【131】三つの助言、勝利の道しるべ
全ての役者が揃ったのを見計らい、いまここで過去から脈々と続く因縁の対決が繰り広げられようとした、その時。
先手必勝とばかりに大技を繰り出すつもりなのか、暗黒騎士ジョウキューは右手に持つ巨大な大剣を振りかざし────。
「ひとぉーーーーつ! 魔王の弱点は持久力だ! 魔王は強いが、とある男の秘儀により自らの能力を極限まで強化しているため、反動が物凄く長時間の戦闘には耐えられない!」
「なんだって……?」
「ふぁ?」
────振りかざしたところで、突然始まった三魔将たる暗黒騎士の弱点暴露に、勇者一行は凍り付いたように行動を制止させる。
それもそのはず。
なにせ敵の大技に備えて身構えたと思ったら、急にワケの分からないことを口走り始めたのだ。
この弱点暴露が本当のことなのかどうか、疑いを持ちつつもちょっと気になってしまうのはしかたのないことだろう。
現に勇者アルスは少しでも情報を引き出そうと隙の無い出で立ちで守備を固めつつ、問答を続けるために攻撃はしかけず時間稼ぎをするつもりのようだ。
さらに聖女イーシャは元々皇族というだけあって嘘にめっぽう敏感なのだが、その上で特殊な魔法を駆使して真偽を確かめてなお、敵の発言が嘘を言っているように聞こえなかったのも大きい。
勇者に目配せした聖女は小さく頷き、問題なく真実を言っていることを伝えている。
暗黒騎士に並々ならぬ執念を燃やす剣聖エインすら、最後の標的たる魔王の情報を得られるならばと、いまは事の成り行きを見守っているくらいだ。
ちなみに、チョコマシュマロをもちゃもちゃと食い散らかしているメルメルにいたっては、ちっちゃな手からお菓子セット詰め合わせの袋をポロッとこぼすほどの衝撃を受けていた。
当然エリートな天使にとぼけた顔は似合わないので、あわてて袋を拾ってサングラスをクイッとするが、時すでに遅し。
「ふぁ?」とか言ってずっこけそうになっていたのを、暗黒騎士ジョウキューは見逃していなかった。
漆黒の兜の下でニヤリと笑う下級悪魔の、完全なる不意打ち成功である。
「な、なんだと~。おいアルス聞いたかあ~。あのご主、ではなく暗黒騎士がいったことはどうやら本当らしい~」
そして白々しくも始まる、ガイウスの棒読み。
打ち合せ通りとはいえあまりにも大根役者であったため、下級悪魔としても演技下手すぎかと思わざるを得なかったが、さすがにここで指摘はしない。
そして、そんな勇者一行を見渡しつつ、元部下の大根っぷりを誤魔化すように再び大声量で助言を続けた。
「ふたぁーーーーつ! 囚われの魔界姫ハーデス・ルシルフェルは、魔王を殺すことでは絶対に解放することができない! なぜなら魔王が死ねば魔界姫が異次元へと幽閉されるように、この俺が罠をしかけておいたからだ! あぁっ、なんという悲劇だろうか!」
この場にいる全員が「お前が言うな!」とツッコミたくなる衝動に駆られるが、なんとか声には出さず抑え込む。
戦いの最中であり、重用な情報でもあるからというのもあるが、なにせこの話には続きがありそうな気配があったのだから。
「それに、だ……。勇者アルスよ。いままで仲間達と共にあらゆる試練を乗り越え、世界中を旅してきたお前の目から見て、この戦争は、どう映る?」
暗黒騎士ジョウキューは問いかける。
我先にと人間界に侵攻を仕掛けてきた魔族。
この戦争において魔族は敵で、どうしようもない害悪だった。
だがなぜか、この魔王城では魔族と思わしき複数の気配が感じられるものの、好戦的な気配は感じられず、成り行きを見守るような視線しか存在していない。
それに、そもそもだ。
魔族が一方的に悪であるならば、魔王の娘であるのにも関わらず、仲間達にとって、人類にとって決して「悪」ではなかった、ハーデス・ルシルフェルはどうなる。
