なんなんだこのチビスケは。
たぶん本気になったチビスケがギャンブルをしたら、間違いなく全戦全勝だろうと思われる。
そのくらい運がこいつに味方している。
運が良いという意味では我が息子であるアルスも大概であったが、このチビスケはそれを意図的に操作している節があるので、まさしく天才ならぬ天災だ。
ちなみにだが、家族ビデオの収集ついでに人間界や魔界等の全世界へと向けて彼等の戦いは放映されている。
世界中の空に浮かぶ巨大スクリーンの光景に圧倒された者達がどう思うのかは分からん。
だが、彼らの戦いがどういう意味を持つのか、そして魔王と勇者の結末がどうなるのかを人々は知っておくべきだろう。
少なくとも、俺はそう信じている。