そして圧倒的な快進撃を続け迫りくる勇者から逃げずに、かつ襲い掛かってる様子もなく、まるで「自分を殺すのを待っている」と言わんばかりに最奥で待ち構える、魔王。
最後に、魔王を殺せば魔界姫ハーデスを真の意味で解放することができないと嘯く、暗黒騎士ジョウキュー。
まるでどちらかではなく、どちらも救わなければ解決しない「父カキューの問い掛けのような」矛盾がそこにはあった。
そのことに気付いたアルスは硬直し、この戦争の意味を理解し、額から一筋の汗を垂らす。
「何を躊躇っているんだ。お前は大切なもの全てを救う、世界最強の勇者なんだろう? なあ、勇者アルスよ」
「まさか……。まさか、この戦争は……!」
真意に気付いた勇者アルスは、もはや暗黒騎士から意識すら外して、この魔王城の奥で控えているであろう魔王がいる方角へと視線を向けた。
暗黒騎士からの問い掛けに完璧な解答を得られたことに、若干の満足を得た彼はついに答え合わせをする。
「ああ、そうだよ。魔王は魔界全ての癌を道連れにして、お前に殺されるつもりなんだ」
まったく、やってられないぜ。
あの親バカ魔王はよ。
世話が焼けると、愚痴るように締め括った暗黒騎士は、ついに手に持っていた大剣を武器として構える。
どうやら問答はここで終わりのようであった。
「そして最後に、みっつめの助言だ。────その全てを理解した上で、魔王の意志を完膚なきまでに叩き潰せ!! 圧倒的な力で、問題ごとぶっ飛ばせ!! 魔王の責任がなんだ、魔界がどうした!! そうだろうアルス!! お前がそんなものに敗れるわけがない!!!!」
魔王が魔界と共に没しなければならない理由は、多くの魔族の命を犠牲にした、この戦争を始めた責任を取らなくてはならないから。
魔界の頂点たる指導者が娘の幸せの為に魔界を犠牲にするのであれば、本来であればその責任からは逃れられないのだろう。
そうでなくては魔族の秩序は乱れ、いずれ穏健派とよばれる者達ですら魔王一族の手綱から放れ、人間界へと牙を剝くだろう。
その時、人類はどうする。
過激派だけでも滅亡の危機に追いやられていたのに、魔王に付き従う理性も知性も高い穏健派を相手にして生き残れるのか。
魔界全てと戦って、勝ち目はあるのか。
いや、無いと言わざるを得ないだろう。
そうなれば、今度こそ本当の地獄が始まる。
……そう、本来であれば、そうなっていた。
だがしょせん、そんなものは勇者アルスの力を見くびった、敗者の戯言である。
ひょんなことから異世界から訪れた最恐の下級悪魔。
そんな彼が育て上げた世界を救う史上最強の勇者を前に、魔界の悪意など塵と同義。
故に、いまこそ証明しよう。
たとえ謎の男の手で強大になった魔王が相手であろうと、最強勇者の敵ではないのだと。
魔界が牙を剝くまでもなく、この強さと仲間達の絆を以て、敵の全てを黙らせるのだと。
魔界姫ハーデス・ルシルフェルは勇者アルスに救い出され、魔王すらも生きて二人を祝福する未来があるのだと。
「行ってこいアルス!! お前の力で魔界ごと、恋人を救い出せぇえええええええ!!」
「……はい!! 父さん!!」
暗黒騎士ジョウキュー、いや、父カキューが大剣を頭上に振り上げると、壮絶な力と共に赤黒い閃光が魔王城の天井をぶち抜き、その魔力の上昇気流で勇者達を最終決戦の舞台へと導く。
「父さん、か。……ったく。さすがにちょっと、はっちゃけすぎたか。そりゃあバレるよな」
最終決戦の舞台に飛ばされて行った息子たちを眺めた下級悪魔は呟く。
そうしてしばらくすると、いそいそと魔導カメラを起動し、性懲りもなく家族ビデオの収集に移るのであった……。
たぶん飛ばされたことでメルメルのおやつは全部散ったと思います。